ハワイ島Makoaの自然がいっぱいロハスな生活

ハワイ島Makoaの自然がいっぱいロハスな生活

ハワイ島のMakoaであなただけの特別なツアー&宿を提供しつつ、ロハスなライフスタイルを追求するMaluokawenaこと昌平が勧める、ハワイの本当の歩き方やハワイの文化、歴史紀行!! 


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    日本語で、赤ん坊のことを、「乳呑み子」とはよく言ったもので、まさに赤ちゃんは「血飲み子」である。

母親の母乳はまさに、母親の血そのもである。

 

そして、私たち人間は、この地球において、みんな平等に「乳飲み子」でもある。大地を削り、家を建て、畑を作り、田を作り、動植物を刈り、この地球そのものの生き血を吸って生きている。

 

この事実の前では、善人も悪人も、もはやなくただひたすらに、乳房を貪る「血飲み子」である。

 

ちなみに、ハワイ語では、赤ん坊のことをKamaという。Kamaには、「繋げる」「縛る」「強い欲望、意思、呑み込むほどの勢いのある願いの神、死を司るカナロアの別名とも言われる。そのため津波の神とも」「生贄」などの意味がある。

 

まさに、赤ん坊とは、次世代を「繋ぐ」存在であり、そして母やこの地球と密に「繋がった」存在である。また、子が無心に母の乳を貪るように、「貪る、全てを飲み込む」存在だ。そして、子はいずれ、この地球を守るための、「生贄」となる。

 

つまり、自分の住む環境を自分の生を持って、守り抜き、この母なる大地の「生贄」となり、貪った、この大地の血を、自分の血であがなうのが、我々人間の務めなのである。

 

けれども、現代において、多くの人は単に貪るだけの、「血飲み子」に成り下がってしまったのか、ただこの地球からその恩恵をうけとるばかりである。

 

だからこそ、私たち自身が、「乳呑み子」であることを「kama」であることを、忘れないためにも、母を大切にしようでないか、父を大切にしようじゃないか。そして、自分の血を贖い、この地球がまだ多くの存在にとってかけがえのない母であることを伝えよう。


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     「ユナイテッド航空UA 33 ロサンジェルス行きにご搭乗のお客様におきましては。。。」いつも飛行場のアナウンスは、こざっぱりとしていながらも、どこかに悲しみがあるように聞こえる。

 

それは十二年前、成田空港に降り立った時からなのか、小さい頃なのからなのか定かではない。

 

十二年前の夏、僕はロサンジェルスのコミュニティーカレッジに入学した。その年の夏は異様に蒸し暑かった記憶があるけれども、まだ30度を越す日が数日あるかないかで、日本は今のように40度近くになるような猛暑は全くと言ってなかった。

 

飛行場には、母が送りに来てくれた。

当時の僕は、かの野口英世が「成功するまで日本の地を踏まぬ」と言ったように、渾身の覚悟を持っていたように思う。

 

今考えれば大げさかもしれないが、妙に神妙な面持ちでセキュリティーのゲイトの前にいたものだった。

 

「行ってらしゃい。頑張ってねしっかり勉強してくるのよ。」通り一遍の母親らしい、セリフだが、全身が不安と期待で膨らむ私にとっては、身震いをするような言葉だった。

 

セキュリティーゲートを通って、エスカレターを下る時には、目が潤んで前の広告の文字がよく見えなかったのを覚えている。

 

当時は、こんなに日本と海外というものが近いという認識がなかったのだろう。

行ったら最後、死ぬまで帰ってこれないのではないか。などと思っていたに違いない。

 

今ではそんな自分が飛行機は電車感覚になっているのだから、時代の流れを感じざるおえないのだが。

 

そんなこんなで、私のアメリカ生活での一歩が踏み出された訳なのである。

ちなみに、今でも成田空港に立つとあの時の感覚がふつふつと体に蘇って、身が引き締まる思いがする。

 

ところでロサンジェルスについて、初めて最も驚いたのは、様々な人種が街にいたことだった。

誠に可愛い話である。

 

確か、空港にホストファミリーが迎えに来てくれて、その日はリトル東京という日系の街でお祭りがあるからみてみようということで、訪れた時に、たくさんの人種の人が街を往来しているのを観て、私は恥ずかしながら衝撃を受けたのだ。

 

ニュースやテレビでは様々な人種の人がいることを知っているけれども、実際に生で様々な人種を目の前にするのは、まったく初めてであったからだ。

 

当時の実家の葉山などは、隣の横須賀がアメリカ軍が駐留していたので、それなりには様々な人種を観て育ったし、小さい頃の友達はイスラエル人だったり、アメリカ人だったりしたのだか、またそれとは違った感覚だった。


