ライフサイクルが成熟期を迎えると、企業は売上を確保する為に様々な工夫を行う。具体的な対策として、製品政策・価格政策・ルート政策等の多角度からのアプローチが求められる。今回は、清涼飲料水業界の事例について取り上げてみる。世の中にはいわゆる定番商品というものがある。ブランド、知名度、商品力、味覚力といったどの指標をとっても消費者から高い評価を得ている商品である。しかし、いくら定番商品であっても、時代の変化や生活環境が変化する中で、世の流れに遅れてしまうと、いつの間にかその地位を奪われてしまう。老舗が暖簾に胡坐をかいていると、時代の流れに乗り遅れていつの間にかお客が離れてしまうように、業界のトップブランドであっても、消費者の意識変化を全く考えずにいると、市場そのものが失われてしまう。定番商品といえども、時代の変化や消費者意識の変化を捉え、柔軟に対応することが求められるのである。消費者意識に変化が生じれば、新しいアプローチを考えて自らが変化しなければならないのである。

次の事例は、そのような局面で考え出された消費者への具体的なアプローチ方法に関する問題である。

 

 

Q3.清涼飲料水メーカーの老舗A社は、戦前より発酵乳を使った希釈タイプの清涼飲料を発売し、市場から高い評価を得ていた。しかしながら、清涼飲料水業界も、コーラ、ジュース、紅茶、緑茶、コーヒー飲料等様々な商品が発売されて市場が拡大する一方で、国内外の飲料メーカーが次々に参入し、競争が激化して行った。その中で、老舗A社は、昔ながらの発酵乳を使った希釈タイプの清涼飲料水を主力製品として販売しており、新商品として発酵乳を使った炭酸飲料水を発売する等新しい試みも行ったが、基本的には看板商品を主力にしていた。しかし、そこに時代の波が押し寄せてくるようになり、業界におけるシェアもじりじりと落ちて行った。これ以上の落ち込みは経営に致命的なことに有り、もはやこのままでは許されないという状況の中で、乾坤一擲、従来には無い新しい試みを入れて製品をリニューアルして発売した。すると、それが大ヒットとなり、一気に売上げを拡大することに成功した。そのリニューアルしたヒット商品とは、次のうちのどれか。

 

①従来はガラスの容器に入れて、販売していたが、軽くて割れない紙パックにすることで、便利性が買われてヒットとなった。

②従来はコップに入れた原液を水で薄めるという希釈タイプであったが、予め 水で薄め手間をかけずにそのままで飲めるようにしたことでヒットとなった。

③従来は清涼飲料水の甘みを出す為に砂糖を原料としていたが、カロリーの低い甘味料を使って、健康に良いことをPRしたことがヒットとなった。

 

 

 

A3.答えは②である。

・市場は常に変化している。いくら良い製品でも、市場の変化や他社の動向に気付かないでいると、いつのまにか自分の地位を失ってしまうことがある。特に市場が成熟期に入ると、競争は激化し、各社生き残る為に様々な工夫を行なって来る為、伝統ある老舗といえども、今までのブランド、今までの製品コンセプトにこだわっていると生き残りは容易ではない。取り分け、清涼飲料水のような世界は市場が成熟している為、需要が頭打ちになるのはやむを得ないと考えることが多いが、市場の変化をしっかり認識し、その変化に合わせて製品企画面での工夫を行なうことで、その製品が本来持っている力を改めて引き出し、ヒットの原動力とすることができるのである。

 

・老舗の清涼飲料水メーカーの名前はカルピスである。そして、ヒット商品の名前は「カルピスウォーター」である。今までのカルピスは原液を顧客が都度希釈して飲んでいたのに対して、予め製造段階で最適の割合に水を希釈し、顧客が手間をかけずにそのままの状態で飲めるようにした新しいコンセプトの製品である。

・カルピスは1919年に販売され、現在まで続く息の長い商品である。脱脂乳を乳酸菌で発酵させ加糖したものを更に発酵させて作った独特の風味を持つ飲み物であり、長らく高級な清涼飲料水としての地位を保っていた。乳酸菌飲料であるカルピスは、原液は非常に高濃度であり、その濃さから常温で保存して腐敗しにくい性質があったことから戦前より一般家庭の常備品として、戦後は贈答品としても広く使われた。

・1950年代までは、冷蔵庫の普及も十分でなく、家庭で飲む清涼飲料水もカルピスに限らず希釈製のものが多かった。また、ジュースやソーダにしても、粉末状のものを水に溶かしてコップで飲むことが多かった。しかしながら、生活様式の変化の中で清涼飲料水が希釈の手間をかけずにそのまま飲むものが主流となり、1980年代後半になると飲料用に希釈が必要な原液カルピスは、一般家庭では徐々に敬遠されるようになり、売上げを落として行った。

 

・カルピスの原液を単純に水で希釈しただけでは、時間の経過により粒子の凝集・沈殿などが生じて劣化してしまうため、濃縮タイプのみが発売されていたが、その後の技術革新で粒子を細かくし、鮮度を保持するために窒素ガスを封入することで、希釈せずにそのまま飲めるカルピスウォーターの商品化が実現した。1991年に希釈の手間を省いたカルピスウォーターを発売すると薄めずに飲める手軽さから売り上げが急増した。年間500万ケースを突破すればヒットと言われる清涼飲料水業界で年間2000万ケースを超える販売を実現し、1991年のヒット商品番付の大関に選ばれる大ヒットとなった。もともとカルピスは牛乳と乳酸菌から生まれた自然で健康的な飲料というイメージがあり、そのすっきり爽やかな味わいも好評であった。そこに薄めずに飲める手軽さが加わったことで、カルピスは清涼飲料水業界における「国民飲料」ともいえる本来の地位を取り戻したのである。

 

【補足説明:その後のカルピス】

・1991年にカルピスウォーターが大ヒットの後も、1993年にカルピスウォーターレモン、1994年にはカルピスウォーターライトを発売している。現在も「甘酸っぱいが、あふれている」というキャッチフレーズで訴求され、清涼飲料水における独自の地位を保っている。原液を希釈する本来のカルピスも、従来は重い瓶詰め容器であったが、1995年に紙パック入りを発売し、コンパクト化を実現。2012年からは、プラスチック製のピースボトルを採用し、希釈して飲む以外にもかき氷にかけるなど使い勝手の良さが消費者に評価されている。

・2012年にアサヒグループホールディングスの完全子会社になったことで、現在はアサヒブランドのカルピスとして販売されている。