手術のきっかけ、手術までの準備、手術の内容は先日2つの日記で書きました。

では、手術中どんなことをされたのかを書きます。

5時間~6時間かかった大がかりな手術となりました。
なぜなら精密さが命の手術ですから、微調整に時間がかかったのだと言います。

手術中

全身麻酔。
呼吸確保のためにふつうは口に酸素マスクをつけるのですが、口の中の手術のため、それができません。

鼻から管を入れます。
代わりにこれで呼吸確保します。

もう1つの鼻の穴に胃まで届く管を入れます。
手術後食事ができないため、流動食を直接胃に流し込むためです。

そしてあごを切り、伸ばす金具を入れました。出血がひどいので、2本の管を患部に入れ、それを口からだらんと出し、血を溜めていきました。

術後の腫れがひどくなるので、顔に包帯を巻きました。


これが、先生が話してくれた手術の内容です。


そして、全身麻酔を解かれ、目が覚めました…

オペ直後のようでわたしはまだオペ室でした。

いきなり吐き気が襲ってきました。

そして大量の血を吐きました。

手術中にたくさん血を飲んでいたそうです。

そしてまた眠りにつきました。

起きたのは外が暗かったから、その日の夜。

その日の夜のことは、話したくないです。話すとこの手術をしようと思って参考にしてくれる人が、手術したくなくなると思います。

でも、知っておくべき。知って手術を受けるか再考してほしい。わたしにその機会はなかったから。

一言で言えば地獄。

最初に謝ります、客観的に書けなくてごめんなさい。

血とタンが止めどなく出てきて、寝たきりのわたしの喉をつまらせた。
息がつまる。
窒息。死ぬ。
窒息死ぬ窒息死ぬ
ずっと頭の中でその言葉だけが回ってた。
隣の看護師に吸引をジェスチャーでせがんだ。吸引で細いチューブで喉の血やタンを吸いとってもらった。頭が固定されていて、強制的に寝たきりになっているから、随時吐き出すということができないから。看護師が吸引をやめると、すぐにまた吸引をせがんだ。そうしないと本当に窒息で死ぬと思った。実際血とタンがずっと溢れ出ていた。
しかし看護師もわたしだけの面倒をみていられない。看護師はわたしに自分で吸引させてくれた。しかし同伴の母にはさせてくれない。医療行為にあたるから、と言っていた。
それは困った。なぜならわたしの意識は麻酔の影響で朦朧としていて、睡魔が襲っていた。目なんて開けられない。手も動かせない。眠い。でも苦しい。
麻酔で眠たいのに寝たら血とタンで窒息してしまう。寝たら死ぬ。


この夜は一生で一番長い夜だった。このときの苦しさわたしは忘れられない。

次の日、わたしはまた大量の血を吐いた。血を飲みすぎだろうと思った。その血は胃液と混ざり、黒い紫色だった。まるで千と千尋の化物が吐き出すみたいだった。

明日は術後の経過について書きます。たぶんそれでラストです。

昨日の日記の続きです。


手術前の準備として、矯正歯科でやってもらったことは、

①歯の上下に太いワイヤーをいれる

②そのワイヤーにゴムをかけるためのフックを着けてもらう(後でゴムをかけるということについての説明をします)

③理想の噛み合わせの位置での歯形をとる


手術に直接関わりがあったのはそれだけです。


それでは本題の顎変形症(下顎後退症)の手術の内容についてお話します。


まず、下あごを出す、伸ばすという手術は下あごの骨を切って、伸ばさなければなりません。


下あごの骨を切る、ということは、写真も模型もないので、誤解されるかもしれませんが、下あごの骨を一部スライスする、一部二枚おろしにする、といったほうがいいです。理由は神経です。
そして一部2枚になったあごを伸ばし、金具でとめる。
理論上これで可能です。
ですが、筋肉という問題がでてくる。伸ばした後であごの筋肉によっていくらか戻ってくるのです。
ですから、骨を切り、金具を付けたあと、ネジを取り付けてもらう方法をとりました。
ネジを手術後1日1ミリ伸ばし、筋肉の抵抗を受けにくくするのです。
わたしはそれを1週間続けました。


手術中のできごと、手術後についてはまた明日の日記で。


2010年2月16日にわたしが受けた手術について、赤裸々に話します。
あまり例のない手術なので、参考になれば嬉しいです。


わたしの病名は顎変形症(がくへんけいしょう)の下顎後退症(かがくこうたいしょう)というもの。つまり下あごが下がっていて、病気というよりは、生まれつきなもの。


しかしわたしの場合、幼い頃から歯の矯正をしてきており、その負担があごの発達を抑制し、より下あごが小さくなったと思われる。ちなみに顎関節症でもあった。


わたしが手術を決めたきっかけを話します。
3年ほど前、地元の大学病院に矯正に通っていた頃、「もう手術しかない」と担当医に言われた。
私と私の母親はもちろん戸惑い、手術以外の方法で治してくれる歯医者はないものかと探した。
すると、知人の家の歯科医が、手術しなくても治すことは可能だ、と言ってきたので、その小さな町医者に移った。
そこで2年の矯正治療を行い、ある程度見映えがマシになるまで治ったが、また同じく「これ以上は手術しかない」と言われた。しかしなおも手術を躊躇していたわたし。
翌年、上京を期にまたも歯医者を変えた。すると初診で「手術しかない」と言われた。それは矯正歯科が話す、矯正の限界であった。わたしは家族と相談し、手術を決意した。


その矯正歯科から、手術のために東京医科大学八王子医療センターを紹介された。そして手術までの間、矯正歯科と大学病院の口腔外科を行き来した。わたしは長年の矯正で歯並びはよかったが、その矯正歯科に通っていた。なぜなら、手術後上あごと下あごを歯にゴムをひっかけて固定する。その際の力に耐えられる太いワイヤーを着けなければならなかったからだ。

そして約1年後手術をした。内容は長くなるので、また明日の日記に。