それは、初めて、自転車を漕いだ感覚に似ているかもしれない。

 

自転車に乗っているという感覚は、乗れない時には全くわからないが、乗ってしまったら、その漕ぎ出した瞬間の驚きや喜びなど忘れてしまう。そんな感覚だ。

 

そして、その感覚は自転車に乗って心地が良くなるのと同じように、次第に心地の良い感覚になり、今では心地が良いを通り越して、自分の生活の一部の風景になってしまっている。

 

しかし、カリフォルニアの面白いところは、多くの人種がいるのに、そこには見えない隔たりがあることだった。彼らの多様性は、交わらないという一定の法則で成り立っているのだ。まるで、そこには透明なセロファンがあるように、きわどいところで、別れている。

 

ハワイにいると、この辺がぼやけてくる、ハワイにはこのセロファンがない。人と人とが交わり、そこで新しい、人種も生まれ、文化も生まれる。

 

だからこそ、このハワイが大好きだし、ここがかけがえのないところになっている。

 

結局、今日のブログはハワイのことが大好きな自分はどこから生まれたのか、そんなことを考えているうちに、ふとあの成田空港のアナウンスが頭に流れて来て、フラッシュバックしてしまった。

 

そして、あの頃の感覚がまた蘇って、不安とも期待ともつかない思い出全身が包まれている。

 

こんな夜は、早く寝たほうがいいに決まっているのである 笑

 

 

 

 


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さて、フラにおける衣装と題しましたが、フラの場合、「衣装」と呼ぶには相応しくないので、

フラをしている方は、是非とも、ハワイ語でʻaʻahuと呼んでください。

 

なぜなら、「衣装」だと英語で言う、「コスチューム」に近いからなんです。

 

では、「衣装」や「コスチューム」のニュアンスは、言うもがなですが、まさに演劇や舞台での着飾るもの、何かに扮するための衣服なんですね。

 

もう少しわかりやすく言えば、ハロウィンできる、仮装が「衣装」や「コスチューム」と言うニュアンスを含みがちなんです。特に「コスチューム」と言うと、まさに「仮装」になってしまいます。

 

「フラのコスチューム」「フラの衣装」と言う言い回しは、日本でいう「相撲の衣装」「相撲のコスチューム」「巫女さんの衣装」「巫女さんのコスチューム」と言った言い回しになるんです。

 

もし、日本語で言うのであれば、「装束」と言った方があっているかと思います。

 

ちなみにʻaʻahuの意味は、ʻaという意味は、「あ」という音から連想するに、「指し示すもの」「生きているという状態(生命が宿っている、魂が宿っている)」「赤」「溶岩(ペレ)」「血」などなど色々な意味があります。

 

そしてʻahuですが普通なら「纏うもの」「自分を結ぶもの」などの意味があります。

 

つまり、ʻaʻahuとはまさに、「魂が宿った自分と(神)を結ぶ(まとう)もの」なわけです。

 

フラは古来、舞台に上がり、「役を演じる」ものではなく、自然の中で「神になる」ものでした。

だから、まさに、フラにおけるʻaʻahuは「衣装」でも「コスチューム」でもないんです。

 

ちなみに、ハワイでは、自分の道具全てに名前をつける風習があります。

 

全てのものに魂が宿るので当然、名前をつけて、さらにそれをしまうものまで特別に用意します。

 

当然、フラで使うものも同じです。本来なら、たとえ、練習用のパウであっても、名前をつけ、さらにお家を用意するんです。

 

フラをやっている人もそうでない人も、もう一度、自分の身の回りのものを見て見てください。

名前をつけられないほど、ものにあふれていませんか?心を込めて愛せるものだけ身の回りにおいていますか?

 

かくいう僕も、引越しの最中でものすごい反省しまくりですが。やっぱり、大切ものが少しあればいいんです。

名前がつけられて覚えられる程度が丁度良いんだと思いました。

 

ちなみに、ハロウィーンが近づいてきているので、今日のテーマを踏まえた上で、是非皆さんに、絶対にやってはいけない、仮装を紹介します。

 

まがり間違えても 絶対に絶対に、ネイティアメリカンの格好や

 

 

フラのこんな格好をしないでください。

 

つまり、民族の装束や伝統文化に基づいた衣服は「コスチューム」ではないと言った見解なのです。

これをしていると、その現地の人たちは侮辱されていると思うわけです。なので、ネイティブアメリカンやハワイアンの格好だけでなく、世界中いろんな民族やその装束がありますが、それをハロウィンでするのは是非控えていただきたいと思うのです。みんなの衣服には深い意味があるんです、なぜ鳥の羽を使うのか、なぜこの色なのか、なぜこのようなスタイルなのか、全てに意味があるんです。それは「仮装」ではなく、「神(自然)と自分を結ぶ」大切な役割があるんです。

