こんにちは。アマデウスの《とわへの愛》へようこそ。

 

 

人は不思議なものです。

 

昨日が今日と同じという確証などどこにもないのに、

 

多くの場合、「今日の私」は「昨日の私」と「同じ人」と思って生きています。

 

変化のないことが、安心だと感じるからです。

 

古の占いでは、「変化」は「凶」と捉えられていました。

 

慣れていない、普段と違う出来事が起こること。

 

これを、「凶」と捉えていた訳です。

 

しかしながら、現代の生活は変化に満ちています。

 

時代と共に、様々なシステムが変化し、生き方も変わってきています。

 

変化に対応し、その日の安心な寝床を確保しなければなりません。

 

 

私が過去に所属した職場は、どこも人の出入りが激しい場所でした。

 

人の出入りが激しいと、人を深く知ることが難しいです。

 

慣れてきたと思うと、移動や退職で入れ替わってしまいます。

 

安心な人間関係を築くということが、難しかった記憶です。

 

 

人は誰でも多面的です。

 

時間をかけて、深く知っていくのです。

 

誰しも「いい人」でありたい、願望があります。

 

そのために偽ってしまうことも、あるでしょう。

 

偽りは、ひずみを生じます。

 

どこにも完全無欠の、ヒーローのような人なんていません。

 

現実は、人間くさいから、愛が生じるのです。

 

現実を認めると、楽に生きることができます。

 

だから、偽る必要なんてないのです。

 

 

あなたはあなたを、どれくらい深く知っていますか?

 

誰かが、それ以上に深くあなたのことを理解していると感じたなら、

 

それは一生ものの出会いです。大事にしましょう。

 

あなたはその人のことを、どれくらい知っていますか?

 

あなた自身に自信を持ちましょう。

 

思っているほど知らないと感じたなら、知る努力をしましょう。

 

人を知ることは、根掘り葉掘り聞くことではありません。

 

その人のことを、よく見ることです。言うことを、よく聴くことです。

 

その人の感情を受け止め、あるがままを認めてあげることです。

 

否定は断絶へと至ります。何も生み出しません。

 

 

過去はあなたを追ってきません。断罪することもありません。

 

もしそう感じるなら、それは過去ではなく、あなた自身ということです。

 

自分を責めるのは、やめましょう。

 

 

人の中に、自分を見ることがあります。

 

多くは、過去の自分です。

 

この場合、嫌悪を伴うことがあり、やっかいです。

 

過去の自分を許せていません。愛せていないのです。

 

自分に嘘をつくと、嘘で塗り固めることになります。

 

本当は、自分に嘘はつけないからです。

 

心の奥底からうずく本音に、蓋をすることはできないのです。

 

 

輪廻転生は、信憑性があります。

 

人の心が成長し、成熟するには、非常に時間がかかるものです。

 

人の一生は一度きりですが、魂の核のようなものが残るのでしょう。

 

潜在意識の中に浸透して、集合無意識となっていくのでしょう。

 

心はシンプルで、若くてもいいのです。

 

それは恥じることではありません。

 

円熟していることが、必要な訳ではありません。

 

それによって偉ぶることではありません。

 

ただ、学ぶことが大事なのです。

 

成長したなら、その経験を誰かの成長のために分け与えるのです。

 

 

ただ、輪廻転生という思想にも、やっかいな面があります。

 

過去に遡って、犯人探しをすることです。

 

愛というものを説いて、愛に枷をはめた犯人を、探してしまうことです。

 

 

愛というものを定義しようとすると、人は愛に迷います。

 

自分に自信が持てなくなります。

 

愛は自由です。愛のカタチに決まりなどありません。

 

愛はいつも、心の泉から湧き上がってきます。

 

それをどう表現するかは、あなたに任されているのです。

 

 

かくいう私も、まだ半人前です。

 

愛について語るには、まだまだ経験が足りないと感じています。

 

一生をかけて、完成できるかどうかの瀬戸際です。

 

 

「私」は、何者でもありません。

 

「私」は、「あなた自身」でもあります。

 

肉体を脱ぎ捨てた魂の行き着く先は、その世界です。

 

新たな肉体をまとって、この世界に戻ってくるとき、

 

「私」はあなた自身ではありません。

 

「私」と「あなた」は別人になります。

 

それはあなたと私が、それぞれに自分を成長させるためです。

 

 

私は誰も救いません。

 

ただ、あなたが自分を成長させるための、お手伝いならできるかもしれません。

 

今後もこのブログで、あなたのために言葉を紡ぎます。

 

 

お読み頂き、ありがとうございました。