昨日は、劇団ひまわりの代稽古で、4レッスン付けてきました。
 朝は10時半に入って、まずは2時間。
 午後は1時半から、やはり2時間。
 3時半から6時までは空き時間になりますので、その間、時間を潰して、1時間半のレッスンを2つ続けて9時まで、仕事をします。

 外出仕事が多いと、どうしても溜まってしまうのが事務仕事と、家事です。
 今朝は頑張って1時間、はわゆママの通夜の日以来、手入をしていない庭の通路の草むしりなぞ、してみようか…と思ったのですが。
 そんな殊勝な心がけは、天が許さなかった事と見えて、朝から大雨。
 …どうりで今日は、目が覚めなかったはず。
 
 東側の部屋に寝ているので、天気が良ければ、朝日眩しくお目覚めの筈が、…まぁ、休めって事でしょぉか。

 そんな折、はわゆ家に2通の現金書留がやってまいりました。
 はわゆサンは、外出が多いゆえ、そっちの仕事は放り出してしまっていますが。
 はわゆ兄はせっせと、やれ、香典返しとか。
 喪中の挨拶状など、配りまくっていてくれていたのです。

 先日お話をしましたように、はわゆママの最期を尋ねる電話も多いのですが。
 若い頃、はわゆママが桃園(とうえん)書房で経理の仕事をしていた頃の、先輩にあたる方と。
 兄の仕事関係の方が、事の次第を知って、わざわざ送ってくださったものでした。
 
 とりあえず、仏壇に上げて、鐘を鳴らして、チ~ン。
 香典返しは済ませたばかりなのですが、この方達にも(!)また、差し上げなくてはならないのでしょぉね…いいや、兄貴にまかせよう。
 そんな想いで、香典返しの封筒を覘いてみる…す、すると!!
 若かりし頃に、青春を過ごした出版社時代の想い出のせいなのでしょうか。
 それとも、二人の仲に、なにか特別な事でもあったものでしょぉか。
 久し振りの先輩・後輩にしては、法外(…はわゆ家的に言えば、そんな)金額が入っているのを、発見した…はわゆサン★

「…ねぇ、この人、ママと若い頃に、なんかあった人なんじゃないの!?」
「母ちゃんが何しろ、波寄る男を千切っては投げ、千切っては投げ、していた時代の知り合いだからなぁ」
「XX(伏字)か、XX(伏字)くらい、やってた人なのか…!?(朝から、あんた、みっともない…と、はわゆママは天国で呟いたに違いないような台詞を、ご想像下さい)」

 はわゆ家は、現在は小金井市に在住ですが、はわゆママは若い頃、東京は中野区に住んでおりました。
 それは、東京大空襲の中をかいくぐり、昭和通りからこっちは焼け残ったとかで、戦前・戦後の写真も結構、たくさん残っているのです。
 はわゆママの友人がいらした折、はわゆママの女学生時代の写真とか、明治に生きたオトミさんの写真とかを見ていたのですが、はわゆママが若い頃の写真を見ると。
「私は、男にもてたのよ。波寄る男を、ちぎっては投げ、ちぎっては…(大体、ここらまで聞くと、子供達は引いてしまうのですが)」
 を、聞き暮らし。
 
 それが、確かにその時代の写真を見ると、(子供の欲目か)そんな風情がなきにしも…???

 T田さん、ありがとうございます。
 天国のママに、お二人の関係を尋ねることは出来ませんが。
 お心遣いは、確かに彼女に伝わったことと、思います。