・ビール業界は、最近でこそ、全国各地でクラフトビールが発売され、市場の多様化が進んできたが、市場全体を見るとアサヒビール、キリンビール、サッポロビール、サントリーの大手4社が寡占状態にあり、毎年激しいシェア争いが行われている。ビール市場は他のアルコール飲料とは異なり、単一製品で差別化しにくいと言われる。だからこそ、市場差別化を図ってシェア拡大を図るには、ペットネームによるイメージ戦略が重要になっているのである。アサヒビールの「スーパードライ」、キリンビールの「一番搾り」で、市場における独自のブランドイメージを定着させたが、マーケティング戦略におけるペットネームの重要性を実践で示した事例と言える。

 

・ビール業界の歴史を少し見てみると、戦前は東洋一のビール会社と言われた大日本ビールが市場の大半を支配し、それに対抗する形でキリンビールが少し割高だが高級なイメージで市場の一角を守っていた。戦後、財閥解体の流れの中で、企業分割が行われたが、大日本ビールもその対象となり、東西2社に分かれた。分割された新しい会社は東日本がサッポロビール、西日本がアサヒビールとなったが、販路も東西に分割されたので、新たに全国販売網を構築する必要が生じ、販売面では負担増となった。キリンビールはシェアが低いため分割の対象とならず、会社がそのまま存続して全国販売網も維持され、それが有利に働いて、戦後の販売自由化と需要拡大の中で着々とシェアを伸ばしていった。もともと、キリンビールは戦前から少し割高で高級なイメージがあったことから、その高級感もシェア拡大の武器になった。ビール会社にとって、販路の確保は非常に重要であり、1957年に宝酒造が「タカラビール」を発売して新規市場参入を行ったが、大手ビール会社の寡占に阻まれて1967年に撤退している。一方、1963年にビール市場に参入したサントリーが、その後も撤退せずにビール会社としての地位を維持できたのはアサヒビールからアサヒの販路を利用することの承諾を得たことが大きかったと言われている。

・ビール業界におけるペットネームの話に戻ることにする。ビール業界における空前の大ヒット商品と言われた「スーパードライ」が1987年に発売されるまで、アサヒビールのシェアは長期低落傾向にあり、1949年の会社分割直後には36%あったシェアがこの頃には10%を割るような状況にあった。アサヒビールの販路を活用できたことでサントリーも徐々にシェアを伸ばしており、このままだと大手3社の地位が保てず、業界4位のサントリーに追い抜かれるのも時間の問題と言われていた。低迷するシェアを回復するのは、新しいコンセプトの新商品が必要であり、その中で開発されたのが、アルコール濃度を一般より0.5%高め、その分糖度を低下させた辛口ビールであった。これまでの苦みの強いビールから、すっきりとしたコクのあるビールを開発し、業界初の辛口ビールとして、その特長をストレートに訴求する「スーパードライ」というインパクトのあるペットネームで市場導入を行った。「スーパードライ」は市場導入した直後から新しいビールとして消費者に受け入れられて大ヒットし、1987年の日経ヒット商品番付の東の横綱に選ばれている。翌年は競合各社が揃って辛口ビール市場に参入し、ドライ戦争と言われたが、「スーパードライ」はその競争にも勝ち抜いた。その結果、辛口ビールという新しいジャンルが市場に定着しただけでなく、「スーパードライ」の地位をビール業界におけるトップブランドにまで押し上げたのである。現在もアサヒビールはビール類(ビール、発泡酒等)のシェア4割弱を確保し、キリンビール並ぶトップメーカーであるが、低迷するシェアを脱してここまで巻き返しが図れたのも、業界初の辛口ビール開発とタイミングの良い市場導入が図れたからであり、商品特長をズバリ訴求するネーミング「スーパードライ」が売上拡大に大きく貢献したからである。

 

・一方、キリンビールは大日本ビール会社分割直後の1949年のシェアは業界3位の25%であったが、その後アサヒビール、サッポロビールの上位2社を押さえて着々とシェアを拡大し、トップメーカーとなった。「スーパードライ」が発売される前までは常時60%以上のシェアを維持し、ビール業界のガリバーと言われていた。ところが、「スーパードライ」の登場で市場環境が激変し、キリンビールのシェアも50%を下回るようになって行った。アサヒビールの「スーパードライ」拡販攻勢でシェアが低落する中で、何とかそれに歯止めをかける必要があった。そこで、「スーパードライ」に対抗する大型商品が考え出され、1990年に投入された。新規投入された新商品の名は「一番搾り」。一番搾りとは、ビール製造時に原料の自重だけで自然に流れてくる麦汁のことであり、「一番搾り」この一番搾り麦汁のみを使用することで、渋みが少なくさっぱりとしたビールとなっている。キリンビールは、この業界用語をそのままネーミングに採用し、「キリン一番搾り生ビール」とした。しかも、一番搾り麦汁だけを使用したことで原価が高くなったにも関わらず、ライバルの「スーパードライ」に対抗するため、「一番搾り」は価格はそのまま据え置いて通常価格で販売を行った。そして、それがその後の「一番搾り」のヒットとシェアの回復に繋がったのである。キリンビールは、アサヒビールの「スーパードライ」の大攻勢を従来からの柱である「ラガービール」に加えて、新製品「一番搾り」を投入することで、二本柱で対抗して巻き返しを図ったのである。