戦後日本人の安全保障思考について | 鷹の目 平田/Hawkeye Hirata

鷹の目 平田/Hawkeye Hirata

Hawkeyeの如く、世界情勢の大局をよく見たいと思います。

 11/22付の産経新聞1面に「安保戦略に経済明記必要」という見出しで国家安全保障局 前局長の北村滋氏が「経済安全保障を国家安全保障戦略に明記する重要性を語った」と報じています。 ん?随分遅すぎるのでは。
 一般に「国家安全保障」と言えば、軍事(防衛)・経済・教育など国家の総合的な活動を包含した概念であるのに、戦後の日本においては何故か「安全保障」というと軍事面に限定して捉え、どちらかというと安全保障の議論を脇へ置く傾向があったのではないでしょうか。(今日まで70数年間も)「巨大市場に目が眩んだ無防備な企業進出」、「野放図な外国人留学生の受け入れ」、「外国資本による日本の土地の買い占め問題」等々、「国家安全保障」の観点から捉えて法整備をしておけば、現在のような状況には至らなかったのではないでしょうか。
 とにかく戦後の日本においてはGHQに押し付けられた日本国憲法によって誤った平和主義思考を植え付けらた結果、「安全保障=軍事(防衛)」という狭い考え方でしか捉えられず忌避する傾向があった。結果日本は今、すぐ隣に敵対的な軍事・経済大国を出現させる結果となってしまいました。

 

 戦後70数年後の今日、ようやく前安全保障局長北村滋氏の発言となりましたが大本の「憲法」が今のままでは国民の思考は付いていけないのではないでしょうか?

僻目の平田