心配のメールや電話、コメントいただき、ありがとうございました!
まだまだ余震もあり、他の地域の方々も安心できないこの日本で、安否確認や励ましの声をかけていただいて本当に感謝しています。
地震があってから3日間停電し、石油ストーブもない寒い寒い夜を過ごしました。
度重なる余震。
でも余震や寒さよりはるかに恐怖なのが沿岸の津波被害でした。
テレビが映らないことや携帯がつながらないことで、津波の被災地の情報や連絡が全くないのが一番辛かった。
幸い、身内では陸前高田の親戚以外はみんな無事を確認することができました。
野田村のおじいちゃんちは先祖が明治時代の津波で一度家を失った教訓から、海岸からかなり遠い場所に今の家を建てたおかげでギリギリ免れました。
でもすぐ目の前の家まで海水が来ていたようです。
保育園で働いていたおばさんは最後まで残り、園の屋根の上で潮が引くのを待ったそうです。
その他の親戚は命は助かったけど家はまるごと飲み込まれました。
なかなか連絡がつかなかったのが大船渡で働いていた旦那の弟。
海の目の前の支店で働いていたし、アパートもすぐ近くだったので、本当に本当に心配で、最悪の事態が何度も頭を霞めました。
テレビには弟の車が流されていたのが映っていたそうです。
だけど、本当に奇跡的に助かっていました!!
土曜日の夜中に泥だらけの靴とスーツとカバンで実家に帰ってきました。
それを見て、詳細は何も聞けなくなり、ただただ生きて帰って来てくれてよかったと泣いて喜びました。
当時支店にいて、津波が目の前に迫りくるなか、みんなで必死に逃げたそうです。 支店長は管理のため最後まで残り、濁流に流されたけど無事だった建物に掴まって何とか全員助かりました。
陸前高田の親戚とは依然連絡が取れません。
津波に飲み込まれて命を落とした人、家族や友人を失った人、流されていくのを見た人、避難所で食べ物や衣類も満足にない人々……。
現実は、テレビを通して見るより悲惨で、地獄絵図なのです。
私も身内が助かったのを喜ぶ暇もなく、数キロ離れた同じ県内や隣県で起きている現実に目を背けたくなり、毎朝ぼんやりと「これは悪い夢なのだ。毎日夢の続きを見ているのだ。」と解釈しようとしていました。
でも、昨日あたりからテレビで「私は家や家族を失ったけど、生きているだけで幸せです。」と泣いている人や、「私たちは無事です。安心してね。」と笑顔でビデオメッセージを伝える人たちを見て、何て強いんだろうと涙が出てきました。
辛い中、現実を受け入れ前に向かおうと頑張ってる人たちがいる。
逆に被災者の方々に励まされるなんて。
私たちはできることから始めなければならない。
まずは節電。
いらない電気は使わず、日中はストーブを消し、夜も最低温度にしています。
盛岡はだいぶ通常生活に戻りつつありますが、毎朝毎晩沿岸に向かうヘリコプターと、たまに鳴り響く救急車の音がします。
スーパーは買い占めで商品がガラガラだし、毎日100m以上の長い行列を作っています。
ガソリンは5時間並んでも売り切れて買えないようです。
こちらは少しくらい不便でも何てことありません。
まず被災地の方々に物資を送ってくれ!と願うばかりです。
あと私にできることは募金と仕事です。
今は休職中ですが、私の仕事は生命・建物の保険金を支払う業務です。
11月に復帰したらまたその部署で力になりたいです。
県内の被災者の半数以上がうちの保険に加入しているはずです。
たぶん今頃職場では県外からも支援要請を行い、災害対策本部を設置している最中でまだ何も被害状況は分からず動けない状況だと思います。
事務的にはなりますが、一刻も早く、保険金を支払い、加入者が通常の生活に戻れるよう、少しでも力になれれば、と思います。