財政再建に関する一研究。
論文:北朝鮮以来の管理統制経済の開始宣言
著:Friedrich Engerukeisuu-takaidesu
経済危機である。PCが壊れたことは想定外であったし、それに対する支出も想定外であった。
来年から再来年に出るという次世代Windows Vistaに対する投資はしようと思っていた。
(Vistaに関しては、専門誌では大した変化はないという評価もあるが。)
でもこんなに早く、しかもXP世代に更なる投資をすることは計画外である。
私も、ホリエモンみたいに「想定の範囲内ですね」みたいなことを言い放ってみたいものである。
しかしながら、Sony Timerという伝説上の生き物は、その息吹を現実的に放ったのであった。
さて、未曾有の経済危機である。想定の範囲内は、入学金・学費・生活費・友人の結婚祝い等々
であって、PCについては「一切」の想定をしていなかった・・・大学院生といわず、この時代、
PCがないのは生活に支障を来たすと言っても過言でないことは否定できないだろう。
さて、こうして訪れた未曾有の経済危機であるが、それに対する某Y国(私)の反応は至って鈍い。
なぜか。どうも「弛緩」しているようである。実は経済危機、今に始まったことではない。
「よって」、この経済危機に長年浸っていたことから「悪慣れ」しているのである。
では某Y国の経済危機の起源・・・悪慣れの起源は、いったいいつなのであろうか。
本論の問題意識はこうしたものであり、最終的にそれに対する施策を提案するのが
最終的な目標である。
・・・・・
1997年、東南アジアを中心として、世界では金融危機が起こった。その要因は内外様々な
ものの複合的なものであったが、それに対してアメリカ主導のIMF統制経済が大きな力を
振るった。それは良かれ悪しかれというものであったが、結果としては諸国のマクロ経済の
安定を導いたことは事実でもあろう。
某Y国の経済危機は、奇遇にも同年から始まる。その要因はアジア経済危機と同様の
短期資本の過剰状態に代表されるグローバリゼーションの動きという国際的動きと、
財閥に代表されるようなクローニーキャピタリズム(縁故資本主義)などの国内的要素が
非整合的になり、その状態が末期に至った・・・という要因らとはまったく関係ない、某Y国の
経済危機は母国からの独立がもっとも大きな原因である、と論じたのは、日本・上野帝国大学で
近隣の風俗研究や男女の協調・対立をゲーム理論から探る研究を続けているTakasy. Kuma Bullである。
独立・・・それも激しい戦いを経た後の分離独立であった。それは母国との長年の対立から引き起こされた
母国からの要請(封じ込め戦略)でもあり、それも兼ねての某Y国自身の選択でもあった。
独立を果たした某Y国は、財源「0」のスタートであったことから、夜間に従事する、ある産業を
財源とする政策を執ることになった。某国がアヘン栽培することから財源を得ていったように、
某Y国もまた人には言えないような夜型仕事による財源を見つけ、それを2年続けたのである。
一ヶ月税収がおよそ16万円であった某Y国も、途中、一ヶ月税収全てを原チャ運転中に
道に落として失くすという短期的な経済危機も迎えることがたびたびであった。しかしながら
その間は歳出も約10万円といったところで、毎月6万の繰越が起こるという、若干、バブリーな
状態であったことも事実である。そうして経済危機といっても、破綻というものではなかった。
問題はそれから数年後である。それはもう、自転車操業という状況になってきた。
特に悲惨だったのが、某Y国が埼玉の某A大学国に植民地統治されていた時代であった。
当時、某A大学国の経営的課題から、某Y国は搾取の対象となり、年間100万×4年=計400万ペソの
搾取が行われた。他大学国が、搾取額を年々減らしていく傾向が多いのに対し、この某A大学国は
4年間一律、しかも金額が高いままという、やや変わった側に属す国であったといえる。
一方、某Y国も決して搾取されて黙ってばかりでいた訳でなく、抵抗運動を必死に繰り広げていった。
そうした試行錯誤の結果、様々な恩賞を得て、少なくとも60万ペソを奪い返したのである。
だが、それこそ、日本国の予算の多くが国債で賄われているのと類似した状況にあるのは変わらない。
そうした中で日本国は歳出削減---特別会計なども含め、様々に削減の議論が進む一方、
高齢化の進む社会の中で税収の大幅な減少が見込めることもあり、また国債を減らすという
目的の達成のためには大幅な増税を必要としている段階にある。およそ増やせるところは
増やしていく訳だが、その一つが消費税議論である。
なお、今回PCの購入では、この消費税が上がる前だったこと、これだけが唯一の救い、
という自分への慰めが、少し出来そうで、出来なさそう、こんな嬉し泣きをしている某Y国である。
さて、話を戻すと、日本国に見習って、某Y国も歳出削減を図っていかねばならないのは
必至である。某A大学国の植民地統治時代、某Y国は恥ずかしい事実ながらも、ある意味計画経済の
はしりである「家計簿」なるものを途中からつけ始めた。これは毎年上納する100万ペソの「年貢」を
どう工面するのか、その問題を解決するには、こうした対策をするほかなかったためであった。
だがその結果、近隣諸国から若干の経済援助を受けながら、何とか年貢の上納を完納したのである。
