こんにちは。アマデウスです。

 

 

今回は、疑うことについて書きたいと思います。

 

 

 

 

疑うことは、普段の生活では必要ありません。

 

疑わしい人に出会うことは、ほとんどないからです。

 

疑わしい人に出会うのは、それ相応に疑わしい経路や場面です。

 

「何だろう、この人?…怪しいな」

 

と感じたら、避けるのが正解です。

 

 

理系の方の方が、疑うことがおありかもしれません。

 

論理的思考に合っているかどうか、無意識に判断しがちです。

 

人は人ですから、記憶違いだったり、勘違いすることはままあります。

 

「俺は記憶に自信がある!」「私が間違えることなんてないわ!」

 

そう思う人程、人の記憶違いを責めてしまいがちです。

 

記憶違い、勘違いをしてしまったら、謝ればよいのです。

 

どちらの記憶が正しいか、などという議論に持ち込んではいけません。

 

必ずお互いが 傷つきます。

 

人が機械のように、正しい記憶ばかりあると決めつけてしまうのは

 

人をモノのように扱う思考に繋がります。

 

それはとても悲しいことです。

 

 

疑うことが 必要な場合もあります。

 

社会には様々な人間がいますから、中にはよからぬことを企む者もいます。

 

悲しいですが、それは認めなければなりません。

 

悲しい、不快な思いをしないためにも、

 

魔が差すようなことは、誰にでも可能性はありますから、

 

もしも怪しげなことに巻き込まれそうな人を見かけたら

 

「おい、大丈夫か」と、声をかけてあげましょう。

 

 

ポジティヴを保つことが、よいとする考えがあります。

 

この思考には、注意が必要です。

 

「ポジティヴを選択する」ことで、身の回りの出来事の

 

ポジティヴな割合が増えていくということです。

 

ポジティヴな割合が増えれば、自然とよりポジティヴでいられます。

 

しかし、はじめはネガティヴなことも当然あります。

 

ですから、ポジティヴが身の回りに溢れるようになる前は

 

必ずしも、信じられるいい人ばかりが身の回りにいるとは 限りません。

 

中には、疑いながら、対処策を検討しなければならない場合もあるでしょう。

 

そういったことを抜きにして、いきなりポジティヴに傾けようと

 

自分に迫るのは、止めましょう。

 

実際の状況と内面がかけ離れていると

 

却って苦しい思いをしてしまいがちです。

 

自分の内面の状況と、自分の周囲の状況とを合わせて

 

どの程度ポジティヴかを認めながら、実践していくことです。

 

 

 

 

人を疑うことは、いけないことではありません。

 

場面によっては、必要なこともあります。

 

自分を信じることです。

 

自分を大事に、守っていくためにも

 

大きなトラブルに巻き込まれないためにも

 

忘れないでくださいね。

 

 

 

ココナラで相談受けています。

 

あなたの力になれたら幸いです。

 

 

今後もお読み頂けたら嬉しいです。

どくしゃになってね…

 

 

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