ハタチになって四国のお遍路をすることを決意した

お遍路とは札所という四国に88箇所ある神社を回ることで、

わたしは歩き遍路と呼ばれる歩いて回る方法を選んだ

30リットルのバックパックを背負って歩く

徳島県にある一番さん、霊仙寺から始まり、初日はとりあえず二番まで行けたらいいかなーとか思ってたら、

一見怪しそうなおじさんにナビしてもらい四番まで

本当に親切だった
ありがとう

ちなみに一番で白衣、金剛棒、線香、蝋燭、納経帳を買った

とりあえず必需品

最初はお遍路さんらしい格好なんてしたくなかったよ

でも、どうせお遍路さんするならさ、お遍路さんらしい格好して、お遍路さんらしい対応してもらうほうが楽しいんよ

そして金剛棒は、蛇よけ熊よけにもなるし、わたしは勝手に悪人よけにもなると思ってる
特に若い女の子には

始めにナビしてくれた人が言ってた

あの藪の中に引きずり込まれたらどうする?
赤ちゃんできたりしたらどうする?
って

特に気をつけなあかんのは、同じお遍路さん
地元ちゃうから
何しても支障ないから

初日から気を引きしめなおした

実は補足すると、手術後から37度代の熱が毎日続く。

ちなみに今日わたしは退院だけど、まだ熱が平熱にならない。

炎症を起こしているからだそう。



ごはんも食べれない、しゃべれない、人とも会えない、それでも入院中得るものは少しあった。


それは看護師と医師の優しさ


看護師は本当にすごい

入院したことなかったから全く分からなかった

ヨダレを垂れ流している人にもトイレに行けない人にもどんなに他人の汚いものの処理も、何事もなくやってしまう

そしていつも忙しいのに笑顔

それなのにちょっとしたミスで患者に怒られたり…

なんか看護師って仏みたい

わたしにとっては医者もすごく優しかった

担当医だけじゃなく科全員が優しくて、

わたしが大人げなく毎回泣きわめくからだと思うけど、

暇なときは病室に来てくれて、見舞いが来ないわたしにお母さんだと思っていいよって言ってくれたり、科の受付のおばちゃんには、暇なときは遊びに来てと言ってもらい、頼んでもないのに漫画を貸してくれ…


医者ってもっと冷たいイメージがあった

看護師さん
お医者様
受付のおばちゃん
ありがとうございました


顎変形症の最終章ですね。
手術後の話です。

胃に流動食を流し込むための鼻から入った管は、わたしには抵抗があり、すぐに外してもらいました。

顔にぐるぐるに巻かれた包帯も2日で外してもらえました。

そのぐらいで、わたしはやっと動けるようになりました。

お小水(おしっこ)はあそこに管をつけて、止めていました。大便は手術前に浣腸をしていたので出ませんでした。

動けるようになると、その管も取ってもらいました。

そのとき、やっと鏡で自分の顔を見ました。


先生にはもともと顔が2倍ぐらいに腫れると言われてました。

わたしは想像がつかなかったけど、知り合いにはアンパンマンみたいになるんじゃない、とからかわれ、そんな風になるのかと考えていました。

だから、想像できなかったから、覚悟もしてなかった。


鏡を見た瞬間、何も考えれなかった。

考えないようにしよう、あれは別人だ、

自分だなんて思いたくなかった。

アンパンマン、そうだったらいいのに。それぐらいならよかった。

生き物じゃない。

想像力をふりしぼって表現するなら、風船


そんなわたしに歯にゴムをかける、ということをされた。

なぜなら手術後の顎は非常に不安定で、ガチガチに固定させる必要があった。君のこれからの噛み合わせはここ、と決めるために。


本当は手術中にしてしまう予定だったが、手術後吐いたら口が開けれないので窒息してしまう可能性があったから、先伸ばしした。

実際手術の次の日わたしは吐いたし。


ゴムをかける、歯を固定する、言葉で言うのは容易い。

このときわたしは初めて狂った。泣いて狂って先生にあたって、そういうことは手術後何回かあったけど、このときが最初だった。

狂うぐらい痛い
歯を固定させるということは、折れた骨を強制的に動かすということ

しかもゴムは3日もすれば伸びてきてしまう。3日後にはゴムを取り替えなければならない。そのたびわたしは治療のベッドで泣きながらゴムをかけられ、そのあと狂ったように先生にあたり、先生も困っていた。病室に帰ってもずっと泣き続けていた。それから冷静になって自分の行動が恥ずかしくなり、次の日先生に謝るという感じだった。

治療に関しては、あと1日1ミリ下あごを伸ばすということをした。手術のときのネジを回していくのだ。それが1週間続く。このときの痛みは個人差があるらしい。骨がだんだん固まってくるので伸ばしにくくなる。

入院中の治療はそれだけ。あとは消毒だったり抜糸だったり。

では入院期間だが、予定では3週間。でも実際は4週目に入った。

入院中の栄養は3日ほど点滴で、それからは流動食。流動食食べれる前に口の血を取っていた管を切る。管が入っていた口、あと先ほど話した鼻はしばらくただれた。


口が開けれないので、食べれないし、もちろんしゃべれもしない。

それが、どれだけつらいか





流動食は毎日同じで飽きるし、だいたい1ヶ月も流動食を食べる患者はあまりいないから、誰も何も言わないんだろう

喋れないし、腫れてるともちろん誰にも会えない

精神的に病む

そしてわたしはまだ入院中

明後日退院だけど


この手術について、参考にしてもらいたい
客観的ではないからこそ、参考になると思う

この手術を、しようと思う人に、わたしは言いたいことがあるけれど、それはもう分かってると思う

だから自分で決めてほしい


最後に退院直前のわたしの様子ですが、まだ食べれないし、話せない。かなり腫れているし、腫れは半年かけて徐々に元にもどるそうだ。あごを伸ばすための金属は皮膚の下に入ったままだし精密さが足りなかったのか、右ほほは金属で膨れている。

さて今のわたしは幸せではない。

でもそんな悲観的じゃない。

未来のわたしは笑ってると信じたい