 

ちなみに、アメリカでは毎年、問題になります。

 

どうか、これを読んでいただいた、皆さんに良識があることを、ハワイから愛を込めて。

 

 


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最近、ニュースで賑わっている安田さん。無事に日本の地を踏むことができて本当に良かったですね。

 

で、日本では、いつものように、安田さんは「非常識だ」「自業自得」「税金の無駄遣い」などなど、心無い批判と、

「無事に助かって良かった」などなどの擁護でニュースが騒いでいるわけです。

 

本当に不思議な国です。まあある意味平和ボケなんでしょうが。

でも、心無い批判をしている人たちにも、擁護している人たちも、もし自分が捕まったら、または自分の大切な人が失踪したり、テロ組織に捕まったらどうするかっていう想像をするいい機会だと思うんですよね。

 

ところで、本題です。安田純平さん命は助かったけども、日本では批判の嵐、周りのご親戚も心無い報道に振り回されているでしょう。これじゃあ素直に喜んで良いものなのか周りも精神的に追い詰められてしまいますよね。まさに、安田さんは罪人扱いです。

 

だけど、この風潮って、日本は江戸時代の「鎖国」の時代からあまり変わっていないと思うんです。

 

外国人に日本人が捕まり拉致された事件として、有名なのは江戸時代 文化八年(1811)に起こった、ゴローニン事件です。

 

当時、日本とロシアはとてもピリピリしていた関係にありました。

これは、文化三年と文化四年にロシア帝国から日本に派遣された、外交使節だったニコライ レザノフが部下に命じて日本側の北方の拠点を攻撃させたためなのですが。

 

そして、その数年後、軍艦ディアナ号で千島列島の測量を行っていたヴァーシリーゴローニンが国後島の泊りに入港、厳戒態勢にあった国後陣屋の役人に捕えられ、松前で幽囚の身となってしまいます。

 

これに対して、ディアナ号副艦長のピョートルリコルドは、ゴローニンを返却するように松前奉行に迫るのですが、死んだと伝えますが。リコルドは諦めず、さらなる情報を求め、日本船を拿捕します。ここに高田屋嘉兵衛が乗っており、嘉兵衛はロシアに拉致されることになります。

 

で色々紆余曲折を経て、ちょうど安田さんと同じように、三年後の文化十年の1813に高田屋嘉兵衛が解放されます。

 

高田屋嘉兵衛は自らが交渉人となり、幕府とロシアの間を持ち、ゴローニンを無事にロシアに送り返し、ロシアとの紛争も解決に導くようにしたのですが、帰国後、外国帰りのため、罪人扱いされてしまいます。

 

その後、無罪とはなり、幕府からロシアとの交渉に死力した褒美で金5両を承りますが、本店のある兵庫に戻ったところで、大阪町奉行所から宗門改めや取り調べを受けます。

 

嘉兵衛は59歳で亡くなるのですが、その後、嘉兵衛の高田屋は根も葉もない些細なことから、幕府からロシアとの密輸貿易の疑いをかけられ、潰れてしまうのです。

まあ当時と現代は国是が異なるけども、今は、幕府がしたように法律で、渡航禁止になったりしていないし、法律で海外から帰ってきた人を罪人扱いしないですけども、それでも、そんな法律があろうがなかろうが、安田さんの批判は当時の批判と変わりません。

 

安田さんが勧告を無視して、何回も危険な地域に入ったからとか色々な背景があると思います。

 

だけど、人一人の命って大切にしたいですよね。

 

ちなみに、安田さんだけでなく、国家も非難されます。

国が一生懸命助けても、その交渉に関わった人たちは税金の無駄遣いだと罵られます。以前、小泉政権の時にも拉致事件があり、お金を大量に使ったといして批判されます。

 

こんなに日本って民度が低い国でしたっけ?こんなに悲しいことってありますかね?

第二次世界大戦を経て、一つ人間が学んだことって、人の命の重さじゃないんですかね?

尊い命はお金なんかに変えられないってみんなが、そう思った。

 

もちろん、それでも戦争も、犯罪も、テロもまだあります。だけど、あの時代に比べたら、桁違いに個人の命の重みがましたのが現代の良いところでもあります。

 

日本ってこんなに、民度が低い、心に余裕がない国でしょうか。まあ、江戸時代からあまり変わっていないので、だいぶ長い間、民度は低かったのかもしれません。江戸時代でも、庶民は生かさず殺さずと言われていましたから。

 

でも、僕たち国民はもっとスマートにならなきゃいけないということです。

 

だって、民度の低い国民を助けたいと政治家たちは思いますかね?

