同時通訳や契約書、資料の翻訳ならKJ韓国語通訳翻訳事務所!河野剛@愛知で活躍中

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弊社は、主にビジネスに関する韓国語の通訳翻訳の業務を行っております。専属契約から単発契約まで。K-POPアーティスト様や韓国との取引を行う企業様まで、同時通訳、翻訳の仕事を頂いております。事務所は愛知県愛西市にありますが、全国でのご依頼を承ります。


名古屋、愛知での韓国語通訳・翻訳・教育

はお任せ下さい。

KJ韓国語通訳翻訳事務所の河野です。

 

ついに母が他界しました。2020年の12月に脳梗塞を発症して、

右半身不随になって、長く後遺症に苦しんだ母。

本当に大変だったろうと思います。

 

介護はする方も大変ですが、される方がもっと大変だろうと、

しながら思いました。それで、自分はそうならないようにしようと、

日々、体と精神の健康に気を遣うようになったのも、

両親のおかげだと思います。

 

2月16日に体調を崩したので、救急車を呼びました。

肺炎とのことで、それからしばらく入院していました。

 

するとある日、担当医の方から、

「自分の口から食べられなくなったら、どうしてほしいとか

おっしゃってましたか。」と聞かれたのです。

 

「いえ、そんな話はしたこともありません。」

こう答えたのですが、

 

「お母さんは、もう口から物を食べることがむずかしくなっています。

もし退院しても家で看るのはむずかしいと思います。」とのこと。

 

救急車で運ばれる前の日まで、ごはんを準備して出せば、

左手で自分で食べていたので、ショックでした。

 

「”胃ろう”か”CVポート”かそれとも・・・」と続けて言われ、

「家族と相談します。」と回答しました。

 

それから数日経って、見舞いに行って家に帰ったころ、

病院から電話がきました。

「心臓が止まったのですぐ来て下さい。」

 

「えええっ!」

慌てて呼べる家族を呼んで病院へ。

幸い、向かっている間に呼吸が回復して、なんとか持ち直しました。

しかし、もう話しかけても返事はなく、植物人間のような状況に。

 

いつの間にそんなに悪くなっちゃったのかな・・・。

 

父が92才で2年前に他界しましたが、母の方が長生きすると、

勝手に思っていたので、とてもショックでした。

 

しかし、思い返すと、このごろは、食事の量も減ってきていましたし、

食後に歯を磨いた後、うがいをした水を、吐き出すことが

できにくくなっていたのです。

 

そのため、

「おばあちゃん、ぶくぶくの後は、ぺっしないとだめだよ。」と

言うことが増えていたのでした。

 

本人もわかっていても、うまく水を吐き出せなくなっているようで、

「はい」とは言うものの、勢いよく出せず、口から、

だらだらとこぼれるように、出すのが精いっぱいだったのです。

 

それで、デイサービスの方やケアマネージャーに、

「こういう時はどうしたらいいですかね。」と

訊いたりしたのですが、いい回答は、

得られませんでした。

 

このころ、お茶などの飲む液体には、必ず”とろみ”を入れていたのです。

ただ、ぶくぶくの水には入れなかったので、誤嚥性肺炎にならないよう

警戒していたのです。

 

今思うと、うがいの水にも、とろみを入れた方がよかったのかな。と

言っても後の祭りです。

 

母は持ち直してから、三週間くらい、ずっと意識不明のままでした。

そして、3月24日の夕方、いつものように見舞いに行って、

家の駐車場に車を止めた頃、病院から電話がきました。

「容態が悪化したので、すぐ来てください。」

 

病院に着いた頃には、もう息をしていないことが、私にも

わかりました。

 

すぐ来られる家族だけみな集まったところで、

担当医の方が時間を告げて、「ご臨終です。」とのこと。

 

27日に家族、親戚、親の古くからの友人のみで、通夜を行い、

28日に葬儀を行いました。

 

父も母も脳梗塞で、大変苦労しました。不自由な身で父は12年間、

母は5年間。大変だったろうなと思います。

 

自分でトイレも行けず、左手で食べて、デイサービスも

あまり行きたがらなくて、よく、

「今日休み?」と訊いてきたものでした。

 

でも行ってもらわないと困るので、

「デイサービスに行けばお風呂に入れるよ。

リハビリすると元気になれるよ。」と説得したりもしたのです。

 

妹が看護師で、朝晩毎日手伝いに来てくれたので、

本当に助かりました。父が2012年の10月に脳梗塞を

発病して、父母合わせて14年間。

 

妹の腰が限界に来たころでもありました。

母は今月11日で91才になるところでした。

ちょうど桜の花が咲くころに、いい時期を自分で選んで逝ったのだと

思います。

 

