ぼっち人間Haulのぼっちな修行日記

ぼっち人間Haulのぼっちな修行日記

このブログは2024年8月17日をもって終了しました。
たくさん応援をありがとうございました。

Amebaでブログを始めよう!


期間限定の復活ブログを最後まで読んでいだだき

ありがとうございました。




1年前、突然な形でブログを辞めることになり

中途半端な言葉少ない締めくくりになったままですみませんでした。




しかし、1年越しにこうして改めてちゃんとした形で締めくくれる機会ができたことに感謝します。




振り返れば、私のブログは神棚に関しての内容が非常に多かったと思っています。



祀り方は神道のそれとは異なりますが

日頃ブログを読んでくださった沢山の読者さんから

神棚に対してのお褒めの言葉を度々頂戴し、大変嬉しい限りでした。



「こうしたら神様が喜びそう」とか

「こうしたら神棚が輝いて見えるようになった」とか

自分の中で模索しなが

ちょっとずつ形を変え、模様を変え

見るだけで幸せを感じる神棚になりました。


その結果、他の方が見ても幸せを感じられるような神棚になれたのなら私にとってこの上ないことです。


応援してくださったメッセージが、霊山登山にも力を入れる要因にもなっていました。


その意味で言えば、神様だけでなく読者さんからの応援も今日までの支えになっていたことは間違いないと思います。


重ねて御礼を言わせてください。


ありがとうございました。





神棚という存在と、そこにいる神様の存在は私の精神的支柱でした。



それは新しい神様になった今も変わりありません。



お稲荷さんの神棚になってからは、神棚を通して笑う事が増えたようにも思います。


それはお稲荷さんが、こちらが何かする度に大喜びしてくれる「お供えし甲斐のある神様」だからというのもあるかもしれません。



18歳で社会に出て一人暮らしを始めてからは、ずっと神棚なんて祀ったことはありませんでした。


お世話とか大変そうだと思ってましたし

それまでの人生、なんとかなっていましたからね^^


初めて神棚を祀ったのが約6年前・・・

35歳の時です。



最初は3社の箱宮でした。

その後、段々と大きな神棚になり現在に至ります。



以前にも話しましたが

神棚を祀った経緯は仕事でメンタルをボロボロにしたことがきっかけです。


しかも、不運が重なるように仕事以外でも色んな人の悪意にさらされて人生が坂を転がり続けるような日々でした。


神棚を祀ったからといって直ぐに人生が好転できたわけでもなかったのです。



・成果を横取りされる

・他人の失敗をなすりつけられる

・過労で体がボロボロになる

・善意を裏切られて不運に見舞われる



神棚のある生活でも、こういった日々はしばらく続いていたのです。


「せめてブログの中だけは、幸せなことを書こう」としていたことが精神的に幸いしていたのかもしれません。



その間、私には頼れるものが神仏だけでした。



家族、友人に相談することも出来たと思います。

頼ることも出来たと思います。


ですが私の場合、「他人を頼らない」という性格の側面を持っているのです。




これまでの人生

周囲からの「男なんだから強くて当たり前」といった風潮を必要以上に真に受けてきたせいで

「誰にも弱みを見せない」

「家族にすら頼らない」

という生き方をしていました。




悩みや辛さを吐き出すことをしない人生を送りながら、それまでの困難を乗り越えてきたのです。


気付いていながらも、心の孤立まで促していました。


進んで辛い人生にしていたと今では思います。



そんな自分にも、いよいよ自力だけではどうにも出来ないほどに色んな不運が重なる場面に直面します。



そんな状態になっても誰かに助けを求めることも

弱さを見せることも出来ないままでした。



そこで

最初に救いを求めたのが以前の神棚の主人にあたる伊勢の神様だったのです。



ボロボロの精神状態の中、「伊勢神宮にもう一度行きたい」とある日に何故か、ふと思い

正宮ではじめて溜まり溜まった辛さ弱さを吐き出すことが出来たのです。



