八月二十二日(晴れ)
【あるファミレスでのあらすじ】
青いスカジャンを着た若い女性が膝を組み、前のめりで話し出す。
「ちょっと、ちょっと聞いてー!」
「…最近、みきおの夏休みって小説を読んでんだけどさ…」
「朝の5時に夕焼けチャイムに起こされるわけ、え?…誰がって?…みきおに決まってるでしょー!…み・き・お・にっ!…」
「そんでもってさ、そいつの従姉妹のクロマキーってのがちょーヤバイやつでさ!…みきおを糸電話を引かせにチャリに乗せてじいちゃんの家に行かせるわけ!…え?…わけわかんない?…そう!わけわかんないわけっ!」
「そんでなんとかじいちゃんの家につくんだけどさ、なんかヤバいお巡りに追いかけられたりして落とし穴に落ちるわけ!…え?…みきおはなんでお巡りに追われてるかって?…知らないけどチャリパクしたとかそんなとこじゃね?…」
「でさでさ、なんやかんやあって鯉のぼりに食われるのよ、鯉のぼりに!…ヤバくない?…え?…なんやかんやあってが気になる?…知らねーよ!…自分で読めよ!」
「でさでさ、なんか鯉のぼりの中で映画見るわけ映画みたいなのを!…あ!映画といゃあ明日レディースディだから映画見に行こうぜ映画!…なんか女は千円くらいだってレディースディ!…は?…ぼくは女はじゃないから千円じゃいけない?…
何寝むてー事言ってんだよ鈍感かよお前!」
「私が勢いにまかせてデートに誘ってんのが解んねーのかよお前!」
「は?…何動揺してんだよ!…私が恥ずかしくなんだろ?…照れ隠しにみきおの話またすんぞ?…」
「…で、なんか映画に出てきたガキがよ、ダチが死んで教会に行って生き返るわけ!ドラクエみたいに!…あれ?…なんか違うかもしんないけどそんな感じ!」
「あれ?…てめー、もうみきおの話興味ないだろ?…シャツに今日のおすすめコーヒーぶっかけっぞ!!…」
……………………………………
【ある日の三日月渓谷の風景】
「ピーー…ヒョローー…」
石榴山(ざくろやま)と赤錆山の谷間…
青い、青い、ただただ青い空…。
長いロープが張り巡らされていて…。
死神スルメイカの周りをメスのトンビが旋回している…。
死神スルメイカの体には…
オスのトンビがボキバキに抱き潰されていて…ピクリともしない…。
実はこの挟まれたオスのトンビは…
周りを飛んでいるメスのトンビのつがいだ…。
もうどのくらいメスのトンビは死神スルメイカの周りを旋回してるだろう?…
スルメイカに抱かれたオスのトンビは固くなり…
灰色に濁った眼は空を向いていた。
……………………………………
【腹ペコどもの脱出劇】
石榴山からローブウェイのように赤錆山に行くために繋がれた鯉のぼりの中でも…
生き物達が生きようと必死にもがいていた…。
腹を空かせた鉄のザリガニ達が鯉のぼりの中から…
一匹、一匹…「スーッ…ポチャ!!…スーッ…ボチャッ!!」と谷底の川に飛び降りる。
運悪いザリガニが途中岩に激突しバラバラになる。
ハサミだけが川に落ちクルクルと流される。
一匹のブツブツの斑点のある一際小さいザリガニだけが…
谷底に落ちる事に躊躇し…
隙間に隠れている。
恐怖に怯え
行動をせず
やがて来る死に目を瞑っているだけだった。
……………………………………
【蜃気郎と絶対止助(ぜったいとめすけ)】
「なんか最近、鯉のぼりに行かんよな?…なんでじゃ?…」
小遣い稼ぎのシラス干しの帰り道…
絶対止助がもらったシラス袋をぶん回しながら蜃気郎に話し掛ける。
「ああ…うん……」
「……なんじゃ?…なんかあったんか?……」
「……」
「…ん??…」
「い、いや、なんでもないんじゃ…えーと…こ、鯉のぼりとち、ちょっと喧嘩しただけなんじゃ…」
「鯉のぼりとケンカ!?」
「そ、そうじゃ、うーんと…ち、ちまき食べ食べ兄さんと背比べしたらい、いきなり怒りだしんたんじゃ!」
「なんじゃそりゃ!?…五月五日同士の嫉妬か!?…」
「そ、そうなんじゃ、柱に傷をつけたら鯉心を傷つけてしもたんじゃ…あはは…」
蜃気郎は…
言えなかった…
自分が鯉のぼりを飛ばしたせいで…
絶対止助が一回死んでしまったから…
鯉のぼりに連れて行きづらい事を…。
……………………………………
【そろばんと谷岡のばあさん】
しばらく鯉のぼりに近づかなかった蜃気郎だったが…
どうしても今日中に行かなくてはならなくなった…
それは前に家の商売で使うそろばんを黙って持ち出し…
鯉のぼりの床をローラースケートのように床をムシムシっ!と走って遊んで…
そのまま置きっぱなしにしていたのだが…。
入院した蜃気郎の母親の代わりに谷岡のばあさんが行商に復帰する事になり…。
そろばんをこっそり元に戻さなければなかったのだ…。
谷岡のばあさんにそろばんを遊びに使ったなんてバレたら…
ビーバーの歯で作った入れ歯で噛まれる!
