今回は家電品における成熟期のマーケティング戦略を考えてみたい。比較的大型の消費財である家電品について製品企画を行う上でのポイントとなる切口に複合化という手法がある。本来は、別々の機能を持っていた二つの家電品を一つに纏めることで、消費者の使い勝手が更に高まり、製品の魅力が増して需要が活性化するのである。二つの機能を一緒に製品に織り込むことで、単価が高まり売上げアップも期待できるのである。

複合家電の代表的な事例としては、AV機器であれば、ラジオとビデオテープレコーダーを組み合わせた「ラジカセ」がある。ラジオから流れる音楽や英会話をテープにとって繰り返して聞くことができ、発売当時は便利ものが出来たと思った人も多かった。また、同じようなコンセプトでテレビとビデオを組み合わせた「テレビデオ」がある。一体化することで場所もとらず、二つの機器を配線で繋いだり、機器ごとに個別に操作する手間がなくなって便利だった。

一方、白物家電でも、ご飯を炊く電気炊飯器と保温機能を持つ電子ジャーを組み合わせて炊飯と保温が一台できる「ジャー炊飯器」、電気オーブンと電子レンジを一体化して一台で様々な料理が作れるようになった「オーブンレンジ」が代表的な複合家電の事例である。最近では、洗濯機と衣類乾燥機を一体化した「洗濯乾燥機」が好評で需要も増えている。家事の中で洗濯は手間がかかるが、置く場所を一台で済むから場所も取らず、スイッチ一つで洗濯から乾燥まで全てがやってくれるからこれ程便利なものはない。これらの代表的な複合家電については、マーケット戦略の点から見ると、一つ一つが参考になるが、細かい点については触れるのは今回は控える。

少し補足を加えると、これらの代表的な複合家電は「オーブンレンジ」を除き、いずれもライフサイクルステージの成熟期に発売され大きく伸長した家電品である。但し、「オーブンレンジ」だけは例外的に導入期に販売が始まった家電品である。「オーブンレンジ」が発売された1972年当時は、レンジ機能で温めれば簡単に食べられる冷凍食品もほとんど存在せず、そもそも電子レンジの普及率が数パーセント程度と極めて低かった。そのような市場環境の中で、電子レンジにオーブンの機能を持たせた「オーブンレンジ」が登場したことで、調理家電を利用して作ることのできる料理メニューが格段に増えた。そこで、家庭における様々な使い方を提案をしながら普及を進めたのである。

前置きが長くなったが、次の質問は、成熟期において需要が伸び悩む中で、新しい発想で、消費者ニーズを掘り起こすべく複合家電を投入した事例である。製品企画の視点から、具体的な展開について考えてみたい。

 

 

Q5.電機メーカーA社は、これまでも複合家電を業界に先駆けて発売し、「ジャー炊飯器」「オーブンレンジ」といった新しいアイデアを取り入れて新製品をヒットさせて売り上げを拡大してきた。冬場の主力の温風暖房機である石油ファンヒーターもA社が業界に先駆けて1978年に発売した製品であるが、普及が進み1990年代に入ると、従来の製品系列では売り上げが頭打ちになって行った。そこで、1992年に石油ファンヒーターの温風暖房機能と電気ストーブ機能を一体化した「ハイブリット型ファンヒーター」を発売した。家族で使用する時は石油ファンヒーターで部屋全体を温め、一人で部分暖房として使用する時は電気ストーブとして使うという複合家電であった。これまでも、複合家電というアイデアでヒット商品を発売しており、今回も暖房機と言う少し異なる分野であるが、新しいアプローチで開発し市場導入を行った。A社が期待を持って送り出した「ハイブリット型ファンヒーター」は1992年の冬物商戦で消費者からどのように評価されたのだろうか。次の内から選んで欲しい。

 

