
いつかの空
あんまり楽しい話ではないんだけど
季節ものなのか?と思うくらいに
障害を持つ子どもの就学のことがThreadsにて話題になっていた
どうやら、星野真里さんとおっしゃる方の娘さんが、身体の不自由があるなかで普通級にて就学している
そのクラスの中での在り方に対して
保護者である星野さんが発言したことが発端
教室の一番後ろにポツンと
放置されていた
ショックだったと、そんな感じのことらしい
それに対しての意見が、配慮が必要ならば支援級、支援校へいけばいいという
確かに一理ある、そのための配慮として支援級、支援校はある筈なので
でも、そこで星野さんの娘さんが求める教育は受けられるのか
多分、受けられないと思う
知的には何ら問題もない
だから、普通級での授業を
ということだろう
肢体不自由、知的障害
いろんな障害を得てしまっていると
難しいことがたくさんあるだろう
私が想像するよりも、遥かに、ね
ここからは言葉や表現がきつく感じられるかもしれないが
同じではないと区別し
同等の結果をもたらせる教育を
与えないのであるならば
障害を持つ人たちが、社会に出てからの生活を支えるのは当たり前のことではないだろうか?
勿論、綺麗事です
平等な結果を得られる筈の教育を
受け取れるようにしなかったのは
国や社会では?
仕事をし、個人で生活を成立させられるような教育を与えられなかったのだから各家庭に丸投げしてしまうのは
どうなんだろう?
ならば、結果を受け取り、対応するしかないのではないのかな?
障害や特性がある子どもがクラスにいることは、間違いなく、負担はある
これは、娘の小学校時代に
思い知りました
嫌と言えないことや、優しさを搾取する形で、先生からも押し付けられたことがありました
学校は社会の縮図です
一握りの人に負担を背負わせることが当たり前に行われてしまうこと、ある意味、そうされなかった側は成功体験をしてしまっています
自分が嫌だと思うことを誰かに任せてしまえばいい、根底にそんなものが出来てしまっていたら?
自分の権利の主張だけをする生き物になってしまいませんか?
教室という世界のことであるならば
子どもたちの意見はきいたのだろうか?
まとまりも何にもなくなったけど
毎年この時期になると考えさせられることのひとつでした