噛まれた跡にお灸を据えられる!
それは嫌だ!絶対に嫌だっっ!
蜃気郎はやむなく鯉のぼりに向かう事になった…。
…………………………………
【赤い満月のチャンスは逃すな!】
昼間の暑さが残る生ぬるい夜
そろばんを取りに走る蜃気郎が…
突っ掛けを飛ばして石榴山を駆け上がる。
夜の山道を走るのはドキドキし、そしてちょっとワクワクする
。
細長い竜のような一陣の風が駆け抜け心地よい
岩場にカナヘビが「チョ…チョロッ!」っと見えてパッ!と足が止まる
草むらからデカいイナゴが飛んで出て「ビシッ!」と頬に当たる
見えない水溜まりにビチャッ!と突っ込み、ぬにょりっ!!とはまり…
足首にニュルリル!とおたまじゃくしがすり抜けてゾソゾッ!とする。
ようやく鯉のぼりの架かる谷間に来る…
鯉のぼりは赤錆山に冒険に行くのを中断したため…
ロープウェイ状態でぶら下がったまま木に繋がれている
蜃気郎は…蔦に絡まるロープを手掛かりに…
ゆっくりと鯉のぼりを尻から入る。
ムシ…ムシッ…と底の布が音を立てる。
(この音も夜聞くと…なんか…不気味じゃあ…)
暗闇の中、手探りで…
そろそろと、そろばんを探す
シャ…シャララ!
手のひらに何かが滑る感覚がある
「あ、これじゃ!」
そろばんの玉がツプリ…シャーっ!と手のひらを転がる感触だった… 。
そろばんは確保した…
ちょっとホッとした時に横ふと赤い視線を感じる。
みきおは明かりの方を見る
それは赤い真月だった…。
「今日は満月じゃったか…」
鯉のぼりからも透けて見える鮮烈な月明かりは…
水晶に鮮血をぶちまけたような真っ赤な満月だった。
蜃気郎は瞳が吸い込まれるように魅入った。
「綺麗じゃな…」
「あっこでうさぎが目を真っ赤にして食紅まみれの餅をついてるんじゃろか?…」
「………」
「あれ?…」
蜃気郎が目をゴシゴシと擦る
月が急に濁った紫色になったからだ…
(な、なんじゃ?…)
(ワシの目か?…ワシの目がおかしくなったか?…)
目をごしごしと擦り
もう一度目を細めて見つめる。
ジーーッッ…。
なんだろう?…
自分だけでなく…
満月からも強い視線を感じる…
狼男のように紫の瞳孔が広がる
蜃気郎は何かに「ハッ!」と気づき
鯉のぼりの中をキョロキョロ辺りを見渡す。
あるはずの所にあるはずのものがない!
「…ま…さか…」
ゴクリ…と唾を飲む。
ちょっと距離を置き…
おそるおそる再び月を覗きこむと…
「…………」
蜃気郎が…
顔をスッ…と右に傾ける。
すると月も…キョルンッ!…と右に動く…。
今度は顔をスッ…と左に傾ける。
月もキョルンッ!…と左に移動する。
「………」
…それは…
月ではなかった…
月が紫色になったのでなく…
移動してきた鯉のぼりの目玉が…
赤い満月に重なっていたのだ!
瞳による皆既月食だ!
(見とるんじゃ…)
(…鯉のぼりがわしを見とるんじゃあ…)
心臓がトキントキンっと無秩序に動きだす。
グッ!と胸のシャツを掴む!
