ヴェルビエ音楽祭は山々に囲まれた標高1500メートルに位置するスイスの片田舎といえるヴェルビエで、約2週間かけて行われるクラシック中心のお祭りです。私たちは2023年の夏にそのイベントの後半に参加しました。第30回ヴェルビエ音楽祭における30周年記念ガラコンサートについては既にご報告済みです。
世界最高峰のクラシック音楽祭、ヴェルビエ音楽祭の30周年記念ガラコンサート
今回は、私ども夫婦にとっては2度目の体験となったヴェルビエ音楽祭にまつわる旅のよもやま話を次の4点に分けてお送りいたします。
1)宿泊したホテル
2)ヴェルビエの町歩き
3)心に残るコンサート
4)忘れられないポスト・コンサート・アーティスト・ディナー
1年前、はじめてのヴェルビエ音楽祭体験記はこちらになります。
1)宿泊したホテル:
今回のヴェルビエ滞在はたっぷり8泊の計画で、予約したのはヴェルビエの町の中心にあるエクスペリメンタル・シャレー Experimental Chaletというホテルです。最上階で前半4泊が56平米のパノラマ・スイート、後半4泊は36平米のヴェルビエ・スイートでした。そしてこのホテル内で1年前にクラウス・マケラと握手したのでした。
ジャクジー付きのバスタブがあるヴェランダからの眺めです。
反対側は道路に面していて、正面に教育施設のテニスコートが見えます。
朝食はいつも一番乗りで、シンプルでしたけれど素材の良いものばかりでしたので、様々にアレンジしたりして飽きることがありませんでした。。
2)ヴェルビエの町歩き:
それでは町中を散策しましょう。センターには昨年と同様にキレイにお花があしらわれていて、リゾート気分が上がります。
お花の向こう、ヴェルビエ音楽祭30周年の幟がはためいていますでしょう?
坂の少し上にあるフレンズ会員専用のチケットビューローには足繁く通いました。
ホテル近くの写真ショップ入り口。大きなセントバーナードが爆睡していました。
何度か通ったショコラティエ。
ヴェルビエは結構冷えるので、ホットショコラで胃袋を温めて。
ヴェルビいち高級な5つ星ホテルのシャレー・ダドリアン Chalet d'Adrianではランチをいただきました。
一番心に残っているのはもちろん、3つ前の記事にまとめました30周年記念ガラコンサートです。他に合計8つのコンサートを聴きました。その中からピックアップいたします。
ヴェルビエに到着したその日、2023年7月23日(日)の午後6時に大ホールのある会場へ。開演は午後6時30分、ヴェルビエ祝祭管弦楽団の演奏、指揮はクラウス・マケラ、ピアノがミハイル・プレトニュフ、曲目はラフマニノフのピアノ協奏曲第2番 ハ短調 作品18とR・シュトラウスのアルプス交響曲 作品64でした。大好きなクラウスのダイナミックな指揮を目の当たりにしました。
7月28日金曜日の午後7時半から教会で、マルク・ブシュコフMarc Bouchkov (Vn)と藤田真央のベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタNo.5, 10, 9でした。No.5の「春」とNo.9 の「クロイツェル」はどちらも大好きな曲目です。真央クンはやっぱり爆発的な人気でした。演奏中はもちろん撮影禁止ですが、終了後はOKだったので最前列のシートで撮影することができました。
4)忘れられないポスト・コンサート・アーティスト・ディナー:
ヴェルビエ音楽祭にある程度の金額を寄付することでフレンズ会員になりますと、コンサート終了後に出演したアーティストと夕食をともにすることができます。会場はレストランか高級なシャレー(個人の別荘)で前年と同様、今回もそのディナーにご招待いただきました。
ディナー会場に指定されたシャレーを下見中のいばりこぶた、またここで多くの音楽家に会えると期待に胸躍らせています。

そして2023年7月26日(水)、ディナーの晩です。ヴェルビエの夜はハンパなく寒いです。バーゼルから見えたという素敵な女性が終始私たちに話しかけてくださり、いろいろとお世話になりました。彼女にお尻を叩かれて、音楽家たちの席へ。
暖房が焚かれているシャレーのヴェランダで、クラウス・マケラ、ユジャ・ワン、ルノー・カピュソンと。右上にあるのが暖房です。
数年来ずっと追っかけをしているリュカ・デュバルグともたっぷりお話できました。あら、何かしら?
そして今年も大好きな真央クンとお話ができて嬉しいことこの上なし。こうして興奮のヴェルビエの夜が更けていったのでした。
最後に雑感を少し。
1年前には日本がまだCOVIDの第7波で大変だった時期に参加し、日本人はヨーロッパ在住の人がごく少数とわれわれだけで、それ以外にアジア人はほとんどいませんでした。今回は香港、中国、韓国などから数多く訪れておりまたもや日本人は少数派でした。ですがこちらへ来て驚いたことには、ホテルで働く人たちやスーパーマーケット、コンサートの控え室などで出会う人のほとんどがすぐさま私たちを日本人と認識して、(英語で)話しかけてくることでした。ヴェルビエで出会う人たちの多くは日本に滞在したことがあり、日本語をよく知っていて私たち夫婦が日本語で会話しているとすぐさま理解するのです。少数派だと思って日本語で下手なことは言えないというのを痛感しました次第です。今後、ヴェルビエを訪れる方のご参考になれば何よりです。



















