師走恒例「第九」丸亀市の寺で合唱 始まりは約100年前 寺にやってきたドイツ兵捕虜との交流から【香川】

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RSK山陽放送


https://newsdig.tbs.co.jp/articles/-/875357?display=1 



■丸亀市の本願寺塩屋別院で第九のコンサート


■なぜ、丸亀の寺で「第九」?それにしてもなぜ、丸亀の寺で第九なのでしょうか? そもそも日本ではじめて第九が演奏されたのは1918年。徳島県鳴門市にあった坂東俘虜収容所でのことでした。第一次世界大戦で捕虜となったドイツ兵が演奏したのだといいます。今回のコンサートを主催した丸亀市内の団体です。(丸亀ドイツ兵俘虜楽団の足跡を辿る会 篠原勉事務局長)「第一次世界大戦中、イギリスと同盟国であった日本が中国・青島で戦争して、そこで勝利したということで、そこでドイツ兵俘虜収容所ということで、ここの塩屋別院が場所として与えられて」約4700人いたドイツ兵捕虜のうち約300人が坂東俘虜収容所に移される前の2年5か月間、本願寺塩屋別院で収容生活を送りました。そこで楽団や合唱団が結成され音楽活動を行っていたのです。


中でも楽団は26回も演奏会を開いたという記録が残っています。境内の寺務所の前には。



■捕虜たちはなぜ収容所で音楽活動ができたのか。捕虜たちはなぜそうした活動ができたのか。当時、収容所では、パンやビールを作ったり、飛行機の模型を製作したりした記録も残されていて、収容生活とは言え自由な雰囲気があったといいます。(丸亀ドイツ兵俘虜楽団の足跡を辿る会 篠原勉事務局長)「第一次世界大戦はハーグ条約で人権を尊重しないといけないということで、大いに友好的に歓迎しますと地域住民の方が歓迎して人道的なつきあいをしたということを言われてます」その後、捕虜たちは鳴門市の坂東俘虜収容所に移送され、1918年、日本初の第九の演奏が行われました。第九の初演では丸亀収容所の合唱団も「合唱」を担当し、うちドイツ人捕虜のひとりがソロのバスパートを歌ったといいます。



(丸亀ドイツ兵俘虜楽団の足跡を辿る会 篠原勉事務局長)「主にこの男声合唱団が坂東俘虜収容所で指導したという史実が残っているらしいので、ここの丸亀での演奏・合唱活動が源流になって全国に第九が広まっていったかなと」およそ100年前、日本に第九が根づく芽を育んだ丸亀の寺院に響いた師走の第九です。



cf.

MBC NEWS

「300人規模の声に元気が出る」4年ぶりにかごしま県民第演奏会開催[12/13 19:02]

https://www.mbc.co.jp/news/article/2023121300068967.html 



宮崎日日新聞

歓喜の歌響き渡る 延岡で恒例「第九」演奏会

2023年12月17日

https://www.the-miyanichi.co.jp/?itemid=75128