ドクン…ドクン…ドックンっっ!!
「あ、あ、あれ?…」
なにか心臓の音がやけにはっきり聴こえる…。
心臓に手を当ててみる。
トック、…トクトクッ…
手のひらに微かに音が伝わる
「………」
すー…はー!と深呼吸してから
「………」
今度は静かに立ってみる。
ドクンッ!…ドクドクッ!!
足元に重低音に響く
ドックン!ドックンと足の裏に感じる!
(ち、違う…わしの心臓の音やない…)
ドックン!…ドックンッ!…ドックンッ!
(こ、鯉のぼりじゃ…鯉のぼりの心臓の音じゃ!!)
蜃気郎は天井を見上げた
「あっ!!」
そこは天井にあらず…
赤い満天の星空が見えた…
真っ赤に輝く天の川だ
「え?…あれっ?!」
それぞれの赤い星が…
すごい勢いで目的地に向かうように流れる。
シュル…シュルッ…ラ!
…と止まっては流れる星もある
ノクリっ…と息を飲む蜃気郎…
「………」
赤い月はともかく…
赤い天の川は初めて見た
ドクンッ!…ドクンッ!
心臓の音が聞こえる。
無数の赤い星が流れる
ドクンッ!
心臓の音に合わせ…
赤い星が放射線状に流れる。
「あっ!!」
ここで蜃気郎は気づいた…
それは…天の川ではなかった。
星空に透けた…
鯉のぼりの血流だった。
煌めく血潮のプラネタリウムだった。
「なんじゃ!蜃気郎やっぱここにいたんか!?…」
「え!?…」
呆気にとられていた蜃気郎がハッ!と振り返る
「なんでわしを誘ってくれなかったんじゃあ!」
絶対止助が飲み屋ののれんをくぐるように入ってくる。
「来たらあかんっ!!」
「わっ!なんじゃこりゃ!?…」
「なんで来たんじゃ!」
「なんでって…兄貴がお前が山に行くのを見た言うから…」
「お、お前の兄貴達は多すぎるんじゃっ!」
鯉のぼりの目玉が…
蜃気郎と…
絶対止助を…
交互にキョロリ!…キョロリ!と見て
ビタンビタンっ!!と尾を振り
まるで歓喜するように身震いした
「わっ…わっ!」
「な、なんじゃ、まるで鯉のぼりが生きてるみたいじゃ!?……」
「みたいじゃない!…全面的に生きてるんじゃ!」
ぶるぶるぶるっるっ!!…
鯉のぼりは二人が揃うのを待っていたかのように喜びに震えた!
「なんじゃなんじゃ!!??…」
「あ、赤錆山に行こう言ってた時以来会ったさけ喜んでんやないか?…」
ビタンビタンビタンビタンッッ!!
その時だった…
赤錆山という言葉を聞いた鯉のぼりが
余計に尾を振るわす!
ぶるぶるぶるっっ!!
一際大きい武者震いをし…
パトパトバトパトッッッ!
身体についた夜露が飛び散り…
ドクンドクンドクンっっ!!
「わっ!わっ!わわっ!」
鼓動が二人を揺らし
血の流れ星が物凄いスピードで駆け巡る!
「興奮しちょる!」
「な、なんか赤錆山と聞いて鯉のぼりが興奮しちょる!」
真っ赤な天の川が…
まるで宇宙が終わるように右往左往し
グンッ!と血圧を上げる!
「なんか熱い!、鯉のぼりの中が熱うなっとる!」
夏の暑さとは違う、肌熱気を感じる
「ギィィィイイイイイイ!!」
鯉のぼりが歯車が軋むような雄叫びを上げ…
うずうずうずうずっ!!
待ちきれない鯉のぼりが身震いをしてから…
両端をロープに繋がれた身体を弓を引くように…グンッ!!…グンッ!!…
…と後方に溜める…。
「わわわわっ!、なにするんじゃ!?…なにする気じゃ!?…」
絶対止助は叫んだ
「赤錆山じゃ!赤錆山に行こうとしとるんじゃ!」…
「なんで今更赤錆山なんかに……はっ!?…」
蜃気郎は気づいた…
例の不思議な懺悔室のせいで時間が戻り…
赤錆山に行った記憶は自分以外には無いことを…。
「わわっ!」
足元が揺れる
ぐぐっ!…ぐぐっぐぐっ!…。
鯉のぼりが鯉腹筋を使い…弓なりに思いっきり反り返る!