そして、その日にいただいた神札を家に置いたことが、神棚を祀るようになったキッカケです。



しかし、神棚を祀っても神社やお寺で神仏に願っても

なかなか好転しない期間は暫く続きました。



というか、神棚を祀ってる間も他人に陥れられるということが普通に続いていたのです。




ですが

「どうして救ってくれないんだ!」

「やっぱり神様なんていないんだ!」

とは思いませんでした。




他に頼れないというのも多少ありましたが

1番の理由は「何か救えない理由がある」と思えたからです。



過去世のカルマの解消なのか?

運気の底の掃除期間なのか?

「とにかく今は耐えるしかない」と踏ん張り続けました。

必ず助けてくれるタイミングが来ると信じ続けました。



しかし、ついに心が折れるやって日が来ます。



それが2020年に書いた

「涙の朝護孫子寺」というブログの時です。



あの日、多聞天さんに


「ワシがついているから安心しろ」


と語りかけてもらえなかったら

恐らく私は精神的に完全に壊れ、人間不信に陥っていたと思います。

※大袈裟ではなくです。



その後、「分かる能力」が向上したこともあり

神棚を通して縁をくださっていた当時の神様からも

気に乗って思いのようなものを感じとっていたことが分かりました。



「お主の人生はここからだ。」

そのような気です。



理由は分かりませんが多分、あの状態まで落ちる必要があったのだと今では思います。



その後、色んな偶然、必然が重なり

時には奇跡のような出来事が起きたり

思いもしない縁が繋がり

精神状態は元に戻り

生活レベルは以前より格段に向上し


ドン底だった6年前とは比べるまでもない生活になりました。



信仰を辞めなかった過去の自分と、救ってくれた沢山の神仏に心から感謝しています。



そして、その間ずっと自分と神様を繋げてくれていた神棚という存在にも感謝しています。



神仏の助けで乗り越えたこの経験を通して

私の感じる見えない世界と

私の信じる見えない世界の存在が

より大きな精神的支柱になりました。



きっとブログを読んでくださっている皆さんにとっても神様や仏様、そして自分の感じた見えない世界が精神的支柱になっていると思います。


人によっては「神様なんていない」という方もいます。

しかし、そういった人でも家族や友人といった精神的支柱があると思います。


人の信仰もそれと同じです。

その人が何に支えられているか?というだけの話です。


「相手の心の支えとなっているものを安易に否定してはいけない」

と心に刻む良い経験にもなったのです。



私にとって神棚とは

神様と自分を繋げてくれるものであり

神様を身近に感じさせてくれるものであり

眺めていてとても癒されるものであり

時に笑わせてくれるものであり

信仰心を育むものであり

心を正してくれるものです。



信仰に目覚めてから6年・・・

神棚を置いて本当に良かったと心から思えます。




自分の中に芽生えた信仰を大切にすることは勿論ですが

他者の信仰に寛容になることも大切です。


どうか皆さんも

自分の信じる存在と

自分が感じた世界を大切にしてください。


そして同じように

他者の信じる存在と

他者が感じた世界も大切にしてください。










1年越しになりましたが

こうしてキチンとした形でブログを締めくくれた記念に

ココナラの夏朱優衣さんにもう一度イラストを描いていただきました。

※以前、私のアイコンをお願いした方です。

























ある程度、私がイメージをお伝えして描いてもらいました。


大きな狐さんはepisode.6で綴った

尻尾が特徴的な鏡山のお稲荷さんです^^





いつかイラストではなく

自分の力でこの姿を見れるように

頑張って神様霊能力を上げていきます。


あちらの世界に帰った時、胸を張れるように

もっと霊格を上げていきます。



皆さんもどうかお元気で^^



最後にもう一度、改めて御礼を述べさせてください。


ブログを最後まで読んでいただき

今日までたくさん応援をしていただき



本当にありがとうございました。