この暑さに、さらに暑苦しい話題の提供となり、なんだかすみません。

 

キレやすく、常にお友達を批判し、先生に対しても文句を言い、親すら軽視していた従妹と「この暑い時期だからこそ、キレやすい子へ、いい話題になるかも。」と言われ、記事をアップすることにしました。

 

今は2児の母となり、非常に平坦な感情の持ち主、に「見える」、そこそこ対人関係も上手になっている従妹です。PTAの役員をしても、苦手ながら人間関係に特に問題が起こることなく役を全うすることができています。子供たちのうちの1人は、同じく「キレやすい」衝動的な怒りの持ち主ですが、自分が経験した人生を参考に、良いアドバイザーになっていると思います。

 

そんな従妹は、特に幼稚園、小学校時代は波乱いっぱいでした。なにしろ、常に誰かといがみ合っているか、集団で逆襲されていじめに合い、学校に行けなくなっているか、の繰り返しで、好転していったのが中学、高校ぐらいからです。

 

やはり、発達の遅れ、というものと、自閉的な「物の見方の偏り」が大きく影響していたと思います。従妹は子供時代は問題山積みの子でしたので、よく公的な相談先に行っていましたが、療育というものは受けていませんでした。その頃はまだ療育が受けられるような場所があったりなかったり、で、従妹の居住地は私の場所よりさらに田舎だったので、公的サポートがほぼ皆無の状態でした。

 

従妹が変われたのは、「ほとんど誰とも上手くいかない」という幼稚園、小学校の長い経験から疲れてきた頃、つまり中学、高校の頃、親の話を「ふと聞いた時に、なぜかそこだけ印象に残った」部分を、繰り返し思い出して生活したから、と言います。

 

その印象に残った話とは

 

「あなたが、友達や先生や誰か他人に対して、お前が間違っている、お前はわかっていない、お前は人の話を聞かない、お前のそういうところが大嫌いだ、とイラっとしたとき、頭にきたとき、怒りが湧いた時、許せないとき、自分が何度言われてもできなかったこと、自分が注意されてバツが悪かったこと、自分の弱点でできなかったこと、を常に思い出しなさい。」

 

「相手ができないことと、あなたができなかったこと、それを同じとみなして、帳消しにしなさい。」

 

「内容は違っても、同級生や先生や他人ができないことは、自分もどうやってもできないことと同じ。できない同士。自分はできない、相手にはできるように批判して求める、は理不尽だからね。」

 

「人はできないことが当たり前、間違って当たり前。それがわかるまで、自分の弱点、できないこと、批判されがちなことと、相手に言いたい批判とを一つと一つ、セットにして消していこう。」

 

ということで、例えば家で、弟が洗面台を使った後に歯磨き粉のキャップを締めず、ばらばらにしていると、『お前ちゃんとやれよ!』と激高していた姉ですが、『何度言われても自分はトイレや部屋の電気を、使っていない時は消す、ということができない。』という風に、セットで考えるようにして、相手への激高を自分への恥、見たくない部分とセットにして、気分を萎えさせる・・・というようなやり方をやってみたようです。

 

自分のマイナス点を数えていくようなやり方は、かなり凹むのじゃないかと思いますが、これが結構、「他人はできない、やれない、失敗する、そこまで真面目じゃない、ということがわかってくる」という現実を実感するごとに、「自分の失敗やできないことも許せる=自分の欠点を受け止められる=自分の弱点を隠そうという無意識の防御で意固地にならない」という、

 

なんだか、肩から重荷が取れた。

 

という境地になったそうです。

 

結局のところ、他人への批判や激高するほどの怒りというのは、自分のうすうす気が付いているけど認めたくない劣等感や欠点、弱点と隣り合わせであった、ということかもしれません。

 