ところがこの歳出削減も、かなり無理が出てきた。明らかに歳出が大幅な増加を見せたのが
某Y国の立地する場所に由来する=交通・輸送に関するものである。政治・経済交流には
名著J・Nyeの「国際紛争」の冒頭に出てくるように「交通」というものが大きな要素となった。
メイフラワー号の時代から、電話開発の時代・・・大きな変化は、その地理の密接化である。
ところが今某Y国が移転し、立地するところは、最近交通革命が起こったものの、未だもって
未開の地である側面は否定できない。そうした交通革命の不十分性は、無駄な歳出を生んでいる
状況にある。なお某Y国の立地の悪さについて、身を持ってこの所属「県」の「田舎性」を感じ、
それを論じたことから大きな成果を生み出したのが、渋谷一等地大大学院で「女から身を守る」と
「ハード・ゲイは身を助く」という文脈で安全保障論の研究に従事しようとしているGoro. Noguchiである。
また新たに某B大学国の植民地下に入ったことも、経済危機の連続性に大きな影響を
与えている。某Y国自ら「世界の中の日米同盟」という小泉の言葉を倣ったのか定かではないが、
『どうやら、某Y国は、某B大学国の植民地下に入ることが小泉のように「世界の中へ通づる」と思った
ふしがあるようだ』と論じ、立証したのは、アメリカ・コロンビアブレンド大学でPh.D(男女・夫婦関係論)を
盗ってきたAkitoshu. Miyasako de Mesquita(Goro Noguchiは彼の弟子)である。
結果、予想以上に某B大学国で年貢を納めることになった訳であるが、それなりに想定内でも
あったことも事実である。それなりに学内で勤労する機会が機会均等法により与えられており、
何とかなっている側面も少しながらあるのが事実のようだ。
しかしながら、今回のPC購入という特別会計については別問題である。
それは急にステルス戦闘機を1000台も発注するようなものである。
あまり例えが上手くいかないのは、もはや某Y国も焦ってネタ切れであることをご了解願いたい。
さて、歳出削減が無理であるならば、増税に踏み切るしかないのは、日本国を見れば一目瞭然である。
「いつか来た道」
そんな状態で日本国を後追い・・・否、某Y国こそが日本国を体現しているとも表現できようか。
さて、増税するにはどんな方法があるか。まず勤労する人口を増やすことが重要になってくる。
労働人口--特に契約雇用の増大が日本の税収に影響を与えていることを考えれば、
某Y国の勤労形態を変えることも一つの手であろう。これは冬のシーズン時期に行う予定である。
もう一つ、某Y国も「税収が増やせないのか」という問題提起がある。
すなわち、某Y国に対する年貢制を実施する可能性を探るというものだ。
これはすなわちどういうことか。
某Y国が歳出を行う過程においては、某B大学国だけではなく、実質上の宗主国である日本国に
「税」を納めている。そのもっとも大きなものが先に挙げた「消費税」である。
某Y国が消費する中で、その5%が日本国へ上納されている。つまり10万支出したら、5000円を
支出のほかに日本国へ上納しているのである。
では、某Y国にも税を納めればいいのではないか。これが某Y国の財政増収へ導かれる道であろう。
では、税をかけるということは一体どういうことか。
その答えは次のようなものである。某Y国が消費するたびに5%日本国へ上納している。
それと同時に某Y国へも同5%を上納すればよいのではないか。
つまり消費税10%(12%議論もあるが・・・)を「前倒し」するのである。
そうすれば、各消費毎に5%の収入が起こり、そうして某Y国の税収が生まれ、
財政的に豊かになるのではないか、という議論である。
と、PC修理の見積もり電話を受け取ってから数時間後、夜道を歩いている中でふと閃いた名案である。
これはそれぞれの各国(家庭)でのヤリクリに困っている奥様方にも応用される名案であろう。
おぉ、この管理統制経済を実施しよう!!おぉ、我ながら名案!!
・・・と閃いて1分後、ふと思う。
これは一つの問題がある。それは、そうした増税により「消費意欲が抑制される」という問題である・・・
その結果、消費力低下による日本経済の圧迫がひき起こる可能性が生まれる訳だ。
つまり家庭内歳入の増加には繋がるが、国家内の歳入の増加には繋がらないというパラドックスを
秘めてしまう・・・
あぁ、名案を思いついたと思ったのに、すぐさま迷案とでも冥案とでも言えるものになってしまった・・・
考えるのに数時間、それを潰すのに1分間である。
まさに、世は儚いものである。
だからこそ、前出のAkitoshu. Miyasako de Mesquitaはこう言い切ったわけだ。
「私たちが携わってる研究は、こうして『非生産的』な活動なんだよね・・・」と・・・。
※筆者からのささやかなお願い。
本論は、著作権は「あまり」存在しない。しかしながら実話をもとにした創作物であることは事実である。ただし、書いた本人ですら、どこまで自己の尊厳を大事にしようとしたかは未知数である。笑い話であるが、笑い話でもない、そういうキワドイ作品であることは、それなりに自覚している。よって人には本blogを、筆者から直接聞いた人以外には教えないよう、お願いしたい。
また実名でないが虚名で名前をお借りした方で、気分を害した方がいらっしゃったら率直に言ってください。即削除致します。なお、虚名であれ、発言の主旨は曲げていません。ほぼ実話です(笑)