憲法施行から三四半世紀 | 鷹の目 平田/Hawkeye Hirata

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Hawkeyeの如く、世界情勢の大局をよく見たいと思います。

 今年は日本国憲法が施行されて75年目の年です。
 日本国憲法は1945年12月8日に松本4原則というのが憲法改正要綱として提出されましたがGHQから拒否され、1946年2月3日マッカーサーは憲法改正の必須要件(いわゆる「マッカーサー三原則」その中の一つに「戦争放棄」)をコートニー・ホイットニー民政局長に示し、1週間以内に憲法改正案の作成を指示し、翌日から民政局内で作業が開始されました。
 ホイットニーが指揮して作成されたいわゆる「マッカーサー草案」は同年2月12日に完成し、2月13日ホイットニー自らの手で、麻布の外務大臣官邸において吉田茂と憲法担当国務大臣・松本烝治に手交され、以後衆院・貴族院の審議を経て1947年5月3日に施行されました。
 この流れを見れば「草案」というのは、2月3日から2月12日というわずか9日間で作成されたということになります。
 とにかく、先の戦争で日本軍に酷い目に遭わされたマッカーサー占領軍司令官としては「未来永劫日本が二度とアメリカの脅威にならないこと」ということを絶対に外すことが出来ず、「非武装」という第9条は「この憲法の要」であったのだと思います。
 マッカサー元帥(アメリカ側)としても、日本国が独立した以降もこの憲法を一字一句変えずそのまま遵守していくとは思っていなかったのでしょうが?
 ということで、現代の巨大独裁国家中国・ロシアと対峙するアメリカ(政府)としてはこういう憲法を押し付けたことを悔やむと同時に、能天気な戦後日本人に呆れかえっているのではないでしょうか。

僻目の平田

コートニー・ホイットニー