まだ私が不妊治療をしていて「子無し」だったころ、マタニティマークをつけてるほかの妊婦さんを見るのがつらかった。


だから、街で20-40代ぐらいの女性を見かけると「この人、マタニティマークをつけてるんじゃないか?」と思ってしまい、あえてその女性のカバンに目を向けないようにしていた。かりに、その女性がマタニティマークをつけていたとしても、自分が目にしなければ苦しめられることはないから。


それでも、どうしてもマタニティマークを見つけてしまうことがあり、本当につらかった。


だから、私は自分が妊娠したときは、マタニティマークはつけないようにしようと思っていたし、実際に妊娠してからも、妊娠初期はマタニティマークをカバンにはつけなかった。


いきなり話は飛ぶが、『源氏物語』に六条御息所という登場人物がいる。光源氏のかつての恋人だった女性だ。光源氏の正妻・葵上が息子の夕霧を出産した際、葵上は亡くなるのだが、葵上が亡くなったのは六条御息所の怨霊(六条御息所は存命なのだが)がそうさせたとか言われている(そうじゃないという説もある)。


私は自分が「子無し」だったときに、ほかの妊婦さんがうらやましくてしょうがなかった。ある意味、恨みに近い羨望だった。


それは、六条御息所の怨霊が葵上を呪い殺したのと共通する心持ちだったのかもしれない。(※さすがに私は他人をどうこうしようとは思わなかったが…。)


そんな「自分にはない幸せ」を持つ妊婦さんを恨んでいた私は、だからこそ、自分が妊娠したときは、他人から恨まれるのが怖くてしょうがなかった。だから、マタニティマークをつけなかった。かつての自分のような人間から恨まれないようにするために。


『源氏物語』でいえば、葵上が六条御息所に妊娠の事実を隠すようなものだろうか。


だが、私は妊娠初期、しょっちゅう出血した。医師からは「安静に」「できるだけ電車に乗らず、タクシーで職場に行った方がいい」と言われたのだが、タクシー通勤なんて不可能だった。どうしても電車に揺られて、電車を乗り換えて、1時間かけて職場に行かなければいけなかった。


いざとなれば、仕事を辞めてやる覚悟はあったが、私はある意味、フリーランスのような仕事をしているので、仕事をしないということは仕事がなくなることでもあった。完全に仕事を辞めることもできず、かといってオンラインで済ませられる仕事でもなかった。どうしても、週に数日は職場に行かないといけない。


少しでも電車内では座ろうと思い、できるだけ優先座席で座らせてもらうことにした。


妊娠初期はおなかがそれほど目立たない。けどよく出血した。


他人から見ると、健常そうな若者が、電車で堂々と優先座席に座るにはマタニティマークをつけるしかなかった。マタニティマークは私が優先座席に座る大義名分となった。


ただ、一方で、かつての自分のような「恨みを抱えた人」が自分を見てるんじゃないかとも思ったので、マタニティマークをつけるのは優先座席に座る時だけにしていた。


私が他人の恨みを気にせずに、マタニティマークをつけられるようになったのは、妊娠22-24週(だいたいこの週以降に生まれた子どもは流産ではなく、早産となる)以降のことだった。それでも短時間にしていた。もっと堂々とマタニティマークをつけられるようになったのはもっと後、もうお腹が目立ち始める妊娠7ヶ月とかそのころだった。


マタニティマーク以外にも、いろいろなマークがあるが、私のような人間にとってはマタニティマークをつけるのも「精神的な体力」が必要であった。



「子無し」の恨みも「子持ち」の大変さもわかってるからこそ言いたいことがある。


マタニティマークが存在することは悪いことじゃないと思う。けれども、マタニティマークはかつての私のような、子がほしい「子無し」を苦しめることになるし、私のような臆病な「子持ち」にはマタニティマークをつけるのがはばかられることもある。だから、もっとわかりにくいマタニティマークがほしい。


優先座席に座らないといけないのは妊婦だけじゃない。高齢者や障がい者、病気の人等々。ヘルプマークもあるけども、マタニティマークやヘルプマークを包括するような「ユニバーサルマーク」をつくってほしい。


なにか特定の事情を抱えている人が、その事情を他人に明かすことなく堂々と出せるマークが必要なんじゃないだろうか。


かつて「子無し」だった私は、時々、マタニティマークをつけた妊婦さんを見ると、そんなことを思ったりするのである。