「あかんあかんっ!なんかに掴まるんじゃ!」
ググググググ……
バイーーンンッッッ!!!
と弾ける!!
…が…
樫の木に繋がる綱に阻まれ
ブイーーーッンッ!!
と反動で戻る!
ゴロゴロゴロっー!!…
「うわっ!!」
二人が腹の中を転がり、落ちそうになる。
ドッ!ドッ!ドッ!ドッ!
鯉の心臓がアイドリングして
小刻みに揺れる
グイグイグイッ!
鯉のぼりが…
まるで繋がれた犬が…
無理矢理首輪を抜けるよう縄をグイグイ引っ張る!
「あかん!あかん!あかん!行く気まんまんじゃ!…」
「なんであかんのじゃ!?…赤錆山にはわしも行ってみたいわ!…」
「…そ、そいじゃがぁ……」
蜃気郎の脳裏には…
赤錆山に鯉のぼりごと激突して…
…石榴のように頭をぱっくり割った絶対止助の姿がよぎる…。
「なんでじゃ!?…行こうや!」
「じ、じゃが…」
…しかし鯉のぼりは強引に樫の木に繋がる綱を引っ張る
グッグッ!…ググッグッ!
ミチ…ミチミチミチミチっ…。
布が裂けるような音が聞こえる。
「あかんっ!あかん!まだロープが綱が……!」
ブチブチブチッ…シャーー!!!
布が裂ける音がした!
「あっ!!!」
繋いで自らの尾びれをぶっち切って…。
二人を乗せて
夜空にぶっ飛んだ!!
ぶっ切れた尾びれから沸騰した血潮が…
まるでジェットエンジンのように燃えて
真っ暗な夜空に駆っ飛んだ!!
「ベラメソマッチャンケーーーー!!」
………………………………
【狙われた鯉のぼり】
ビュフリフリー!バフュー!!
バタバタバタバタババタ…ヒフビフリー!!
鯉のぼりは二人を乗せて
赤い月熔ける夜をシャーッ!と綱駆ける!
「うわうわうわっ!ふ、ふぶっ飛ぶ!…め、目に風が当たって、目がさぶいっ!」
「こ、今回は大丈夫じゃ!…」
蜃気郎達ははそろばんを腹の下に入れ
腹這いでシャーーっと…鯉のぼりの口まで移動して…
釣り針を引っ掻け身体を固定した。
「で、でも顔が重いっ!重いっ!風で重いっ!」
「く、口を開けるなよ!よ、夜の雲はど、ど、毒じゃ!」
「えっ!?…」
「こ、こ、これやるからなんとかせい!!!」
、」
宝箱の缶から蜃気郎は何かを取り出す
「な、なんじゃこれ?…」
「こんぺいとうじゃ!」
「こ、こんぺいとうは、ど、毒に効くんか?…」
「流れ星の代わりじゃ!」
「えっ???……」
「そ、空に流して、お願いするんじゃ!」
「なんじゃそりゃ!!」
絶対止助はお賽銭のようにこんぺいとうを空にほおった。
そして連呼した。
「毒が口に入りませんように!毒が口に入りませんように!毒が口に…んっ!!??…ゲホゲホゲホ!!…」
「なした?!…」
「ゲホゲホゲホっ…く、口になんぞ入った!」
「なんじゃ!?…毒か!?…」
「…レロレロ…」
「……???…」
「甘い!こんぺいとうじゃ!」
「こんぺいとう戻ってきてんか!?…」
「いつの間にか地球一周してたのかもしれん…」
「どっちが!?…こんぺいとうか!?…わしらか!?…」
その時だった…。
ピィーーーー!!
甲高い笛の音が月夜に響き
シュンッッッ!!!!
