hatsuyukikaedeさんのブログ

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意識って色でも形でもない、良さや悪さみたいな…
 
 
 
 
上や下や横でもない位置があって…
 
 
 
 
 
その中だけで流れる流れですらない流体みたいなもので
 
 
 
 
 
産まれたときの意識はそれらの集合体で
 
 
 
 
不確定なまま似たようなもの群に言葉をつけて
 
 
 
 
他人と送受信できるように
 
 
 
 
だから言葉は正確なそれではなくて
 
 
 
 
でも言葉を覚えすぎるとやがて言葉が基準になって
 
 
 
 
流体のほうが言葉にあわせた様子に変えられる
 
 
 
 
考えてることを言葉以外で伝えるのは難しいけど
 
 
 
 
日常で流体そのもののやりとりができる相手もいたり
 
 
 
 
いなかったり
 
 
 
 
言葉にしばられた流体も常にその人固有の様子があって
 
 
 
 
それは人によって心地良かったり
 
 
 
 
悪かったり
 
 
 
 
もし…
 
 
 
 
もしもだけど
 
 
 
 
自分だけがその様子をいついかなるときも心地良いと感じれる…
 
 
 
 
絶対に飽きることのない…
 
 
 
 
そんな流体を見付けたら
 
 
 
 
それを愛と呼んでもいいのではないでしょうか
オフコースの「もう・・・終わりだね・・・」から始まる曲。題はなんなんだろ・・・さよなら?
知らないけど、俺が小さい頃(4歳くらい?)我が家の車内ではよく流れてた。

この曲の歌詞の「愛したのは確かに君だけ」の部分を俺はいつも「あしたのはあしたにきみだけ」と歌っていた。

4歳の俺、知ってる単語は少ない。そん中でも「あした」という言葉は当時かなり使用頻度の高い言葉だった。


「あしたのはあしたにきみだけー」。なんの疑いもなくこう歌う俺の間違いを正すことに挑戦した母、当時今の俺と同じくらいの歳かな・・・。

「あしたのはあしたに」じゃなくて「愛したのは確かに」って言ってるのよ♪

俺は「愛した」も「確かに」もわからない。

母(推定27歳)はこのうちの「愛した」について、色んな例えを出しながら丁寧に説明してくれた。その説明はかなり素晴らしいものだったと思う。

しかし俺は「愛した」は「好き」のでかいバージョンなんだと理解した。説明の中でそういうわけでもないと言っていた気もするが、そんな微妙なニュアンスは手に負えないと判断、いらない情報として削除した。

俺は新しい単語「愛した」を手に入れたが、すぐ消えた。
「好き」だけで俺の感情のそういう関係のことを表現するには十分だった。苺好き、電車好き、かりんとう好き。
「愛した」は使えなかった。

「確かに」の説明はなかった。到底今の息子が取得できるレベルの魔法ではないと判断したのだろう。正解である。

「愛した」もまだまだ高級すぎる言葉だった。母はだめもとで説明したのか、それとも他の特別な思いがあったのか・・・

結局それからもバカ息子は「あしたのはあしたにー」と歌うことになる

寿命がきて死んだときにこう言われます。


「あなたは亡くなりました。これからあなたの魂は浄化され、新しい命の素材となりまが…その前にハエをやってみませんか?これはオマケみたいなものですがやるかやらないかはあなたの自由です。」


自分消える前に…ハエ…やってみる?