この従妹の場合は、他人の欠点や批判したい部分と、自分の批判されがちな部分、できない部分をセットで考える癖をつけたことで、「同じように失敗する、できないこともある」という人間の当たり前の、不完全な、ごく平凡な性質を経験したことで、自分の中の理想主義や自閉的な思い込み、一点集中の悪者探し、いいか・悪いか、正しいか・間違っているか、という百ぜロ思考の部分が、少しずつ和らいでいったのかな、と考えています。

 

物の見方がシフトすると、性格が変わる

 

というのは、時々、私達の親族の中で経験する例です。特に自閉的な人は、「一つの物の考え方で、偏ったものの見方で生きている」ので、その時の性格と、「少し違う物の考え方をし始めたとき・違う視点から考えて行動しはじめたとき」で性格が変わったように見えます。

 

思考の癖が強すぎるぐらいに強いのが自閉症の傾向だというのであれば、その強い隔たった部分が、違う方向に向いたならば、性質が変わるのはあり得るのかな、と思います。

 

事実、この従妹は「他人のあら捜し、間違っているところがあるくせに、私に意見する嫌なやつ、悪意がある」という思いでいっぱいだったのが、「他人と自分の弱点を同時に見ていく」という方向に極端に視点が変わったため、意識が他人からそれて、他人と自分の両方の世界を意識し始めたため、ほんの少し、自閉の輪っか、偏りの輪や虹色部分がズレて、違う意識・思考の癖を通じてまた違った経験や体験をしはじめたのかなと思います。

 

それがティーンエージャーの、思春期の中学、高校の時期に重なったことで、より自分観察にのめりこんで、他人の不完全さと自分の不完全さを受け入れることができるようになった、という感じのようです。

 

従妹には、この時期が「はじめて自分が、現実社会で生きている実感が得られた時期」と言います。たぶん、考えて行動したことが、外の世界で有効であった、外の世界とうまくつながることができた、そういう初体験の時期だったのだろうと思います。

 

考え方のシフト、というのは自閉の子でもできる、と経験上思います。ただ、そのできる、というのも「極端な一点集中」的であるため、のめりこむような感じでのシフトです。従妹は他人と自分の「できない・不完全さ」を同等につり合いを持たせる、独特の試みにのめりこみました。その結果、人を許せるようになり、自分の不完全さをそんなものなんだ、と受け入れるようになり、穏やかになった、という次第です。

 

発達凸凹を持つ人で、診断を経て、自分が変わってきた、という実感のある人は、こうした「意識のシフト」がどこかで起こった人ではないかと思います。今までのめりこんできた偏重していた考え方から、違う考え方へシフトした、そうしたら経験や体験もがらっと変わってきた、新鮮だし、満足感がある。

 

そういう経験が、自閉の虹色に所属する人にもできないわけではない、できるのだと思います。

 

成人の発達障害の人は、自分に対して興味があって悩み、何とかしたいという思いが強い分、この「意識のシフト」が起これば、今までの経験を凌駕する、現実の生活に実感と手ごたえを感じることができる生活が送れるのかなと思います。

 

都会で生活していた時に悩み悩んで、仕事も人間関係も上手くいかず沈没していた親族が、田舎にUターンして、今までと全く違う生活をスターとし、イキイキとしているのを見た時も、そう思います。やり直しがきく、というのはこういう時なのだろうなと思います。

 

ちょっと話が横にそれましたが、いろんなケースの中にも、こういう「視点が自閉している(偏りすぎている)」ことから人生の大半が他人への怒りや批判に終始してしまい、5年も6年もそればっかりの生活を送る、ということもあります、そして、その「偏った視点が違う方向に向いた」ら、時には、その方向が「自分にとってキーワードとなる内容」であった場合、見事にヒットして、すごく好転する結果となる、自分自身が楽になる、生きやすくなる、ということもあり得ます・・・とお伝えできればと思います。

 

たくさんのケースの、ほんの1例として、ご参考まで。

 

 

 


人気ブログランキング

 


にほんブログ村