たくさんのいろんな気持ちが
あちこちであふれかえる今日
毎年胸が締め付けられる日
テレビは見ない
見なくてもなんか
グッてなっちゃうから
ここのブログには書いたことない
昔入ってたブログサイトで
震災の年に書いたきり
あの時は細かいことも絶対に
忘れないようにと思って書いたけど
15年経った今日も
全然忘れてないなぁ
あの日は
友だちを車に乗せて
少し離れたアウトレットに出かけてた
お店で服を見てたら
突然の揺れ…?
何が何だかわからなくて
とにかく
お店の高い天井まである
大きなウィンドウのガラスたちが
ぐわんぐわん波打って
全面の壁がガラスだから
割れたら確実に大怪我か
生きてられないか
即座に店員さんが
非常口を開けて外に出してくれて
アウトレットの中央の広場を走って
車道に出たけど
どこに居たって怖い
道路がばっくり割れたらどうしよう
落ちちゃったらどうしよう
友だちと抱き合ってしゃがんで
周りを見てた
ケータイのワンセグで
テレビを観ようとしてる人が居たから
私も…と思ったけど
当然繋がらない
ダンナに電話…も繋がらない
友だちも同じ
とにかく
少しでもチャンスがあったら
駐車場に駆け込んで車を出そう
早く家に帰らなきゃ
子供たちが小学校で
怖い思いをしてるはず
こんな事になるなら
平面駐車場に停めておけばよかった
4階建ての立体駐車場に入れちゃった
秒単位で揺れる中
怖いけど行くしかない
立駐が崩れたらもう終わりだけど
かけるしかない
2人で支え合いながら
なんとか3階に停めた車に辿り着き
すぐさま発車…
出口に向かう途中
みんな並んでるのが見えた
長い
待てない
あっちに入り口がある
あそこから…出られる!
バーのない駐車場だったのが救い
入り口だけど出させてもらった
細かい吹雪の中
ゆっくり、急いで走る
ずっとずっと揺れてる
道路の両側の街灯も信号機も
根本からずっと揺れてる
それでも走るしかない
大きな交差点では
みんなで譲り合って
窓を開けて
雪を浴びながら
身振り手振りで
「そっちが行きな!」
「ありがとうございます!」
「今度はこっちが行くね!」
「すいません!」
信号が点いてないなんて
嘘のようにスムーズだった
下にある高速道路と交差する道は
橋になってるから
継ぎ目がズレて
大きな段差になってた
車の下に当たるかなと思ったけど
ギリ大丈夫だった
普段なら20分かからないところ
倍以上かけて家に辿り着き
友だちの家でまず下ろし
自分の家に帰る
同じマンションの友だち親子が
外に出て来てた
お互い抱き合って
「早く体育館に迎えに行きな!」
って言われて
「ウチはコンビニに行ってみる!
何か買えるものがあるか
機能してないかみてくる!」
あとでまた会おうと言って
ムスメを学校に迎えに行く
マンションの真裏が学校なので
すぐ迎えに行けて本当に助かった
でも
帰ってくるのに時間がかかりすぎて
地震発生から1時間以上経っていたかもしれない
ムスメは大号泣で
「何してたの!!!!!!!」
担任の先生は
「頑張ってましたよ!」
お礼を言って引き取り
そこで初めて我が家に入ると
もう玄関からひっちゃかめっちゃかで
靴のままスリッパを履いて
リビングにたどり着くまでに
いろいろな散乱物を跨ぎ
でもまだ何度も揺れるから
中に居られないし
寒いし怖いし
コンビニに見に行った友だち親子に
会いに行って
今後どうするか話して
一旦学校の体育館に避難しようという事になって
敷物になりそうなものを探して
毛布を持って行ってみたら
もう人がびっちりで
毛布を四つ折りぐらいの場所しかないの
ダンナも帰ってきて一緒に居るの?
デッカいからムリ…
そしたら友だちが
「学校が校庭を解放してくれて
車中泊できるスペースを貸してくれるみたい
うち、車で泊まる事にする」
って言うんで
「私も!!!」って
すぐさま毛布を畳んで車に行った
我が家のガソリンは半分以下だった
(あれからガソリンは
半分になったら満タンにするようにしてる)
車種も広くないどころか狭い
(23年乗った車を5年前に買い替えたけど
やっぱ広くはない)
でもちびちび使いながら
人に気兼ねせずに居られるから
友だちの情報キャッチが早くて良かった
校庭にすんなり入れて
車を停められた
いったい何時だったのか
時間なんて全然わからないけど
とにかく居られる場所が確保できれば
職場から2時間半歩いて帰ってくるダンナも
ひと息つければ
家族で一緒に居られれば
何とかなると思った
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その後の話もいろいろあるけど
15年前の今日の事だけ
仙台に引っ越してきてから4年経ち
ムスメは小学校の卒業式を
控えた春のことでした
命に関わる事には
ならなかったけど
それなりに傷ついてはいるから
あんまり話題にしたくないし
誰かに何か言われたくもない
その頃の友だちとも
もうかなり疎遠になってます
親たちとも
この話はしない
全然わからないから
4月が来れば
仙台暮らし19年目に入りますが
(20年目だった〜)
実は
ダンナの転勤が決まり
長い長いここでの日々は終わります
ダンナだけ仕事の都合上
先に行き
職場環境の都合上
我が家の引っ越しは初夏ごろ
だそうです
荷造り出来る自信がない
パワー不足で
この際未練に囚われず
雑貨を断捨離するしかないか
そんな遠くに行くわけではないのですが
青森(八戸)7年
↓
宮城(仙台)18年
↓丸19年だった〜
☆岩手(盛岡)?年?
です
もう地元(千葉)とほぼ同じだけ
東北に居るよ
幕張(生まれた)2年
↓
船橋(社宅)3年
↓
佐原(社宅)1年
↓
稲毛(社宅)6年
↓
天台(社宅)10年
↓
市原(実家建てた)3年
↓
津田沼(一人暮らし)4年
↓
亀有(結婚した)2年
結構引っ越してるのね
でもずーっと千葉県民だった
こんな未来があったとはね
時の流れが早いとは思わないけど
過ぎてみると
小さな胸の疼きというか
もっとちゃんと楽しんでおけば良かったなとか
もっとキチンとしてれば良かったなとか
フワッとした後悔…みたいなものが
そこで
「トシとったなぁ」
とは思う、ワタシ
☆☆☆
日々
噛み締めながら
生きてゆきたいと思います
どこに居ても
この日はワタシの中にある