 

そりゃ、思わないですよね。これじゃあ、裏で好き勝手なことして、搾り取るだけ搾り取ってぽいされてもしょうがないんですよ。だから、もし日本をよくしたかったら、まず一日の自分の言動から、変えていくのが実は遠回りなようで近道だと思うんです。

 

心に余裕を持って、一回、いろんなことみんなでセーノで批判するのやめませんかね。

 

で、なんでも笑って受け入れてみたら世の中少し明るくなるんじゃないでしょうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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今日は珍しく日本の避妊や中絶のとある記事を読んで思ったことをシェアしたいと思います

その記事は下のリンクですが、もし興味がある方は読んでみてください。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20181018-00010006-huffpost-soci&p=1

 

まず、避妊や中絶に関して、たくさんの意見があります。

僕はそれらの意見を否定するつもりもなければ、泣く泣く中絶してしまったり辛い思いをした人を批判するつもりは毛頭ないことを皆さんに理解していだけたら幸いです。


むしろ、そんなこともあるし、それも含めて世の中だよねと思います。

 

最近、よく耳にする「望まない妊娠」と言う言葉。僕は、どうしてもこの言葉が好きになれないと言うか、どこかこの言葉に引っかかるものを感じてしまうのです。

 

でも、何が自分の中に引っかかるのか知りたくて、まずは、「望まない妊娠」と言うような言葉や表現、はてまたそんな社会現象が昔の人たちにあったのか「望まない妊娠」の歴史をみようと思い、色々調べました。

 

この手の性に関するタブー的な歴史は概して、資料が少ないので手こずりましたが、調べると中々興味深いことが沢山あります。

 

まず、日本において 避妊や中絶を調べると 江戸時代の、吉原や祇園などの遊郭の女性たちの話が出てくることが多いことが一つでした。

まあ、当然のごとく、遊女が妊娠してしまえば、男の人の客を取れないため、妊娠はあまり望まれないものだったことがわかります。けれども、それは特殊な職業からくるもので、「職業柄の中絶」であり、「望まない妊娠」と言う概念が一般の庶民にあったのかと言うとそのような概念は江戸時代にはあまりないようです。

 

そもそも、日本は至極最近まで、「夜這い」の風習が残ってた国ですから、男性が夜這いを仕掛けて、女性が妊り、そして誰の子供かは女性が決めると言う習慣があったぐらいです。特に九州や沖縄などの南の地方には戦後であってもその風習があったそうです。

 

しかしながら、日本の歴史上「望まれない妊娠」と言う概念は社会に定着していないものの、平安時代ぐらいの文献から、日本では子供を「間引く」ということは頻繁にあった事実ではありました。

 

環境的に、育てることができず、特に女子は口減らしのために、間引かれることが多かったのです。

 

ただ、中絶の技術がなかったと言う事実から言うと、もし中絶が確実にできていれば、「望まない妊娠」と言う概念があったのかもしれません。

 

まあ中絶の技術云々は横に置いておきます。

色々な文献など日本の歴史を紐解くと、産んでから2ー3歳になるまで育てているのですが、飢饉でどうしようもなくというニュアンスが濃厚です。当然、親ですからそれは泣く泣く「間引く」わけです。なので、各地で必ずと言っていいほど、水子供養の観音さまなどがいるわけです。

 

ちなみに「水子」と言う表現は、昔、「間引く」ことを「水に流す」「川に流す」「河童になる」と言うような比喩を使ったからだそうです。

 

余談ですが、江戸時代、沖縄の遊郭では妊娠はめでたいこととしいて捉え、その桶屋全体で子育てしたそうです。

 

ちなみに、ハワイにおいても沖縄と似たものがあり、妊娠はめでたいことであり、経済的事情が何であれ、父親が誰であれ、村で育てるという概念があります。

 

そう言ったことで、ハワイにおいては避妊、中絶の類は古代より、あまりなかったのですが、lāʻieikawai という神話の最初に謀略無人な首長(lāʻieikawaiの実の父)が、「第一子は男の子以外は殺す。」などということが神話の最初の方に出てきています。

 

おそらく、ハワイにおいては、とりあえずは 「産む」。そしてそれから、殺される(ハワイの場合理由は、もう少し魔術的だった可能性がありますが)ことはあったようですが、日本ほど避妊や中絶の話しは、あまり残っていませんでした。

 

