二年生になった春のある日、髭達磨が「お前らに珍しいもの見せたる」と言って何かの格闘技らしい白黒の写真で図解された実技書を、皆の前で広げて見せた。
写真は、上着が柔道着らしきもので、ショートパンツのようなものとレスリングブーツを履いたあまり見たことのない格好の男が写っている。
「何なんですか、これは」
「サンボ言うて柔道によう似たソ連の格闘技や」
「へぇぇ、確かに上着は柔道着みたいやけど、どんな格闘技なんですか」
「柔道と違って絞め技はないけど、その代わり関節技は柔道より遥かに多彩や。今回は相手の姿勢を崩して後の連絡技を、このサンボの技から応用を効かされへんやろかどうか研究課題にしたろうと思てな」
「中々面白そうですね」
今度もいつものように髭達磨が技を披露しようとする。
今までは三重が下級生なので技の掛けられ役にされていたが、今回は二年生に上がっていたから免れた。
格闘技狂の髭達磨が一年生の一人に技を掛けつつ、熱っぽく技の細かい説明をする。
やれやれいつも思うことやが、どうやってこの類の書物を手に入れるのかと、三重は半分呆れ返って髭達磨を見入った。
しかし、この熱心さとユニークな性格の「親父」を彼は誰よりも好きだった。
三重は写真にあった色んな技の中で、ビクトル投げと言うものに興味を持った。
投げで決めるのではなく、相手の股に入れた足を充分に跳ね上げ自分が回転しながら相手の右足を刈り一回転した後、股関節を決める技である。
ただ、柔道は肘関節以外の関節技は禁じ手になっているので、回転後それからどうやって肘関節に持っていくか問題点として残る。
三重が一年生の中からわざと一番背の高い正木を選び、「おい正木、ちょっと来い」と偉そうに先輩面して呼び寄せた。
正木がヌボーっとした顔付で、「はぁ? ・・・・・・はい」と言いながら寄ってくる。
正木を相手に何度か技を試みたが、思うように肘関節へと連絡技が結び付かない。
頭の中で色々考えを思い巡らし、フッと、ある練習方法を思い付いた。
相手にバスケットボールを抱え込ませ、うつ伏せにさせる。
それを攻撃側が奪い取ると言う方法だ。
要は、腕や足をはがしながら関節技を❝キメル❞練習になると三重が考えた訳である。
それから三重は嫌がる正木を相手に度々この練習法を行った。
好きこそ上達の基なり。
良き師とは、如何に弟子たちにその道へ興味を持たせ考えさせれることの出来る人ではないだろうか。
創意工夫で柔道には色んな技が組み立てられ、奥が深いことに三重は段々好きになり上達していった。
つづく