こんにちは。アマデウスです。
今回は、前回(”お互いを知る【パートナーシップ】”)の
"自利"と"利他"について、一周巡る話を書きたいと思います。
一周巡る、一回りもすれば、人は忘れる、と
お思いでしょうか?
いえ、そんなことはありません。
人は心を成長させて生きています。
人は生まれたばかりには、右も左もわかりません。
愛の何たるかなんて、途方もないことは、わからないのです。
ただ、ささやかに
「誰かのために 生きたい」
という 思いだけを抱えて 産まれてきます。
あなたはその「誰か」に、優しさを振り撒きますが、
「誰か」は、あなたを愛してくれません。
あなたが何も、知らなさ過ぎたのです。
失礼なこともしますし、失敗ばかりします。
「誰か」は、あなたから 離れて行ってしまいます。
あなたは 悲しみ、苦しみます。
愛は遠く、声は届きません。
何故だろう?
わたしの何が いけなかったのか?
あなたの目には、涙が溢れます。
あなたは苦しみ、さまよいます。
さまよい歩く中で、様々な人に出会うのです。
沢山の人達が、あなたにカケラのようなものを渡してくれます。
そのひとつひとつは、あなたの一部になってくれます。
大事な大事なあなたの人生の一片でもあります。
あなたはカケラを大事に、ひとつひとつを大事に持ちます。
そしてあなたは、砂のように流れる時間の中から、
大事なものを 掴み取ります。
あなたの「意思」と呼べるものです。
あなたはもう一度、立ち上がります。
あなたは人々の中で切磋琢磨し、
自分の居場所を確立しました。
その頃のあなたは、
誰でもなく、誰のためにも
優しく振る舞うことができるのです。
人は生まれた時から"自利"を持っている訳ではないのでしょう。
生まれてはじめは他者を認識することで、自分というものができていきますから
"利他"を優先している訳ではなく、まず"自利"の概念がないのかも知れません。
生まれた環境や、生来の特徴などから
成長する環境で"自利"の意識を育てられなかった場合
"自利"によって分かたれる"利他"というものがうまく分離できず
"自分"というものが"他者"と分離しずらくなってしまうのかもしれません。
そのために"利他"に全てを注ぎ込んでしまうことで、
自分を損ねてしまうことがあるのかもしれません。
"利他"だけではうまくいかない経験をすることで"自利"に戻ってきて
そこからまた"利他"を生み出すことで、ベースとなる自分がある状態で
他者にもよりよいことを起こしていけるのでしょう。
人は優しさが何か、親切が何かを知っています。
けれども、人生経験が少ないうちは 頭でっかちで
「こういう時は、こうするもの」とか「人とはこういうもの」など
先入観や、固定観念などの思い込みのため
余計なお節介や、余計なお世話を焼いて
人に疎まれる こともあるでしょう。
人生経験を積み、心を学び、人を知ることで
優しさが本当の力を与えられます。
愛する心が、愛のある行いに繋がります。
ココナラで相談受けています。
あなたの力になれたら幸いです。
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