そんなように、「望まない妊娠」の歴史を紐解いていくと、

やっぱり歴史的には「望まない妊娠」の概念はあまりないのではと思うのです。

と言うよりも、今よりも昔は妊娠の捉え方がもう少し、神聖であったと言うか、今のように短略的に考えられていなかったと思うのです。

 

現代において、性教育がどうのと言う議論は世界中で行われています。その一環で、僕も保健体育で習いましたが、精子が女性の膣に放出さえれて、卵子とくっついて 云々と。で避妊はこうだとか、避妊薬にはこんな風に使うとか。

 

要は性がマニュアル化されてるんです。だけど、愛とか性行為ってマニュアル化できますかね? どれが正しい性行為。どれが間違った性行為なんて人の数ほどあるんです。それはもちろん良くも悪くもです。

 

当然、そんなこと言うと、未成年のレイプ問題はどうだろか、いろんな反論があると思います。

僕も正直、そう言われたら、それは間違った性行為だと言ってしまいそうな自分がいます。

だけども、どちらか一方にとっては、それが何であれ、それが真実なんです。性行為にはそう言った形があると言うのも事実で、

ネガティブな感情やポジティブな感情をつけているのはあくまで、僕たち自身人間なんです。

 

例えば、人間以外の動物の性行為はどうなのかと言うと、愛があるのかないのかいまいちわからないことが沢山あります。

アヒルなどは典型的ですが、彼らの性行為は見た目も叫び声も完全にレイプです。雄なんかは、雌をそれで殺してしまうこともあるんです。実際うちのかつていたオスのアヒル(結局彼も犬に食べられて死んだけども)は四匹のメスのアヒルを血だらけにして殺しました。レイプならまだしも、強姦殺鳥です。。。。

でも、彼らは遺伝子を残すために精一杯だろうし、それがアヒルたちの愛だ主張されればそうかとも思います。

 

あとはイルカも非常に面白いです。その日その日でパートナーが違い、もう乱交状態です。人間からしたら、もう「望まない妊娠」どころの騒ぎではありません。誰の子かもどうでもいいんです。今ここ主義真っ盛りなのがイルカなんです。

そう考えると人間のマインドの意思に限って、「望まない妊娠」があるのではと思います。

 

だけど 原始的な欲求、そして、DNA的、細胞的、ミトコンドリア的には、そして宇宙的も、魂的にも何かしらの形で、Goサインを出しているから、妊娠って起こるとおもうのです。

 

例え肉体やマインドがどう思ってようと、事実そこには何万分の一の確率で、妊娠があるのです。精子にも卵子にも意思があるんです。もし、精子や卵子に言葉を喋ることができたら僕たちはどう思うのでしょうか。きっといろんな意味で世の中が変わると思います。

 

今僕たちの社会は子供を産まなくても誰か他の人が産んで、人間という種族が絶える気分は誰も持ち合わせてないかもしれません。

 

だけれども、もし、あなたが、絶滅に近い種族や民族の中に産まれて、そして妊娠をしたらば、それでも自分のやりたいことがあるから、まだ夢があるから、まだレディーじゃないから、と言って中絶するでしょうか?もしかしたらしないかもしれません。

 

あともう一つは、妊娠というのは、精子や卵子がくっついてそれだけでできるものではないんです。肉体が何を行なったかはおいておいても、意識上(無意識または魂の記憶上忘れていること)の約束の上で妊娠が成立し、そして、そこに魂が降りてくるわけです。

 

魂はどの肉体に移るかも、いろいろ選んで、自分が経験したいと思うベストな「卵」を選んできます。

当然、中絶を選んだり、流される流されることもわかっていて、たった数ヶ月だけの命だとわかっていても、そこで何かしらの経験をしたいがために、選ぼうとします。

 

肉体的にも魂的にも奇跡なのがまさに、妊娠なんです。だから、「望まない妊娠」と思っている人がいたら、一旦思って欲しいんです、すごい奇跡を自分の体に宿していることを。そしてその奇跡を信じて欲しいんです。確かに、生活もきついかもしれない、

夢もあるかもしれない、いろんなことを諦めなきゃいけないかもしれない、だけど、その奇跡を信じて突き進んだら、全部諦めるどころかハッピーが待っているかもしれないんです。

 

というか、小さな地球ができているんですよお腹にその未来を信じてみたくないですか?そんな奇跡を起こした自分を信じてみたくないですか? 

