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KJ韓国語通訳翻訳事務所の河野です。
ついに母が他界しました。2020年の12月に脳梗塞を発症して、
右半身不随になって、長く後遺症に苦しんだ母。
本当に大変だったろうと思います。
介護はする方も大変ですが、される方がもっと大変だろうと、
しながら思いました。それで、自分はそうならないようにしようと、
日々、体と精神の健康に気を遣うようになったのも、
両親のおかげだと思います。
2月16日に体調を崩したので、救急車を呼びました。
肺炎とのことで、それからしばらく入院していました。
するとある日、担当医の方から、
「自分の口から食べられなくなったら、どうしてほしいとか
おっしゃってましたか。」と聞かれたのです。
「いえ、そんな話はしたこともありません。」
こう答えたのですが、
「お母さんは、もう口から物を食べることがむずかしくなっています。
もし退院しても家で看るのはむずかしいと思います。」とのこと。
救急車で運ばれる前の日まで、ごはんを準備して出せば、
左手で自分で食べていたので、ショックでした。
「”胃ろう”か”CVポート”かそれとも・・・」と続けて言われ、
「家族と相談します。」と回答しました。
それから数日経って、見舞いに行って家に帰ったころ、
病院から電話がきました。
「心臓が止まったのですぐ来て下さい。」
「えええっ!」
慌てて呼べる家族を呼んで病院へ。
幸い、向かっている間に呼吸が回復して、なんとか持ち直しました。
しかし、もう話しかけても返事はなく、植物人間のような状況に。
いつの間にそんなに悪くなっちゃったのかな・・・。
父が92才で2年前に他界しましたが、母の方が長生きすると、
勝手に思っていたので、とてもショックでした。
しかし、思い返すと、このごろは、食事の量も減ってきていましたし、
食後に歯を磨いた後、うがいをした水を、吐き出すことが
できにくくなっていたのです。
そのため、
「おばあちゃん、ぶくぶくの後は、ぺっしないとだめだよ。」と
言うことが増えていたのでした。
本人もわかっていても、うまく水を吐き出せなくなっているようで、
「はい」とは言うものの、勢いよく出せず、口から、
だらだらとこぼれるように、出すのが精いっぱいだったのです。
それで、デイサービスの方やケアマネージャーに、
「こういう時はどうしたらいいですかね。」と
訊いたりしたのですが、いい回答は、
得られませんでした。
このころ、お茶などの飲む液体には、必ず”とろみ”を入れていたのです。
ただ、ぶくぶくの水には入れなかったので、誤嚥性肺炎にならないよう
警戒していたのです。
今思うと、うがいの水にも、とろみを入れた方がよかったのかな。と
言っても後の祭りです。
母は持ち直してから、三週間くらい、ずっと意識不明のままでした。
そして、3月24日の夕方、いつものように見舞いに行って、
家の駐車場に車を止めた頃、病院から電話がきました。
「容態が悪化したので、すぐ来てください。」
病院に着いた頃には、もう息をしていないことが、私にも
わかりました。
すぐ来られる家族だけみな集まったところで、
担当医の方が時間を告げて、「ご臨終です。」とのこと。
27日に家族、親戚、親の古くからの友人のみで、通夜を行い、
28日に葬儀を行いました。
父も母も脳梗塞で、大変苦労しました。不自由な身で父は12年間、
母は5年間。大変だったろうなと思います。
自分でトイレも行けず、左手で食べて、デイサービスも
あまり行きたがらなくて、よく、
「今日休み?」と訊いてきたものでした。
でも行ってもらわないと困るので、
「デイサービスに行けばお風呂に入れるよ。
リハビリすると元気になれるよ。」と説得したりもしたのです。
妹が看護師で、朝晩毎日手伝いに来てくれたので、
本当に助かりました。父が2012年の10月に脳梗塞を
発病して、父母合わせて14年間。
妹の腰が限界に来たころでもありました。
母は今月11日で91才になるところでした。
ちょうど桜の花が咲くころに、いい時期を自分で選んで逝ったのだと
思います。
東京在住の兄と合わせて3人は、とても愛され、恵まれた環境でした。
心より両親に感謝しています。
今日この記事を書いたのは、私が親の介護をしていたことを知っていて、
気にして下さっている方々に感謝をお伝えしたいからです。
本当にありがとうございました。
これで親の介護は終了しました。
葬式までできて、ほっとしているところです。
5時になっても母が帰ってこないので、少々戸惑いもあります。
そんなに急いで逝かなくても、という思いもあります。
でもこれでよかったと思っています。
腰も曲がってしまい、本当に不自由な体で、
辛かったろうと思います。
あの世で、父や、早く亡くなった実母、あるいは姉さん、
弟やたくさんの知人と再会を喜んで、身軽になって、
楽しくしていてくれればと思います。
そのうち私も行きますから・・・・。
愛西市の総合斎苑
長々と最後まで読んで下さりありがとうございました。
今後共よろしくお願いします。
くれぐれもお体大切に。











