
今日は、上京している友人を引き続き東京を案内しました。上野で待ち合わせて、西洋美術館と国立博物館をはしごして、くたくたになりながら大阪へ帰っていきました。
合計1000点以上もの作品を見たと思います。もの凄い情報量をインプットしてきました。
その中でのトップ1は、縄文の土器です。
岡本太郎が衝撃を受けて、縄文独自の造形美を絶賛したといいます。
激しく追いかぶさり重なり合って、隆起し、下降し、
旋廻する隆線紋、これでもかこれでもかと執拗に迫る緊張感、
しかも純粋に透った神経の鋭さ、常々芸術の本質として
超自然的激越を主張する私でさえ、思わず叫びたくなる凄みである。
岡本太郎(みづゑ1952年2月号「縄文土器論」より)
教科書で載っていた縄文土器は実際に見てみると、迫力があり思わず息をのみました。1万年前の人の純粋な信仰から生まれた土器の形と文様は、エネルギッシュで繊細でした。作り手の信仰する熱意がビシビシ伝わってきました。
合計1000点以上もの作品を見たと思います。もの凄い情報量をインプットしてきました。
その中でのトップ1は、縄文の土器です。
岡本太郎が衝撃を受けて、縄文独自の造形美を絶賛したといいます。
激しく追いかぶさり重なり合って、隆起し、下降し、
旋廻する隆線紋、これでもかこれでもかと執拗に迫る緊張感、
しかも純粋に透った神経の鋭さ、常々芸術の本質として
超自然的激越を主張する私でさえ、思わず叫びたくなる凄みである。
岡本太郎(みづゑ1952年2月号「縄文土器論」より)
教科書で載っていた縄文土器は実際に見てみると、迫力があり思わず息をのみました。1万年前の人の純粋な信仰から生まれた土器の形と文様は、エネルギッシュで繊細でした。作り手の信仰する熱意がビシビシ伝わってきました。