 

少しでしゃばりすぎましたかが、僕はどんな状況でも信じたいと思う人なんだなと。だから「望まない妊娠」という言葉に引っかかりを覚えるんだなと思いました。

 

だってもし、地球がこの宇宙に宿った時、宇宙が中絶ピルを飲んで、地球という奇跡の「卵」を流したら。


今の僕たちはいないから。悪いことも良いことも含め、陰陽それが地球であり、お母さんである宇宙なんです。

 

「望まない」という言葉は自分という宇宙を否定しちゃうんです、それは、この地球、この宇宙を否定することと同じなんです。

 

だから少し優しく、「びっくりビックバン妊娠」とかネーミングを考えて欲しいなと思いました。

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ハワイが大好きだったり、フラをやっていたりしたりしたら、

 

「少しでもハワイ語を理解したいな。」と思うと思います。

 

そんな風に思っていたら是非、初めて見てください。

 

ハワイ語は、日本人にはとっても馴染みがある音だからです。

 

なぜなら、最初の発声練習は「あ、え、い、お、う。」から始まるのですから。

 

ちなみに、ハワイ語のことをハワイ語ではʻōlelo hawai'iと言います。

 

'ōは「そこから超えていく、英語でいうbeyond」の意味があります。

 

そしてLeloは「舌」という意味です。つまり、ʻōleloとは「舌から超えていくもの。」=「言葉」という意味になるわけです。

 

ところで、ハワイ語をすでにやっている、習っているけど、もっと深めたいと思っている人は、

 

ぜひ日本語を極めてください。特に、古代神代文字と呼ばれる、原始的な日本語に注目してください。

 

古代日本では「あ」にはどんな意味があるか。「い」にはどんな意味があるか。などなど、音自体に意味がありそこから、

 

派生して言葉が生まれています。ハワイ語も全く同じです。というか、世界の言語は全て音から始まっています。

 

そもそも、人類が始まった当初、書き言葉なんってものはなかったのですから。

 

言葉には、その環境や歴史、文化が詰まっています。

 

なので、その言葉の生まれた環境(特に自然環境)や歴史、文化背景を知ることなく言語を学ぶことは不可能です。

 

なぜなら、環境や歴史、文化があって初めて、言葉か生まれたからなんです。

 

ちなみに、少しでもハワイ語に触れたい、文化を学んで見たいと思っている人は、僕にいってください。

 

広島、岡山、大阪、秩父などで、ハワイの文化やハワイ語に触れる、講習を月3回ぐらいスカイプで行なっているので、

 

興味がある方は連絡(メールやメッセージなど)をいただければ、いつでもその講習に参加できます。ちなみに、大阪では英語の講習もやっております。

 

僕の言葉の教え方は、他の人が教えるやり方と少し違うかもしれません、

 

その歴史や文化、自然環境なども学びつつ、言葉を学ぶ方式です。

 

 

 

 

 


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一昨日、友人から連絡を受け!!
蜜蜂ちゃんの捕獲に行ってきました。

ワイメアのジャカランダインという高級宿泊施設の物置に蜜蜂たちは巣を作ってました
で、最初報告を受けた時はほんのちょっとだよって言ってたのに



写真ではわかりにくいですが、出てくる出てくる。奥まで6段ぐらいの巣を作っていて、とる過程で、身体中、ハチミツだらけ。

これで体が黄色かったら確実にプーさんです。

でも、こんなに大きな巣を作っているのに壊すのはちょっと心ぐるしい。

蜜蜂たちごめんよ。新しいおうちに引っ越そう!!

新しい場所が気に入ってくれるかどうかはお楽しみ。

ちなみに現在のところ蜂たちは新しい場所をきいにいったよう。一安心です。


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どんな社会にも本音と建前ってあると思うんです。

だけど、本音ずっといたら、ずっと楽じゃないかなって思いませんかね?

 

僕は良くも悪くも常に「本音」でいたいなと思うんです。

自分の心にも相手にも。

 

ちなみに、ハワイ語で「本音」という言葉は、Manaʻoと言います。

Manaʻoとは「考え」や「意見」と意味もありますが、どちらかというと、「自分の心から、丹田から思うこと。」

つまり、「本音」という意味が適しています。

 

Manaとは、「見えざる神聖な力やエネルギー」を指しています。そしてʻOは、「お」という音から、「魂」「続ける」「強調」などなどいろんな意味がありますが、Manaʻoとは「魂から伝わる自分の神聖なエネルギーそのもの。」という意味なんです。

 

要はハワイにおいて、自分の考えや意見に、ただの無機質なものはないという前提なのです。

自分が喋る内容や語ることは、必ず魂が宿る。

 

だから、こそ丹田でじっくり思い、考えて出され、気持ちが詰まった言葉しかその人の「考え」や「意見」でしかありえないということです。

 

そこららもわかるように、当然ハワイでは「本音と建前」と言ったすこし、ネガティブな意味に当たる、「建前」という表現がありません。無理やり、文章で説明することはできますが、「建前」という直訳の言葉がないんです。

