平和を作る手段ではないが、
戦争は、
国家、国民を守る手段である。
国家の主権は、国民にあり、
国家は、国民の生命及び財産を守らなければならないが、
国家の責務を遂行するのもまた国民である。
平和憲法は、国民を国外の戦地に送る一定の砦と成り得るが、
平和憲法は、諸外国からの侵攻侵略の抑止力とは、成り得ない。
世界中が、平和を求めているけれど、
数千年前の恨みを持って武器を取る人がいる限り、
国家国民を守る為の戦争は止むことはない。
過去の戦争について学び議論をする事は、今後の世界秩序の礎となり得るが、
過去の戦争や政策について、謝罪賠償を要求する事は、これから先、数百年、数千年後の悲劇的な戦争の種を蒔く事になる。
日本の都市が相次いで米国に爆撃され多くの命が奪われた事も、
ロシアに条約を反故にされ侵攻され、
多くの命が奪われたことも
満州や、朝鮮撤退の際に日本の多くの一般市民に強盗、強姦、虐殺が行われたことも
当時の国際法上でも違法である事を
言い出せばキリがない。
ただ、今その事を言い出してどれだけ
平和秩序に貢献するのだろうか?
世界情勢は中国台頭を機に戦前のブロック政策に近い様相を呈しつつある。
如何にグループを大きくするのか、
その再編が無秩序に進み
その綻びが破綻すれば混乱が起きる。
平和の反対は戦争ではなく混乱にある。
戦争の反対は同盟であり共生である。
isisでは、混乱状態が現実としてあり、
今、世界各地で同盟や共生状態が揺らぎつつある。
はてさて、これから世の中はどう動くのか。
今年から来年にかけてあまり宜しくない雰囲気がぷんぷん流れておりますね。
こんな時こそ、だらけきったオツムを使って働かねば。