東京在住の兄と合わせて3人は、とても愛され、恵まれた環境でした。

心より両親に感謝しています。

 

今日この記事を書いたのは、私が親の介護をしていたことを知っていて、

気にして下さっている方々に感謝をお伝えしたいからです。

 

本当にありがとうございました。

 

これで親の介護は終了しました。

葬式までできて、ほっとしているところです。

 

5時になっても母が帰ってこないので、少々戸惑いもあります。

そんなに急いで逝かなくても、という思いもあります。

 

でもこれでよかったと思っています。

腰も曲がってしまい、本当に不自由な体で、

辛かったろうと思います。

 

あの世で、父や、早く亡くなった実母、あるいは姉さん、

弟やたくさんの知人と再会を喜んで、身軽になって、

楽しくしていてくれればと思います。

 

そのうち私も行きますから・・・・。

 

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愛西市の総合斎苑

 

長々と最後まで読んで下さりありがとうございました。

今後共よろしくお願いします。

くれぐれもお体大切に。

 

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KJ韓国語通訳翻訳事務所の河野です。

 

またまたご無沙汰してしまいました。みなさん、いかがお過ごしでしたか?

 

先週、韓国からある大手の会社から、日本の会社にOEMを依頼するにあたって、工場を

視察するとのことで、呼ばれて行ってきました。

 

今回のご依頼では、事前に資料はいただけませんでした。工場の施設を視察し、

書類を審査するのですが、当然機密性の高い内容も多いためだと思われます。

 

そのため、多少不安もありましたが、事前に聞いていた日本側、韓国側の

会社のホームページを何度もチェックして、それなりにスタディーをして臨みました。

 

二泊三日でしたが、中々素敵なホテルの素敵な部屋を取って下さいました。

そして朝食もおいしくて、回りは観光地でしたので、前日に入って、

散策をする時間があったのはありがたかったです。

 

さて、いざ視察と審査に入ったら、お客様から、笑顔が消えて、

矢継ぎ早に厳しいやり取りが始まりました。

 

事前に、「できるだけ、短く切って、ゆっくりと話して下さい。その方が

正確に伝わりますので。」とよくよくお願いをしておいたのですが、

”なんのその”でした。

 

丁々発止のやり取りが二日間続き、繰り出される言葉たちを、ちぎっては投げ、

ちぎっては投げと、必死に対応するうちに、一日が終わり、二日めが終わり。

 

気が付いたらふらふらになっておりました。

 

しかし、

「さすがプロの通訳さんは違いますね。本当にありがとうございました。」

といい評価をいただけたようで、ひと安心。

 

この業界は今まであまりやってきませんでしたので、私にとっても

とても勉強になり、得るところが多かったです。

 

韓国側のお客様からもいろいろ面白い話がたくさん聞けて、

いつか、その内容はみなさんにも共有したいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

寒い日が続きますので、くれぐれもお体大切に。

 

弊事務所に関心のある方は以下よりいつでも気軽にご連絡下さい。

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KJ韓国語通訳翻訳事務所の河野です。

 

しばらくブログを書けませんでしたが、たくさんの方がいいねをして下さり、本当にありがとうございます。

 

これからは時間がなくても短時間でも書くようにしたいと思います。

 

韓国語の通訳の仕事で起業して13年半になります。

 

それ以前も通訳翻訳の仕事をしてましたので、それも合わせると

かなりの年月になります。

 

長くやっているといろんなことが起きてくるものですね。

 

昨年の12月に韓国側から私のホームページを見たということで、

韓国人の方からご連絡をいただきました。

 

その内容は、長く会っていない家族と久しぶりに会うので、通訳を頼みたいとのこと。

了承して、当日名古屋のホテルでお会いして、詳細を聞きました。

 

子供のころに生き別れたお父さん(日本人)が名古屋に住んでいることがわかって、

30年ぶりに再会するので、その通訳をしてほしいとのことでした。

 

見るととても男前で、とても誠実で立派な感じの青年です。

 

一緒にお父さんが働く会社へ。お父さんはその会社の社長でした。

 

なんとか会って、連れ出して、喫茶店でご対面。

 

「お父さん、なぜ、今まで会いに来てくれなかったの?」

 

「おまえを忘れたことは一日もなかったんだよ。」

「言うに言えない事情があったんだよ。」

 

二人とも涙涙で話します。

通訳の私も涙が出てきてしまい、言葉に詰まります。

 

こんなことが本当にあるんですね。

 

お父さんも年は取っているけれど、中々の男前の

紳士でした。

 

まるで韓国ドラマを地で行くような話だな!と思いながら、

泣きながら通訳した一日でした。

 

 

その日に撮った名古屋のテレビ塔です。

 

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今日も最後までお読みくださってありがとうございました。

くれぐれもお体大切に。