side N







茂木と交代で、

何とか入浴と着替えを済ませた後。




茂「うぃー、これで泊まれるな!

  おっ、漫画めっけ!」




任務完了と漫画を手に、

ソファにゴロンと横たわる茂木。




『だな。ありがとな?』




俺はタオルとドライヤーを手に、

濡れた車椅子の手入れをしながら、

茂木に感謝を伝える。




動線を確保するべく

物の配置を多少変えてもらったから、

家を出ること以外は何とかなりそうだ。




茂「ところでさ、」




『なんだ?』




茂「ここ、あんま帰ってきてないんだろ?」




『あー、うん。退院して、

 荷物を取りに一、二度くらいかな?』




茂「にしては、めちゃくちゃ綺麗じゃね?」




『大家さんが空気の入れ替えとか

 してくれてるからかな』




茂「へー、良い大家さんだな」




『、うん。…だよな』




茂木に答えつつ、

俺は家の中をじっくりと見渡す。




どこを見ても、

俺が入院する前と変わらない。




でも、それはおかしいことだと

家に入ってすぐ俺は気付いていた。




床もソファも布団もホコリを被ってないし、

水回りもすぐに使える状態で。




むしろ俺が生活していたときよりも

明らかに綺麗に保たれている。




そして、

その答えはあまり考えなくても

すぐに理解できてしまうもの。




ここの鍵を持っているのは、

俺と大家さん、それから、ゆうちゃんだ。




彼女に鍵を渡していることを

忘れていたわけじゃない。




返してと言ってないだけで。




入院当初、掃除をしてくれてた彼女が、

それをやめた、とも言われていない。




家主の帰ってくるはずのないこの部屋を、

ゆうちゃんはどんな気持ちで

掃除してくれてんだろう。




そう考えると、

さっきの"おかえり"に全てが詰まっているようで、

胸がギュッと締め付けられた。







ブブッ




茂「おっ!飯できたって!」




メールが届いたのか、ピョンと跳ね起きた茂木。




テケテケと俺のところに来て、

車椅子に手を掛ける。




『というか、こんな時間に迷惑じゃないかな?

 お母さん。』




茂「あぁー、それな。

  一応俺もそう思って

  おんちゃんにメールしたんだけど」




少し言い淀んだ茂木だが、

今からどうせ分かることだと思ったのか

話を続ける。




茂「お母さん、夏休みだけの一時退院で、

  また入院してるらしいわ。」




『え。そうなのか?』




茂「おんちゃんも、今知ったって。」




『、そうなんだ、、』




ゆうちゃんには支えてくれる人がいると、

勝手に思い込んでいた分、凄く驚いてしまった。




それが茂木にも伝わったのか、

背後にいた彼は神妙な面持ちで

俺の前に来ると屈みこむ。




茂「あのさ、岡田」




『、なんだ?』




茂「お前たちが付き合い出したとき、

  俺に言ったこと、覚えてるか?」




『…あぁ。覚えてる』




"黙ってたことは謝る。

 だけど、彩希ちゃんは譲れない"




ゆうちゃんのことを諦めないぞと言った茂木に

俺が返した言葉だ。




茂「たとえさ、お前が譲ってくれようとしても

  彼女の気持ちが無ければ意味がないよな」




『…』




茂「俺はなんであれ、

  正々堂々勝負してお前に勝ちたい。

  もし負けても、後悔しないように。」




『、勝負、ってもな』




茂「理由づけして、気持ちで負けんなよ。

  最後まで諦めない奴が強いって

  お前が一番分かってるはずだ。


  本当に大事なもの、失う前に気付け。」




『…、茂木』




バン!と景気良く俺の肩を叩く彼。




真剣な話から打って変わって、

ニカッと笑うと立ち上がる。




茂「うっし!飯だ、飯!行くぞ」




やっぱり茂木は凄い。




ムードメーカーで、ヒーローで、一番の親友。




これから先も、

幾度となく助けられるだろう。




だから、俺も、

彼が望むような親友でありたい。




『茂木、俺、負けず嫌いなんだ。』




茂「おう。知ってる。」




『どうやったら、勝てるかめっちゃ考えてさ。』




茂「ホント敵にしたくない奴だよ笑」




『言い訳する前に、頑張ってみるわ』




茂「そうしてくれ!

  じゃないと俺も頑張り甲斐がないからな!」




足が、体が、生活が、環境が、

それらが変わっても、俺の心は自由なもの。




後悔しないように"諦めるな"




それを教えてくれる

かけがえのない友に誘われて、

俺はずっと遠ざかっていた彼女の家へ向かった。




















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