空気を切り裂く音がし…
何かが蜃気郎達を乗せた鯉のぼりを掠める。
「え?!…今なんか通らんかったか?!…」
絶対止助が蜃気郎の方を向く
蜃気郎がこわばった顔をしている
「ど、どうしたんじゃ?…」
…」
「…鉄の匂いがした…」
「…え?…」
「…あの時の…鯨笛も聞こえた…」
「…なんじゃそりゃ?……」
その時、蜃気郎の脳裏には蘇った…
昔、祖父に捕鯨船に乗せてってもらってた時に…
甲板でフナムシつぶしに夢中だった時に…
ピュイーーーーッッ!!…と
その音色聞こえ…
ふと頭を上げたら…
血に染まった母鯨と…
傍らにスヤスヤ眠る子鯨が見えたのを…
周りでオキアミ達が「ざまぁみろ」と笑っていたのを…
「…じ、じいさんが開発した…眠りの銛(モリ)の捕鯨砲じゃ…」
「ホゲイホー?…」
「鯨を眠らす笛を鳴らす銛を撃ち込むんじゃ…」
「な、なんでそんなもんが?…」
「…解らん…」
「し、蜃気郎、なんか銛(モリ)の飛んで行った所に…ロープみたいなんが張ってあるぞ?…
蜃気郎は溢れ落ちそうになる涙をバレないように言う
「そ、そりゃそうじゃ、捕鯨砲は鯨に刺さったらそれを引っ張る為にロープを繋いであって……」
「あっ!?…」
突然、絶対止助が叫んで指をさす!
蜃気郎がつられて前をを見る
「…え?…」
「…見ろ!…あ、あそこだけ雨が…雨が降っちょる!」
そこは…そこだけちっぽけな乱気流が渦巻いていた
「な、なんじゃあれ?…あそこだけ…嵐なんか!?…」
嵐の中から…
チカチカと灯のようなものが点滅し…
「なんじゃあれ!?…」
キシュ…シャン!…キシュ…シャン!
キシュ…シャン!…キシュ…シャン!
奇っ怪な駆動音を立てながら…。
それは大粒の雨を…
雲に変えながら…
こちらにグゥオンッ!!!グゥオンッ!!!と…。
雲で動く機関車のように迫ってきた
「あああああっっ!!」
「ああああああっ!!」
赤い月明かりがそれを照らす
それは口をパクパクとし。
闇雲の目玉は動いたり、動かなかったり。
それは鯉のぼりだった。
捕鯨砲が新たに張ったもう一本のロープを…
滑車をシャーーっ!と滑り…
巨大なもう一匹の鯉のぼりが突っ込んできたのだ
「うわああああああっ!!」
ヒョウオンッ!!ヒョウンッッ!!
ヒョウンッッ!!ヒョウンッッ!
ズサザサザザザザササササっ!
布を擦れる音がする。
摩擦の煙が鼻につく
二匹の鯉のぼりが…
暴走機関車のように…。
擦れ違う!!
「ガハハハハハハハ!!…これで大丈夫じゃろ!」
「じゃろ!」「じゃろ!」「じゃろ!」
擦れ違う一瞬誰かの声が聞こえる
巨大鯉のぼりが擦れ違う衝撃で…
漆黒の夜がめくれ
明日の朝が少し見えた。
ヒョウンッッ!!ヒョオウンッッッッッ!
「うわわわわわーーー!!」
キシュ…シャンっ!…キシュ…シャンッッ!!
あっという間に謎の鯉のぼりは蜃気郎達が来た方に消えていく。
……………………………………
雨と硝煙の臭いがまだ空に漂っている。
ドクンドクンドクン!!!
我らの鯉のぼりは心臓をピストン運動して走り続ける。
「な、なんじゃったんだ、あの鯉のぼりは…」
絶対止助は放心しながらつぶやく
強ばった顔で蜃気郎は答える
「じいちゃんじゃ、じいちゃんの声が聞こえた…」
「え?…」
その時会話は寸断された
グンンッッッ!!!
「わっっ!!」
蜃気郎を乗せた鯉のぼりは…
三日月渓谷の強い傾斜に差し掛かり
グンッ!!…とスピードを上げ
「うわ、うわぁああああ!!」
「絶対止助!!しっかり掴まれっっ!」
蜃気郎は絶対止助を自らの体を身体を覆いかぶすように守る
真っ赤な満月は…。
漆黒の頂点まで登り…。
地球の重力に引っ張られた赤い涎が…。
ドロリと落ちる。
さわさわさわさわっっ!!
赤錆山の天辺近くの赤ダニが…
その妖しくも美麗な月に見とれ
足を滑らせ崖をサラサラと落ちる…
雪崩式に上から下へと
砂時計式に滑り落ち…
赤いナイアガラの滝のように…
サラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラっっサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラッッッッーーーーーーー!!!!!!!!!!!
