大聖人様の仏法は、この正法を土壌にして一人一人の命の、過去世の一切の罪障を消滅し、現在の自分を打開し、そして未来にわたって一族一門の人々の幸せを、また、世界の広宣流布を実現するというところにあるのでありまして、ただ現実の小さな功徳、功徳という、そうした物乞いの信心をするのではないのであります。一人一人の生活といい、人生といい、仕事と言わず、勉学と言わず、一切の自分の命を根本にして、総ての物に打ち勝っていく、総ての物を改革していく、そうした非常に大きな広がりと深い意味をもった信心なのでございます。
一例のために申し上げるのでありますが、日蓮正宗の寺院の中で、ただ一つJRの駅の名前になっているお寺がございます。これは四国の香川県に「高瀬大坊」という駅がございます。皆様方は早速おうちにお帰りになりまして、時刻表の最初のところに路線の地図が載っておりますから、四国の地図の香川県の所を御覧になりますと、「高瀬大坊」という駅名が残っております。
ここに日蓮正宗の本山格のお寺として、高瀬の本門寺というお寺があるのであります。歴史的に申し上げますならば、約六百八十年の昔に建てられた寺院でありまして、二祖日興上人の御弟子の日仙上人という方が開かれたお寺でございますし、その本門寺を開く、その外護の大檀那となった方が、秋山泰忠という方であります。
この方は元々、甲州、今の山梨県の出身の方でありますが、領地換えによりまして、現在の四国の香川県、高瀬に移られたのであります。その当時の豪族の一人でございました。この方が、まだ甲州の時代に、山梨の甲府にいらっしゃる時代に、日興上人の教化によって、大聖人様の信心を貫いた方なのであります。この方の信心が六百八十年経った今日まで立派に、一族の方に引き継がれまして、今日、秋山家の人達が営々としてこの正宗の信心を貫くと同時に、また、社会的にも立派に活躍をなさっておられるのであります。
私は、今まで約二十年間、埼玉県の浦和の住職を拝命しておりました。秋山家の現在の御当主は、その浦和に住んでおられまして、お父さんは非常に珍しい御名前で、秋山六郎兵衛という、昔の古風な名前でございますが、職業は東京大学のドイツ文学の先生をしておられまして、停年で、その後は学習院大学の教授となって、お亡くなりになりました。その方の学園葬を私の浦和のお寺でやっていただきたいということの願い出があったのでありますが、学校の先生ですから、しかも学園葬ということであるならば大学の講堂でして下さい、その方が良いと思います、ということで、学習院大学の講堂で、その先生のお葬式をしていただきました。そのお子さんが現在、長男は九州の博多で、西鉄観光の常務取締役になっておられますし、次男の方は浦和に住んで、東京外国語大学の教授となっておられます。そのように今日、七百年になんなんとする時を隔てても、その一族一門の人達が立派に信心を貫き、しかも社会的にも立派な境涯になって、活動をしておられるのであります。


