服部夢仁オフィシャルブログ

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作曲家 服部夢仁のブログ

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ついさっきのこと。


麻丘めぐみの「わたしの彼は左きき」を聞いていたら、ふと…「このベース、江藤さんじゃない…?」と思い、もう一度聞いてみた。ほぼ確信を得て久々に彼のHPを開くと、レコーディング参加作品が昨年追記されており、そこには「左きき」の文字が。


やっぱり!
江藤さん…

江藤勲さんは、昭和を代表するスタジオミュージシャンで、数え切れないほどのヒット作品のベースを弾き、昭和歌謡・ポップス界を陰で支えたレジェンド。その数が多過ぎてご本人も参加作品が全て把握できないほどだった。


幸運なことに、過去に一度だけ共演させていただいたことがある。とても気さくな方で、その共演がキッカケで何度かジャズのライブにもお邪魔したことがある。「服部くんも今度一緒にズージャー(JAZZのこと)やろうよ!」と熱心に誘っていてくださっていたことを思い出す。それからも時折電話やメールのやり取りがあったように思うが、暫く経った2015年に急逝、Yahooニュースで知った時のショックは小さくなかった。


こんなところで江藤さんに逢えるとは…。
3度目の「左きき」を聴きながら、街の灯りが滲んだのだった。



http://www.eto-isao-bass.jpn.org/Eto_Isao/Welcome.html





先日、福島県の南相馬市にあるお寺に訪問する機会があった。

 
 
南相馬市といえば、福島第1原発から20km圏内を含む。
 
 
 
向かう途中の高速道路からは、福島第1原発で作業中のクレーンを見ることが出来た。
 
 
高速道路から原発までは6kmほどしか離れていない。
 
 
 
 
除染作業中の様子が生々しい。

 

 

 

 
 
 
 
訪れたのは常福寺さんというお寺。
 
 
立ち入り制限区域からは外れており、比較的地盤の堅い土地に建っているとのことで建物に大きなダメージはなかったそうだが、すぐ隣の町は液状化現象が発生したりと大変だったようだ。
 
 
 
震災の揺れで礎石からズレた本堂の柱
 
 
 
 
ご住職から、震災当日とその後の生々しいお話を聞くことが出来た。
 
 
地震の翌日、情報があまりない中で、法事の予定が入っていたという檀家さんのお宅に向かうと、海岸線に立っていたはずの松が押し寄せていて辿り着けなかったこと。ほとんどの住民が避難する中で1人残り、ガソリン不足に悩まされながら葬儀屋さんと密に情報交換して檀家さんの遺体が火葬場に運び込まれる度に火葬場へ通ったこと。立ち入り制限区域のお寺の住職が、全国に散ってしまった檀家さんと懸命に連絡を取り続けていること。
 
 
 
印象に残った言葉は、
3.11が近づくと、いつも原発を考える番組や活動が活発化しますが、3.11は地震があって、津波がきて、多くの人が亡くなった日です。原発の存在意義を考えるその日ではありません。
というものだった。
 
 
気さくに、和かに話をされるご住職の瞳に、一瞬鋭い光が宿ったように思えた。
 
 
 
石巻や女川、南三陸に比べると津波による死者、行方不明者の絶対数こそ少なかったものの、それでも海岸に近い集落の檀家さん70件ほどで50名近い死者、行方不明者も5〜6名いるという。
 
海岸の松は全て流され、陸から海が見えるという光景は未だに慣れず、見るたびにゾッとするそうである。
 
 
震災から8年が経過し、ようやくの訪問であったが、貴重な体験となった。ご縁をくださった方々に感謝したい。
 
 
 
 
服部
 

僕と尾崎豊の、本当の意味での出会いは遅かった。

 
存在を知ってはいたが、小学校の同級生が教祖のように崇めているのを横目に、泣き喚くように歌う人、というぐらいの印象しかなかった。
 
 
時は過ぎ、彼も亡くなって久しい頃。私が大学に入り、当時の同級生が学校のロビーで弾き語りをしている尾崎の曲を聞いて、初めて興味を持ったように思う。
 
何よりも驚いたのは、その主たる代名詞ともいえる曲のほとんどを10代で書いたということ。メロディーもさる事ながら、歌詞の内容。時間をかけて体得していくであろうはずの熟練したような感性と若者らしい感性が融合した独特の世界観。簡単に言ってしまえば、16歳でその詞を書くか普通?という印象である。
 
20年近く前のこと、友人が自宅に遊びに来て飲んだ時にたまたま尾崎豊の命日ということに気づき、2人とも大の尾崎ファンということでもなかったはずなのに明け方近くまでウイスキーを飲みながら彼の音楽や詞の世界観について語り明かした。
 
そんな、素直に人の心に自然と入り込んでくるような、尾崎豊の音楽。
26歳で夭折した彼の人生は、何のためにあったのだろうか、とそんな事をボンヤリと考えながら過ごす夜。

昨夜は浄土真宗のお寺で音楽法要のお仕事でした。

 

(毎年同じような写真を撮っている・・・)

 

 

浄土真宗の宗祖である親鸞上人の命日前後に行われる法要、報恩講の前日にお逮夜という法要がある。

そこで行われるのは重誓偈(じゅうせいげ)作法という音楽法要。仏教用の楽器ではなくオルガンの演奏に合わせて僧侶が様々な作法を行い、そして経典にメロディーをつけた仏教賛歌も含まれており、その伴奏も行う等、法要全編に渡ってオルガンと合わせた進行となっている。

 

謂わば西洋音楽と仏教経典を融合させた法要で、オルガンを使う点はおろか、ただの伴奏ではないというところも実に興味深い。

ゆえに、僧侶の動きに合わせて演奏したりする場面もあり、通常の伴奏などとは違った難しさがあったりする。

 

 

このお寺で使用するのは昔ながらの足踏みペダルのリードオルガン。

 

 

40分ほどの間、ペダルを踏んで空気を送りながら演奏する。

曲の切れ目など、うまく調節して音を減衰させてやれば綺麗に表現できたりするが、もう少し慣れが必要そうである。

 

 

この法要が終わると、一気に秋が深まっていく。

 

 

 

 

服部

 

シンガーソングライターの井上直之さんのインターネットラジオにゲスト出演させていただきました。

昨年の舞台「平和の申し子たちへ」のサウンドトラックから1曲流していただき、舞台の制作エピソードなどお話ししてきました。

 

最後にレギュラーのパーソナリティさんにサプライズが・・・!

 

 

時間があるときに聞いてみていただければ幸いです。

 

https://www.inosta.net/inosta-radio

 

 

 

服部