高度成長時代が終わり、80年代バブルが弾けるまで、マーケティングは創造的で積極的なイメージが強かった。社会が成長し、事業が拡大する中にあっては、その手法がどにようなものであれ、事業の発展は新しい市場を生み、そこから生まれた付加価値が更なる成果に繋がり、正の連鎖が続くことで拡大発展することが出来た時代であった。マーケティングという考え方が、米国から日本に入ってきた当初は、それば米国で行われてきたことの物まねであったとしても、戦略性に乏しく戦術的な面に偏重した小手先の手法であったとしても、市場全体が右肩上がりであったことから、その伸長に大小はあったとしても、結果として今までよりも良い成果を出すことができた時代であった。努力することで、それがそのまま結果に繋がった時代は、マーケティングを導入する企業にとっても、それを活用する人々にとっても幸せな時代であったと言える。しかしながら、バブルが弾けた90年代とその後の低成長時代、そして突然起きたリーマンショックにより大きな経済危機に直面したことで、日本経済は時代の大きな転換点に直面したと言える。経済のグローバル化と労働力の流動化が進む中で、現在の日本も、事業環境・社会の枠組み・人間の価値観等の全てについて転換点を迎えている。今後、急速に少子高齢化が進む中で、社会の枠組みも劇的に変化することが予想される。企業も個人も、この時代を生き抜く為には新しい発想・新しい価値観が求められる。今こそ変化をチャンスに変える力が必要であり、まさに「変化の時代のマーケティング」が求められている。

 

いつの時代でも、平時には平時の発想があり、乱世には乱世の発想がある。そしてその為の生き方がある。江戸時代のような太平の時代には、秩序を重んじる安全で堅実な生き方が求められた。しかしながら、変化の時代には、かつての日本の戦国時代のような自由な発想と生き方が求められる。戦国時代に天下統一を目指した武将というと織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の3人があげられる。織田信長は、まさに独創の人である。「鳴かぬなら切り捨ててしまえホトトギス」と言われたように、変化の時に自らの発想で社会の枠組みそのものを変えた人である。まさに天才であるが、とても我々凡人には真似できない。豊臣秀吉は、知恵を出して工夫をする天才である。「鳴かぬなら、鳴かせてみせようホトトギス」と歌われたように、自ら手の無いところに手を作ってしまう。他の人には真似出来ない巧みな知恵で、物事を変えて行こうと言うわけである。但し、これも、信長が社会の枠組みを変えることができたから、その路線の延長上で巧みな戦術が冴えが出たといえる。これらの戦略家・戦術家に比べると、ややもすると地味で凡庸に見えるのが、今年のNHK大河ドラマの主人公でもある徳川家康である。「鳴かぬなら、鳴くまで待とうホトトギス」というのは、如何にも受身という感じであり、何もしないでひたすら我慢してじっと待っていたら、結果として二人の天才が扱けて、棚からぼた餅で天下を取ったように思われている。しかしながら、実際に歴史を詳しく紐解くと、我慢すべき時は我慢に我慢を重ね、時代の激しい変化の中で僅かなチャンスに着実にものにし、ここがチャンスと見れば乾坤一擲の勝負に出て、その結果として徳川三百年の礎を築いたのが判る。変化をチャンスに変えることで天下を取ったのである。

激動の21世紀において、社会変化、技術変化、事業環境変化が急速に進む現在において、この三人の生き方には、それぞれ学ぶところがあるが、現代日本企業のマーケティングに必要なのは、徳川家康のような変化を確実にチャンスに変える力であろう。

米国のIT企業は、織田信長のような社会の枠組みそのものを変えることで全く新しい事業を生み出してきたが、ここに来てITバブル・金融バブルで、限界を露呈してきた。また、農耕民族的な集団主義に身を置き、常に周りに気を使いながら、ややもすれば既存の枠組みの中でしか考えようとしない日本企業には、このような手法はなかなか馴染めない。また、豊臣秀吉のような自らが動いて手を作り出す、無から有を作り出すような知恵も、残念ながら誰でも持てるものではない。秀吉のような手法は、偶然に左右されるケースも多く、現在のような成熟社会においては、リスクも多く、成功する確率も少ないことから、展開するには限度がある。

 

これからの日本市場は少子高齢化が進み中で社会も大きく変わり、成長の時代から成熟の時代へ確実に移って行く。国内市場はもはや今後大きな成長は望めない状況にある。しかし、成長はしなくても、これからも世の中は確実に変化する。社会は日々刻々動いており、その中で事業環境の変化は続くのである。そして、その変化の中にこそ、ビジネスチャンスがある。徳川家康は、乱世の世を生き抜く中で、状況の変化に対する優れた感性を持ち、刻々と変化する時流を巧みに捉えて、その場の状況にタイミング良く対応し、決断をすることで、チャンスを自分のものにして行った。ダイナミックに動き、急速に拡大する世界経済を相手にするようなグローバル企業は全く別のアプローチが必要であるが、少子高齢化が進む成熟した日本の市場を対象とする国内企業には、徳川家康のように事業環境変化を巧みに捉えることで生き残りを図っていくアプローチが求められるだろう。そう、それこそが「変化をチャンスに変えるマーケティング」なのである。