 

100歩譲って、「態度」という言葉を当ててKūlanaという言葉が当たるぐらいです。

 

なぜなら I ka ʻōlelo nō ke ola, I ka ʻōlelo nō ka make

 

「言葉に生ありき、そして言葉にまた死ありき」要は、言葉には全て魂が宿るから、そもそも建前なんか存在しないんだよ。と

 

日本では、相手を慮るというところから、自分の感情を表にしないことが多いです。

もちろん、ハワイでもそんな風習もあります。年寄りの前では、どんなに疲れていても、疲れたなんかいうなとか 笑

 

だけど、疲れてたりしたら言わなくても相手に伝わるんですよね。

だから、こちらでは年寄りたちから、「疲れてるでしょ休んで。」と言ってくれる。

こちらの立場と本音を逆に慮って、本音を教えてくれる。そうしたら、不思議に元気になるんですよね。

 

誰しも、自分の本音を言えたら、スッキリするし、気持ちがいいものです。

 

よく、営業畑が長い人や、サービス業が長い人は、どんな時も、ほぼ無意識に返答が、不自然に明るい「ありがとうございます。」「〜そうですね。」「わーすごい。」「へえ〜〜なんですね。」などなど。

 

でも、わかるんですよ、なんか心がこもってないなあって。

で無意識に心や頭で「この人信用できないかも。」なんでおもってしまうんです。

 

それだったらば気を使って話したり、相槌を打つより、「本音」で何か言って見たり、

時には黙ってもいいと思うんです。そちらの方が、よほどちゃんとこの人、心で会話していると思って安心できます。

 

自分もサービス業なんで自分の自戒も含めてなんですが、

お腹の底から思える事を言葉で表現していきたいと思う日々です。

逆に、心から感謝できる事柄やそうでない時、自分が自分に嘘を付いて、軽はずみな言葉を使っていないかも要チェックしながら

いきていきたいと思った今日の朝でした。

 

 

 


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皆さんは、ポリネシアのカヌーの形をご存知ですか?

カヌーというと、ただ漕いで行く、カヤックのようなものを思い浮かべる方も多いでしょう。

 

でも実際は、ヨットのように帆がついており、スピードも出ますし、長距離を航海可能な構造を持っています。

ちなみに、ハワイアンの祖先の人々は、紀元前500年前後に世界中をこの写真のようなカヌーで旅することに成功しています。

 

つまり、人類の大航海時代は、西洋人のいう1500年前後のことではなく、紀元前500年ごろだということなんです。

 

ところで、この写真のカヌーはMauloaというWaʻa(カヌー)です。

 Mauloaは1992-1993年に、ハワイ島のHōnaunauという神殿跡が残る場所で作られました。

 

ちなみに、後にも先にも、このMauloaが唯一、

伝統的な石で出来た道具koi(手斧)などを使い、さらに伝統的な方法でコアの木を削って出来たカヌーなんです。

 

Hōkūleʻaのナビゲーターであった、故 Mauおじさんが中心となり、このMauloaが完成しました。

(若き日のMau)

 

ちなみに、このMauloaができるまでは、ハワイ島の人たちは、わざわざ飛行機でオアフ島に行き、Hōkūleʻaで学んだそうです。

 

ところで、このMauloaができる際に沢山の不思議な、現象があったそうです。

 

そんな話を当時,Mauloaプロジェクトに関わっていたおじさんから、聴く機会があり、それを今日はシェアしたいと思います。

 

 

Mauloaを作るためのコアの木を切り倒す時、Kahunaの人が木を選ぶわけですが、

その巨大なコアの木が倒れる時、普通ならば、ドーンと倒れるのですが、

そのコアの木は自分の命を、みんなに捧げるようにして、ゆっくりと倒れ木の幹のどこを傷つける訳でもなく、

完璧な状態で倒れたそうです。

 

それから、こんな不思議な話もありました。

Mauloaのカヌーを作るにあたり、マウナケア山に登り、みんなでセレモニーをしたそうです。

朝の3時にみんな山に集まり、Hoʻokupu(捧げもの)を持ちセレモニーが始まりました。

普段、セレモニーではKahuna(シャーマン、神官)の人が、捧げものをどこに置くか誰にあげるかを支持します。

そして、ある捧げものを「東に捧げよ。」と言われたのです。けれどみんなは戸惑ったそうです。「東に捧げよ。」と言われても、東に自分たちが行くのか、それが何を示しているのかわからなかったそうです。なのでとりあえず、東の方に向かって、Hoʻokupuを掲げていると、朝日が登り始めました、そしてその朝日と同時に地面から、すっと二本の手が伸びで、そのHoʻokupuは受け取られ、そのままHoʻokupuが亡くなったそうです。それをみんな見て、これは絶対に祖先や神様たちが支えてくれていると、思ったそうです。

