こんにちは。コアラッコです。
今回は、愛と憎しみの間で起きていること
について、書きたいと思います。
このことについて書いてみようと思ったのは、
ある疑問が浮かんだことからです。
私はアーティストのHYDEが好きで、
ライヴや創作作品を楽しんでいますが、
その中に、悪魔的な表現を用いているとき、
ナンバー666を表現として使っています。
私は占いを楽しむこともあり、
数秘術でリーディングして頂いたことがあります。
そのとき、6が沢山ありました。
数秘術の6は、愛を示す数字です。
666が、愛が深いほど、束縛する数字のように見えるのです。
本来なら愛は、人が自由な存在だと知っているので、
相手の自由を尊重したいと願います。
なぜ、嫉妬に囚われたり、束縛に向かってしまうのでしょうか?
愛が裏切られたと思ったとき、
人は憎しみを感じます。
愛しているからこそ、
憎しみが深い、場合があります。
愛していて、なおかつ信頼できない場合です。
信頼できない理由は、様々あります。
結果であって、理由がわからないときもあるでしょう。
自分と向き合ってみることで、ヒントが見つかります。
嫉妬したり、束縛したりするとき、
私を誰かと比べないで!
私が一番って言って!
という、悲痛な心の叫びがあるようです。
心に困った癖をもつ場合、自分に自信がありません。
自分で自分に重ねる自信も大切ですが、
人から与えてもらえる自信もあります。
大事にしている相手からの承認は、
人にとってかけがえのないたからものです。
男性にとっては、「俺が一番!」というのが、
本能的に大切です。
男性的なところのある女性も、
「私が一番!」と認められるのは、
大好きかもしれません。
認められなくで、だけど、大好きで。
自分を満たしてくれなかった相手に、
どうして?と憎しみをぶつけているのでしょう。
愛が深くても、
自信が持てない場合、
信頼できない場合に
束縛・嫉妬が大きくなる。
相手が悪魔のように見えるほど、
憎しみが大きくなってしまったら、悲しいことですね。
今回の音楽はVAMPSのZEROです。
メロディーを聴いていると、心が洗われます。
ドラクエの教会のSEを思い出します。
詩はセクシーにも感じられますが、
隠喩的な表現にもなっていて、絶妙なバランスです。
今後もお読み頂けたら嬉しいです。よろしくお願いいたします。