…と落ちていった。
「な、なんじゃありゃあ…」
「頭を上げるな絶対止…わっ!!」
二人の会話は寸断された
鯉のぼりがグンッ!と角度を変え
赤錆山に直角に張られたロープを
壁面を舐めるように駆け上がる!
サラサラサラサラサラサラサラーーーー!!!
赤ダニの流砂を駆け上がる姿は…
まるで赤い滝を昇る鯉のようだ!
「わああああああああっ!!」
数百億の赤ダニが血飛沫のように跳ね落ちる!!
スボッ!!
その時だった…
真っ赤な壁面が視界から消え…
「…え?!…」
紺碧の宇宙と…
大きな月が見える…
勢いよく昇った鯉のぼりは…
赤錆山の頂点を越え…
天に伸びた鉄のポールを登りきり…
一瞬宙に止まる…
「…あ…」
その静寂の中…
蜃気郎は眼下に見た…
赤錆山の頂上の平野に…
夏なのに夜桜が咲きほこり
その中に深緑の屋根の校舎があるのを…
そしてその學校は…
ちょっと地面から浮いているのを…。
その屋根の上では制服の少女が立ち…
丸い筒を持ち、こちらを覗いているのを…。
「な、なんじゃありゃ?…」
「ち、中學校じゃ!あれが赤錆山の中學校じゃ!
「な、なんで中學校が浮いてるんじゃ!」
「そ、そんなこと…」
しかし次の瞬間…
地球が重力を思い出したように…
鯉のぼりが…フッっ!と自由落下を始める
「うわああああああっ!!」
……………………………………
【通りゃんせ通りゃんせ、行きも怖いが帰りも怖い】
鯉のぼりがフッ!と自由落下する
ちんちんの下が「ひわっ!」となる
「うわあああああああ!!」
赤錆山を頂点を越えた二人が
サラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラサラーーー!!
赤ダニの滝を滑り落ちていき
ビュヒュリビリューー!!!
再び元の方向に滑り出していく
!
グゥオオオオオオー、シャーーーー!!
「オエ…オエッー…」
今度は逆側にに進んでいくため…
気持ち悪くなる絶対止助
「大丈夫か!?…逆じゃ!ケツの方向を向くんじゃ!」
その時だった…。
バサバサババサバサバサ!!
ドッ!!…
「うわっ!!なんじゃなんじゃ!!」
狩りをしていた大ふくろうが 鯉のぼりの中に突っ込む
羽根がクッションを狙撃したように散らばる
ふくろうが喰わえていた血吸いコウモリが吹っ飛び…
「うわっ!なんじゃ!なんじゃ!?」
絶対止助の顔にムチョっ!!と当たる
コウモリの口の中からドバーーっと!!
血ならぬ赤ダニ達(AB型乙女座)が吐き出され…
絶対止助の顔に真っ赤に群がる
ゾワゾワゾワゾワっっ!!
「ベラメソマッチャンケーーーっ!!」
絶対止助の絶叫が夜の三日月渓谷に響く
赤錆山の鉄分を赤ダニが吸い…
その赤ダニを血代わりにコウモリが食べ…
そのコウモリを狙って大ふくろうが飛んでくる…。
血で血を洗う食物連鎖だ
「うわっ!!気持ち悪い気持ち悪い!顔洗いたい!水っ!水っ!」
「み、水?……つ、つばじゃあかんか?…」
たぱっ…
たぱたぱっ…
たぱたぱたぱたぱっ!!
「ん?…水っ…?…」
その時だ…
大粒の雨が横から降ってきて。
絶対止助の横っ面に ぴちゃんっ!!と当たる
一瞬だけ頬に水たまりができて赤ダニがくるくる回る。
キシュ…シャン!…キシュ…シャン!…キシュ…シャン!
「蜃気郎!またじゃ!また来た!」
「え?…あっ!!!!」
にわか雨が 横からタパタパ降る方向から
キッシュ…シャン!
再びあの謎の鯉のぼりが…
滑車をシャーッッ!!と滑らせ…
迫りくる!…
パクリ!パクリクっ!と口を開け…
さっきのぶっ飛んだふくろうをパクリ!と飲み込む!
「ガハハハ!!ふくろうが獲れれたわい!今夜はふくろうの焼鳥じゃあ!…ふくろうの焼鳥で乾杯じゃあ!!」
「ふくろうは首の部分が一番美味いイヒヒヒ♪」
ヒュオン!ヒョウンッッ!ヒョウンッッ!!
