こんばんは

 

 

米作り3年目の苗床です

 

 
いい感じの距離感で発芽してくれています
これから日照り続きなので、乾燥しないように
そっと、枯れ草を戻しておきました
 
 
昨日は自然農塾の毎月の集まりでした。

30人以上の参加で

暑い中みんなで、学びの場へ続く道の道路工事を行いました

 

 

 

 

田や畑は

自然から切り離された場所ではなく

周囲の環境の一部

 

田や畑だけに関わっていても

作物はうまく育たない

 

水の流れる道
風の抜け方
光の入り方


周囲の山や木々、
そこへ至る道までも含めて

ひとつの環境としてつながっている

 

だから

水を扱う、土木の知恵
木を読み整える、林業の知恵
季節を感じる、五感
そして自然全体を見る、俯瞰の目

 

自然と暮らしの”間”を整える

それが”百姓”という生き方なのかもしれない

 

そこに医を加えて

自然と暮らしと健康の”間”を整える

自分なりの百姓、半農半医を

少しずつ育んでいきたい

 

 

こんばんは

 

 

思いは引き寄せる力、第3弾です!!

 

 

 

夏野菜の支柱、どうしようかなー
せっかくなら竹で作りたいなー

 

そんな想いを胸に抱きながら、
いつものように散歩がてら畑の近くをぶらぶらしていると


どこか困っている様子のおじいさんが

どうやら草刈機のエンジンが掛からず、
四苦八苦されている様子

 

ぱっと目が合い、思わず、

手伝いましょうか?

と声をかけました

 

草刈機のひもを3回ほど引くと、

どどどどどっっ!!

無事にエンジン始動

 

思わずドヤ顔の自分
おじいさんもにっこり

 

どこの草刈りをされるんですか?

と話をしていく中で、
なんと、自分の敷地に竹藪があるとのこと!

 

実はそこで畑をお借りしていて、
夏野菜の支柱に竹が欲しいんです……。

 

そう伝えると、

 

「あー、〇〇さんのところの畑ね。借りたんだね。いいよ。」

と、まさかの二つ返事。

 

しかも、たまたまそこを通りかかった地区のお偉いさん?に、
自分のことを紹介までしてくださいました。

 

 

後日、改めて竹取をさせていただくことに。

 

 

40本近く、竹の支柱ができそうです!

 

 

 

想いは、見えない種なのかもしれません

すぐに形にならなくても、
どこかで静かにその瞬間を待っていて、

ある日ふとしたきっかけで、芽吹いていく

 

この想いも、
これからいろんなご縁につながっていきそうです

 

 

これから成長していく黒田五寸人参

 

次の命へと、満開の黒田五寸人参

 

そろそろ収穫時の紫もち麦

 

夏に向けて準備している、ひまわり

 

こんばんは

 

今年もグリンピース(久留米豊)が豊作です

来年はもっともっと作りたいので、

種用で去年より多く畑に残しています

 

 
ぱかっとあけて
大きな実がゴロゴロ出てくる、その瞬間がたまらない!

 

 

 
娘の手です
グリンピースは大好きな野菜のひとつで、大喜び!

 

 

 
 
 

『必ずくる幸福』

グリンピース(エンドウ)の花言葉です。

 

花言葉のはじまりは、
オスマン帝国で行われていた「セラム」という風習。

 

花やものに意味を持たせて、
言葉にしきれない気持ちを伝える文化でした。

 

それがやがて
フランスやイギリスへ広がり、

作家や園芸家たちの解釈によって
少しずつ意味が重ねられていきます。

 

日本では、その意味を受け取りながらも
その時代の感性の中で、違ったかたちに育てられてきました。

 

花言葉は、誰か一人が決めたものではなく
その時々の人の感じ方が、積み重なってできた言葉です。

 

 

わからないことがあれば、すぐに調べられ
“いわゆる答え”には、簡単にたどり着ける時代。

 

でも

花や植物だけでなく、
ものや、仕事、勉強、
ときには気が進まないことにさえも、

 

自分なりの意味や物語を見いだしていくこと。

 

それは、ただ知ることとは少し違う、
日々を自分の色に染めていくような営み。

 

 

『必ずくる幸福』

 

エンドウが教えてくれているのは、
未来の保証じゃなくて

 

いま、この瞬間にも、
すでに何かがはぐくまれている

 

そんな意味が、あるのかもしれない




今日は豆ごはんです!