①「ハイブリット型ファンヒーター」は、石油暖房と電気暖房という二つの異なる熱源を利用しており、使用中に灯油がなくなっても電気で暖房が出来るというメリットが評価された。新しい発想の暖房機として消費者に受け入れられ、1992年のヒット商品となった。

②「ハイブリッド型ファンヒーター」は、石油暖房と電気暖房という二つの異なる熱源を利用しているが、メイン機能は石油暖房である。居間で家族皆で使用する場合はほとんど電気ストーブとしては使用しないが、子供部屋では石油ファンヒーターと電気ストーブが併用して使用されるので、子供部屋向けに特化して販売され、新しい提案が消費者に受け入れられた。

③「ハイブリッド型ファンヒーター」は、石油暖房と電気暖房という二つの異なる熱源を利用し、暖房能力が全く異なり、使用するシーンも異なる。石油ファンヒーターと電気ストーブでは購入層が違うので、組み合わせ機能は評価されず、売れ行きは低調に終わった。

 

 

 A5.答えは③である。

・A社とは、業界初の「ジャー炊飯器」や「オーブンレンジ」という複合家電を次々とヒットさせたことで定評のある三菱電機である。設問で取り上げた石油ファンヒーターも1978年に三菱電機が業界に先駆けて販売し、大ヒットとなっており、長い間業界のトップメーカーとしての地位を保っていた。製品のライフステージが成長期から成熟期へ移行する中で、新たなコンセプトで新製品を発売して更なるシェア拡大を狙ったのが、1992年に発売された業界初の石油と電気を熱源とした複合家電「ハイブリッド型ファンヒーター」である。

・複合家電がヒットする理由は、二つの異なる機能が相乗効果を発揮し、個々に家電品を買って使うより、便利になり、消費者の効用が増すからである。その点、「ハイブリッド型ファンヒーター」は、石油と電気という異なる熱源を持ち、「家族で使用する時は石油ファンヒーターで部屋全体を温め、一人で部分暖房として使用する時は電気ストーブとして使う」というコンセプトを前面に出し、用途をイメージさせるペットネーム「みんなと私」と名付けて訴求した。しかしながら、実際の市場評価は空振りに終わった。製品コンセプトと消費者の使用実態には乖離があり、重量のある暖房機「ハイブリッド型ファンヒーター」を家族がいる居間から、子供が一人で使う勉強部屋へその都度移動するようなケースは稀であり、使用実態に合わない無理なコンセプトの提案は消費者に受け入れられず、販売は低調に終わった。これまで、業界初の複合家電である「ジャー炊飯器」「オーブンレンジ」を発売し、ヒットを連発してきた三菱電機らしからぬ製品企画の失敗であった。

 

【その後の「ハイブリッド型ファンヒーター」について】

・三菱電機が開発した業界初の「ハイブリッド型ファンヒーター」は、消費者にそのコンセプトが受け入れられず、販売不振に陥ったが、石油ファンヒーターに電気ストーブがおまけでついたと考えれば、消費者にとって特に困るようなことはない。そこで、電気ストーブ機能分は価格に転嫁せずにおまけと考え、製造コストは無視して値下げし、同クラスの単機能の石油ファンヒーターと同じ価格帯で販売したところ、年度内には完売して在庫は残らなかった。

・翌年は、この複合機の製品企画の失敗を反省し、新たな機能として、石油ファンヒーターと加湿器をネットワークで繋ぐというシステム家電を発売した。石油ファンヒーターから発信された空調情報を無線で近くに置かれた加湿器に伝え、それを受信した加湿器が石油ファンヒーターからの情報に合わせて、部屋の状態に合わせて最適な湿度に保って加湿を行うというものであった。石油ファンヒーターと加湿器はそれぞれ別の機器になるので、複合家電とは言えないが、二つの機器を無線で繋ぐことで、新たな効用を生み出した。「ネットワーク機能付きの加湿器」を「ネットワーク機能付きの石油ファンヒーター」とセットで販売することで、消費者から高い評価を受け、新たなヒットに繋げたのである。