再び謎の鯉のぼりとすれ違い
ぷんっ!と酒の匂いがする
「や、やっぱりじいちゃんじゃ!…シ、シスター・心の病・京子もおるっ!?」
「えっ?!…」
謎の鯉のぼりは
…あっという間に雨雲と共に遠ざかる…。
ビュフリフリー!!
ビュフリフリー!!
蜃気郎達が乗る鯉のぼりが
元いた石榴山(ざくろやま)に再び近づく…
石榴のような形の山並みは…
夏の生い茂る草むらに覆われている。
巨大な樫の木が見えてくる…
樫の木は泣いていた…
樹齢三百年を越えているのに泣いていた…
ウエストをロープがぎゅうぎゅう締められていたし…
銛(モリ)が突き刺さっていたからだ
「あっこに銛をぶちこんだのか…」
グゥオオオオオオーー!!
もと来た石榴山にに尻から突っ込む
「あ、あかんっ!」
咄嗟に蜃気楼が絶対止助の身体を庇う
「ギイイイイイイ!!」
鯉のぼりは叫び
ぶち切れた尾から再び血飛沫を爆発させる!
すごい切れ痔のようだ
寸でで激突を防ぎ
ドババッ!!と血を噴射し続ける
「あかんあかんっ!!」
「む、無理すんなっ!血ぃが無うなってしまう!」
…しかし放たれた血は大部分は血ではなかった…
それは赤ダニだった…
さっき赤錆山を昇った時に赤ダニをパクパク食ったのだ…
赤ダニで輸血したのであった!
グゥオオオオオオー!!
赤ダニエンジン点火!
再び赤錆山に向かう!
「ま、まだじゃ!鯉のぼりは赤錆山に行くのを諦めておらんっ!!
「ギイイイイイイーー♪」
鯉のぼりが雄叫びを上げる!
ドババッバババーッッ!!!
再び鯉のぼりは赤錆山に向かい爆進し始めた!
「よ、よし!次こそ聞いてやるわ!」
蜃気郎が興奮して声を上げる
「…え?…」
「次、擦れ違う時にじいちゃんにあの鯉はなんなんか聞いてやるんじゃ!」
「………」
絶対止助は…
息巻く蜃気郎の顔をじっ…と見て…
「……」
さっきの赤ダニを一匹、蜃気楼の頬に…
ピトっ!とつけた…
「…!?…な、なにすんじゃ!?…」
……………………………………
【二周目】
鯉のぼりは二周目に入る!
空に浮かぶ孤島のような雨雲が見える!
パタッ!
パタパタバタっ! パタパタパタっ!
横向きのにわか雨が再び降ってくる
「あっ!なんじゃありゃ!?…」
その時だった…。
赤紫 紫 青紫 紺 群青 深青 黒!!!
赤い夜空に…
青いグラデーションのアーチが架かる。
それは夜の虹だった。
夜の虹が…
青いグラデーションの弧を描き…
サクッ!と
鯉のぼりの背に突き刺さる
「ギィィィィィィィィ!!」
虹が刺さった鯉が悲鳴が上げる!!
「に、虹って刺さると…い、痛いのか?…」
赤紫ーーー
紫ーーー
青紫ーーー
虹の色が一枚、一枚、バームクーヘンがはがれるように離れて…
七段階切り離しで夜空に消えていく…。
「来た!来た!来た!来たっ!」
キシュ…シャン!! キシュ…シャン!! キシュ…シャン!!
三たび、巨大鯉のぼりが迫り来る!
周りの空気が緊張して凍る
夏の雪が深海の死んだプランクトンのように ふわふわ落ちてくる。
トンネルをくぐらず 雪国を連れて、その鯉のぼりはやってきた!
「ガハハハ!!熱燗!熱燗が欲しなるなぁ!」
じじいの陽気な稲妻のような声が聞こえる
蜃気郎は身構える
口に指先にくわえ…
「ビュウイーーーーー!!」
…と甲高い指笛を飛ばし、叫ぶ!
「じ、じいちゃーんっ!…その鯉のぼりはなんなんじゃああああああ!?!?」
なんなんじゃあ!?…なんなんじゃあ!?…
「ガハハハハ!蜃気郎かぁああ!?…これはお祝いじゃあ!…お前の弟ができた祝いじゃあ!」
祝いじゃあ!祝いじゃあ!祝いいじゃあ!
「えっ!!!???」
「えええええ?!?!」
(つづく)