いまある幸福を、いただきます!

 

こんばんは

 

夏野菜に向けて、畑の模様替えです

 

 
真ん中の草を残しているところは、ウリ科の草行燈にする予定なので、あえて残しています。

 

 

 
黒田五寸人参

 

 

 
ロックウェル

 

 

 

みょうが

 

 

自家採取をしてつなげてきたいのち達です

 

 

冬の間、寒さや乾燥から土を守ってくれていた草を

次のいのちの場を作るために刈り

たねをその場にまいていく

 

いのちが次につながるように、

刈った草はその場に敷く

 

乾燥を防ぎ、土をあたため、虫たちのすみかになり

やがて土へとかえっていく

 

終わる命と、始まる命

その入れ替わりの中で

畑では季節の模様替えが行われている

 

 

 
キャベツの花
どこかキャベツらしさがあって、かわいらしいです

 

こんばんは

 

今年で3年目の苗床づくりを終えてきました




 

 

 

去年は40分ほどで完成して、その速さに満足していました
「去年よりうまくできた」

「今年も問題なく終わった」

そんな感覚だけでも、十分嬉しいけれど

終わった後、苗床を眺めている時に、去年とは違う感覚がありました

 

かかった時間はほとんど同じ
作業も、去年と同じ

だけど、ただ目の前の作業をこなしているのではなく、

全体の流れを俯瞰しながら、ひとつひとつの工程に向き合っている自分がいました。

 

この作業はここにつながる
ここを丁寧にしておけば、後が楽になる
今やっていることは、全体のどこに位置しているのか

 

そんなことを自然と考えながら、手を動かしていました




 

苗床作りの帰りの車で、毎年この時期に増える患者さんのことを考えていました。

 

 

毎年この時期になると、新入社員や部署異動後の社員さんの受診が少しずつ増えてきます。
新しい環境、新しい人間関係、新しい責任。

受診の理由はさまざまですが、そんな患者さんの話を聞いている時に浮かぶ言葉

 

『人生は螺旋階段』

 

仕事でも人生においても、「また同じところに戻ってしまった」と感じる時期があります。


去年と同じ悩み
以前も経験した壁
似たような失敗

 

でも本当に同じ場所でしょうか

螺旋階段は、ぐるぐる回りながら上へ進みます。
見た目は同じ場所を回っているようでも、少しずつ確実に高さが変わっていきます。

1年後に同じ壁にぶつかったとしても、去年の自分とは違う。


経験したこと、悩んだこと、努力したことが土台となり、見る景色は変わっています。

以前は見えなかった壁の姿が見えてくる。

 

意味がわかる。
自分の立ち位置がわかる。

 

それは確かな成長です。

 

今は情報があふれ、AIが瞬時に答えらしきものを示してくれる時代です。
何かを始める前から、「知っている気」になれる時代です。

 

けれど、

”知っていること” と”行動できること”とは、まったく別の概念です。

 

階段は、見ているだけでは登れません。
一段ずつ、自分の足で上がっていくしかないのです。

 

遠回りに見える経験も、失敗も、繰り返しに思える日々も、すべて螺旋階段の一部です。

 

今日また、同じ景色に見える場所に立っていたとしても、きっと去年より少し高い場所にいます。

 

そう思えるだけで、日々の積み重ねや、”いま”という時間に

もう少し優しく目を向けられるのではないでしょうか。