 

他には、Mauloaを削る、ためのKoi(手斧)の石が見つからないなあとみんなで悩んでいた時、たまたま、おじさんのうちの一人の友達、Ikaikaおじさんという(森のことなら任せろおじさん)人が現れて、何を悩んでいるか聞いたIkaikaおじさんは森を案内する、きっとその石は森にあるということで、マウナケアの山の森に入っていって、森の声を聞き、それにしたがってみんなはついて行ったそうです。どこの道を歩いたかも覚えていないそうなのですが、そのIkaikaおじさんは、はっきりと、どこを曲がるかなどの指示をして行ったそうです。そして、最後森を抜けた崖の淵でそのKoiにぴったりの石がそびえ立っていたそうです。まさに森が教えてくれたんだという奇跡だったそうです。

 

まだまだ、不思議な話がたくさんあってここには書ききれないのですが、大先輩であるおじさんたちはみんな口を揃えて、

僕たちにこんなメッセージをくれました

 

「自分が正しいと思うこと、楽しいと思うこと。それを自信を持ってどうかやってほしい。僕たちはこの目で祖先や神様たちがサポートしてくれることをみた。そして、僕たちが死んでも必ず君たちをサポートする。だから、どうか後ろを振り向かず、前を向いて、自分のしていることをしっかりと成し遂げでほしい。僕たちの航海の半分以上はまだ、白紙なんだ。その白紙は、ここにいるみんなが埋めるんだ。だから、その航海をずっと続けてほしい。そして、そこには祖先や神様たちが必ずサポートしてくれるんだ。」

 

 

 

 

 


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今日は、Waʻa(カヌー)のことから、「大和」の意味について発見があったのでそれをシェアしたいと思います。

先日、ハワイ島ではMauloaというカヌーができて、25周年記念の式典でフラを踊らせてもらいました。

Mauloaの歴史や、その中で起きた不思議なことについては後日ブログで紹介したいと思うので今日は早速本題へ。

 

踊ったフラは、Oli(お祈り)を歌いながらHeʻe(あやとり)をするものだったのでした。

そのオリの一番最初のラインは

E Alakai ia makou i ka lau pono です。

 

ちなみに、全部で10節ぐらいのOliなのですが ほとんどの歌詞が E----ia makou-----と言うように、ia makouがたくさん出てきます。

 

で、お祈りの中でia makou部分は「ヤマト」と発音します。ハワイにおいては、K発音はT発音に変わりますが、特にお祈りでは

K発音はT発音になります。なので「Makou」は「Matou」になるんです。

 

耳に入る音は、日本人に馴染みの深い「ヤマト」になります。ここで、面白いのがia Makouという意味はハワイ語では「わたしたちに。」なんです。

 

で日本は古代、「大和」と呼ばれていた時期がありますが、「ヤマト」ってただ単に「わたしたち」という意味じゃないの?

と思ったのです。

 

つまり、「大和」=「大いなる和」ですよね。で、考古学と言語学見地から日本人は大昔、自分たちを「わ」と呼んでいたのです。その証拠は中国の古典で日本人を「倭人」「ワジン」と呼んでいることろからでもわかりますし、未だに僕たちは、自分を刺すときに「われわれ」とか「わたし」というように「わ」という言葉を使います。

 

「大いなる和」ということは、たくさん「わ」がいるということです。多くの人が集まれば、「われわれ」になるわけです。そしてその「われわれ」が生み出すのが「大きな和」なんです。

 

僕の頭の発想を言葉的数式で表すとこんな感じです

マコウ=マトウ=大和=大いなる和=われわれ=ひとがたくさん集まっている様=人が集まれば大きいな和が生まれる=大和それは、まさにMakou=われわれなんだと。

 

ハワイ語と日本語の面白い、共通概念というか、言葉遊びかもしれません、単なる僕の空想かもしれません。

だけれども、「わ」が沢山集まって、「わたしたち」になったら、大きな調和が生まれるから、「大きな和」「大和」と自分達で昔の人たちは、希望と愛を持って、自分達「わたしたち」「Makou」を信じて、そう名づけたのだと思うんです。

 

だから、どんな人がいても、沢山集まれば「大和」が生まれるんだと信じて、たくさんの人とこれからも出会っていきたいなと思いました。出会って、「わたしたち」と呼べるように、共に何かを目指して、進んでいけたらと思う今日の夜でした。

 

 

 

 

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