side N







カッカッカッ、




黒板を走るチョークの音。




(…ねむ、)




久しぶりの授業に新鮮さを感じたのは数日で、

慣れてしまえば集中力は続かず、

睡魔が襲ってくる。




(夢の中で授業受けたら眠くなんないのかな)




先生の声は子守唄というより呪文だな、とか、

関係ないことばかり考えながら頬杖をつく。




数ヶ月ぶりの学校は、

刺激的で、自由もあって、入院中と比べれば楽しい。




そう思えるのは、


授業中以外、俺と一緒にいてくれる茂木と、


教室で何かとサポートしてくれるおんちゃんと、


今までの学校生活通りに接してくれる

ゆうちゃんの、お陰だ。




こうなって初めて分かったのは、

他の誰かに頼み事をお願いするって

結構ストレスがかかるということ。




車椅子だから、手が届かないから、


ちょっと手伝ってほしい、

そこを退いてほしい、


そう言えば、周りは皆助けてくれる。




でも、

それを毎回、口にしないといけないとなると、

じわじわと心にダメージを重ねていくもので。




そんな中で、

あの三人はあまり言葉にしなくても、

気がついて自然と手を差し伸べてくれる。




それは彼らが俺のことを考えて、

気にかけてくれているからだ。




その言葉ない優しさが有り難いし、

支えられてるんだなと実感していた。




でも、その一方で。




一人では出来ないことだらけの日常。


一定のラインから進まなくなったリハビリ。


他人の手を借りなければならない現実。




これまで何回もの人生を

一人で生きてきた俺にとって、

それは想像したよりも遥かに

受け入れ難いものなのだとも思い知った。




心がポキっと折れそうで、

前向きなモチベーションを維持することは

なかなか難しくなってきている。




だからこそ、最近の俺は、

自分でも大袈裟だと思うほど、

元気に笑って快活を装っていた。




特に三人には

心のどんよりとしたものを悟られないように、


とにかく明るく過ごそうと

毎朝鏡に向かって言い聞かせて、登校する。




以前より親しみやすくなったらしい俺に、

一匹狼が、ペットに変わったみたいだと

周りは笑う。




足の具合やどこまで車椅子生活が続くか、

その真相を皆は知らないし、

俺も言うつもりはない。




深刻な問題も、

楽観的な雰囲気で誤魔化す俺を、

茂木達は暖かい目で見守ってくれているように

何も言いはしなかった。




けれど、

俺の精一杯の強がりが突き進む道は、

多分、正解じゃないのだろう。




だって…。






"…、なので、ここをXとして、…"




カキカキ。




変わらず退屈な授業中。



変わらない、彼女の後ろの席。



黒板に向かう熱心な背中を見つめる

相変わらずの俺。




(…痩せた、な)




細い身体が更に細くなったゆうちゃん。




学校での俺たちは

一緒にいるし、話すし、笑い合ったりもして、

周りから見れば、何も変わっていない。




でも、

本当の二人っきりになることはほとんどなく、


当然ながら、

お昼の彼女のお弁当はなくなったし、

放課後の二人の日常は戻ってはこない。




(ちゃんと食べてるのかな…)




お母さんもいるから大丈夫だろうとは思っても、

日に日に元気がなくなっていく様子が心配で。




その原因が

自分であることは明白な事実だ。




だが、

心配だとも言ってあげられないトモダチな俺。




元気を装う俺に合わせて、

元気なフリをしてくれるゆうちゃん。




ゆうちゃんを守りたくて傷つけたくなくて

選んだ道。




将来のことを考えれば、

間違ってないはずだと思うのに、


心を閉ざして俺の友達を演じてくれる彼女に、

ただただ心が痛い。




しかしながら、

今更、何をしても、どこを向いても、

悪手にしかならない気がして、

まさに八方塞がりだと感じてる。




(ごめん、ね)




もはや面と向かって謝ることも憚られる。




俺は後ろの席の特権を放棄して、

開いただけのノートに

俯くように視線を落とした。







キーンコーン、カーンコーン。




"起立ー、"




ガタンと椅子が動く音にハッとする。




(っ!…やべ!寝てたっ)




"ありがとうございましたー"




顔を上げると、

終わりの挨拶をするクラスメイト。




本日最後の授業は爆睡で終了したしまった模様。




起立出来ない俺は

バレなくて良かったと苦笑いを浮かべる。




すると、




「なぁくん、寝てたでしょ?笑」




ゆうちゃんがクルリと振り返って

何故か寝ていたことを言い当ててくる。




『えっなんで、分かった?』




「イビキ、」




『うそ!?まじで、、?』




「うそ。なんとなくそう思っただけ?」




ニコッと微笑むゆうちゃんに、

俺の心臓は相変わらずドクンと高鳴る。




『ぉ、ぉぅ、イビキかいてなくて良かった』




「ふふ」




今の俺にとって

このなんてことない日常会話すら貴重なもの。




机の上の物を片付けながら、

それを噛み締めるように記憶していると、




お「ぁー疲れたー!」




帰る支度を整えたおんちゃんが近づいてくる。




「今から塾でしょ?」




『大変だな』




お「休みたい、帰って寝たい」




今回も医学部を目指すおんちゃんは

受験モードで寝るまま惜しんで勉強づけらしい。




「ヨシヨシ」




ゆうちゃんに抱きついて慰めてもらうおんちゃんが

純粋に羨ましいなと心の底の方で思う。




ガララ!!




茂「おつ、おっつー!!!」

  



そんなところに、

いつも通り元気の塊が登場。




お「あれ?今日補講じゃないの?」




茂「そーなんだよー、面倒くさいっ」




『いや、今までサボってるからだろ?』




お「推薦で大学決まったのに、留年なんてねぇ」




『ドンマイ、茂木』




「ふふふ」




茂「なんだよ、皆して!」




『んで、どうしたんだよ?

 そろそろホントに補講始まるだろ?』




茂「んにゃ、迎えのとこまで岡田送ってくるったら

  遅れてもいいって言われた」




お「岡田くんはウチラと帰るから、

  茂木くんは補講行きなよー」




茂「良いから良いから!

  5分でも10分でも減ればいいんだよ」




『サボる気満々だな笑』




夏休み中にスポーツ推薦で大学が決まった茂木は

先日の中間試験で赤点まみれ。




どうやら毎度試験対策をしてくれてたおんちゃんが

受験勉強で忙しくなった結果らしい。




卒業の危機に、

これからしばらくはみっちり補講があるそうだ。




『つか、もう一人でも帰れるから、

 早く行ってこい。』




茂「うぇー!?」




お「はい、いってらー」




茂「そんなっ」




「頑張ってね?」




茂「…、へい。」




しょんぼりと項垂れた茂木は

それでも補講時間を減らすべく

ゆっくりと教室を出て行った。




お「苦笑。

  んじゃ、ウチらも帰ろう?」




「そーだね笑」




『あ、俺も、先生に呼ばれてるだった。』




お「そうなの?じゃあ待ってるよ」




『ありがと。でも、迎えもすぐそこだし、

 時間どれだけかかるか分かんないから

 先に帰っていいよ』




お「んーでも」




『おんちゃん塾でしょ?

 ゆうちゃんも一人で帰るのは危ないから』




「、ホントに平気?」




『うんっあれだったら校内まで車で入ってもらうし』




「じゃあ、帰ろっか、おんちゃん」




お「そーだね、うん。」




二人は心配そうだけど、

俺の意思を尊重してくれる。




それから、

途中まで付き添ってくれた二人に

バイバイと元気に手を振って見送った後、

俺は一人職員室へ向かった。





















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