クレハズム -26ページ目

クレハズム

松澤くれは公式ブログ。

ちはちは!松澤くれはやんね!

「菊菊&刀」絶賛稽古中~!!

演出家として演出をつけてるわけですが、

「会話がうまくいってない感じにしたい」
「下手くそに見えてほしい」
「声を半分に落として」
「誰もセンターで芝居してなくて良いですね」
「それはWeを強制執行するイメージ」
「芝居に集中しないてください」
「ストーリーを進めないでください」

と謎のオーダーを次々と繰り出してます。

やーーー。
<火遊び>の稽古はじまった感あるなあ。

これですよこの演劇を削ぎ落とす作業。
僕も役者さんも「よし!いい感じになってきた」って思ってしまったら最後、ぜんぶ壊れてしまうような芝居作り。

いつだって最終的な演出は一つ。

「演劇にならない」こと。

演技を捨て、ただ生身でそこにいる。
相手を見て、台詞を聞いて、反応を返す。

何と難しく、怖いことだろう。
だから役者さんには、ストイックな忍耐と勇気を求めます。

じりじりと淡々と、それでいて。
心のうちに確かな熱量をもって。

あなたの現実を蝕む物語を作ります。

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<火遊び>pray.05

『[完全版]菊菊&刀』

2016/5/6~15
@新宿眼科画廊・O

http://kureha.main.jp

ご予約
http://ticket.corich.jp/apply/72136/001/



ではではまた!
おはようございます。
松澤くれはでございます。

久しぶりの<火遊び>本公演。
そうです。ホームの劇団芝居。

自分の団体で舞台を作るメリットとは何か。それはきっと、進化するために攻めることができる点だと思います。

いま、松澤くれはが。
舵取りたい演劇のカタチ。

「核-コア-」な物語をご覧ください。



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<火遊び>pray.05
『[完全版]菊菊&刀』
2016年5月6日(金)~5月15日(日)
@新宿眼科画廊・O
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「わたしを留置所に入れたのは、お母さんです」

母の不倫を暴露し、母に刑事告訴された娘・萌木子(ももこ)。日常を強制的に剥奪された彼女は、一癖も二癖もある雑居房の人間たちとともに、閉じた鉄格子のなかで回想する。

どこで道を間違えたのだろう。
父が失踪して何年だっけ、母と二人でうまくやってきたつもりだった。

いなくなった父親をじっと待ち続けていた娘。
いつの間にか、男を家庭の外に求めていた母。

「わたしは、お母さんが、分からない」
暗い檻のなかから手を差し伸べても、肉親の頬の温かさに届くことはない。

一番近しい人の心を理解することさえ、できないものであろうか。
パトカーのサイレンが部屋の外から聞こえる。
運動場の片隅には、菊が2輪だけ咲いていた。

母と娘。本音と建前。女と親。
家父長制の崩壊した[不在の父]日本に沈みゆく、男を求めた小さな母娘の物語。

▼作・演出▼
松澤くれは

▼出演者▼
黒沢佳奈
佑木つぐみ
松澤くれは

江幡朋子
今駒ちひろ
佐藤りざ
多田有里
中埜響子
早山可奈子

花村雅子(えうれか)

▼公演日程▼
2016年5月6日(金)~5月15日(日)

▼タイムテーブル▼
6日(金) 19:30
7日(土) 14:00/18:00
8日(日) 14:00/18:00
9日(月) 19:30
10日(火) 休演日
11日(水) 19:30
12日(木) 19:30
13日(金) 19:30
14日(土) 14:00/18:00
15日(日) 13:00/17:00
※受付・開場は開演の30分前からとなります。
※開演5分前までにお越しいただけない場合、キャンセル扱いとなる場合がございます。
※会場の構造上、開演しますとご入場いただけません。お時間に余裕をもってお越しください。

▼チケット▼
3000円(前売・当日共通)
全席自由席・日時指定

▼チケット取扱い▼
こちらの予約フォームから必要事項をご入力ください。松澤くれは扱いでチケットをご用意いたします。

▼会場▼
新宿眼科画廊・O
東京都新宿区新宿5-18-11
各線「新宿駅」より徒歩10分程度。

▼公式ホームページ▼
http://kureha.main.jp

▼お問合せ▼
p.firepray@gmail.com

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『暁のヨナ』
@EXシアター六本木

初日にお伺いしました。


やーーーー。
ヨナが美しい凛々しい可愛いそして最高。

キャラクターに血が通ってた。
「生き生き」こういうことだなって。


新垣里沙さんは最高の役者さんです。

いつも新垣さんの舞台を観て考える。
どうして、最高なのだろうと。

2回ご一緒してもまだその本質は掴みきれてない。まだまだ秘めている。僕はその奥底まで演出家として未熟ながらたどり着けてなかったはず。

でも一つ確信してることがあって。

新垣さんはカラダに嘘の気持ちがない。

喜怒哀楽あらゆる心の動きに全力だからこそ、その身体が、嘘をついてないんですよね。

セリフはしゃべる音だから気持ちがのりやすい。でもじゃあカラダはどうなのか。ちょっと難しいんです、気持ちがのった身体っていうのは。身体の気持ちは。

例えば怒ったときの身体の気持ちって何でしょう。
拳をふりあげる、相手を激しく指差す、そういうのは「怒り」を端的に記号化してるだけで、わかりやすいし駄目じゃないけど、それだけだとどうも嘘っぽい。演技みたいに思えます。

カラダの気持ちって、何かアクションをする「行為」ってわけではない。行為は伴うかもしれないけどそこに真贋が宿るわけじゃない。

怒ったときの身体で言えば、僕らが、日常生活で怒ってるときの身体そのものです。行為ではなく「状態」こそが重要。
怒りという感情に心がとらわれてる状態、そのときに在る「いま」だけのカラダです。動くかもしれない、微動だにしないかもしれない、けれど必ずそこには「その人が怒ってるカラダ」がなくてはいけない。それこそが本当だから。

新垣さんはおそらく「いま」だけの気持ちを連続させている。だから身体も「いま」しか存在していない。
役作りは積み重ねだとしても、その瞬間そこにいる自分が、次のセリフや前のシーンよりも、はるかに独立して大切なもの。
当たり前だけどいまお客さんが観ている役者の姿は、いましかそこにないのだから。

自分が、そのキャラクターがいま、どうなのか、どう在るのかは、常にその瞬間だけを正確に演じることで生まれる。

新垣さんには雑さがないんです。
ここは「こんな風に」みたいな嘘を本番前にすべて捨てていってる。本読みで。稽古で。
雑な処理を、曖昧な妥協をした箇所がないから「全力のいま」が板の上で連続する。
当たり前のように思えるこのいかに難しいことだろうか。それをいつも成し得るところに、女優ではなく役者を名乗る彼女の矜持を感じる。

だから僕は「役者」新垣里沙さんを尊敬しています。


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とか何とか堅苦しいこと言いましたけどこの笑顔ですよ。ぜんぶ。まぶしすぎて僕の顔に影できてるし。



良いもの観せてくださったので愛情こめてブログ書きました。

千秋楽まで頑張ってください。敬具。