side N







クイクイ。




ネクタイをキュッと整えて、

やっぱりちょっとキツくなったシャツの袖を

グッと引っ張ってみる。




鏡の中の、制服姿の自分。




何だか凄く新鮮に感じながら

数日前に切った髪を少しイジって、

シルバーグレーの髪色に満足気に顔を緩める。




今日から俺は学校に復帰する。




今までなら寝癖がついたままでも、

全然登校してた。




けれど、

今日に限っては少しの緊張感もあって、

念入りに身だしなみをチェックしている。




峯「そろそろ出発するよー」




『はい!今行きます!』




カラカラ。




室内用の車椅子を押して玄関へ向かうと、

外出用のそれを出して待ってくれてる峯岸先生。




夏休みの終わる前に退院を果たした俺は、

そのまま先生のマンションで過ごしている。




ここはフルフラットの

バリアフリー設計がされていて、

今の俺にとっては生活がしやすい。




峯「ほい、」




『ありがとう、ござい、ますっ』




車椅子を乗り換える俺の体を

すでに慣れた手つきで支えてくれる先生。




先生も、先生の事務所の人も、

俺を迎えるために

忙しい中、

色々と勉強して準備をしてくれたらしい。




生活の不安を感じることなく過ごせているのは

凄く有り難いことだと思う。




峯「じゃあ、行きますか」




『ふぅ、はい』




まだ外出には慣れていないし、

何より今日は学校に行くのだ。




不安がないか、と言われれば嘘になる。




峯「もし帰りたくなったら

  連絡していいんだからね」




先生は大きく深呼吸する俺の肩をポンと叩く。




『はい、』




峯「今は試験期間。気楽に行こう」




先生は言う、

今は出来ないこと、難しいことを、

見つける期間なんだと。




ちょっとした段差が登れない、

物があって進めない、

手が届かなくて物が取れない。




今までできていたことができないのは辛い。




それでも、

できないことが分かれば、対策を立てられる。




早く一人で生活をできるようにと焦る俺に、

ゆっくり行こう、そう言ってくれる先生に

俺は一生頭が上がらないだろう。




それに、

ここに完全に引っ越さずに多くの荷物を

家に残したままの俺。




ばぁちゃんとも、ゆうちゃんとも、

思い出のあるあの家に、

もう住めないと分かってる。




けれど、

まだ全てを片付ける気持ちになれない。




それを理解してくれて

高校卒業までは

あのままにしておこうと言ってくれた。




周りに迷惑ばかりかけて

申し訳ないと思いながらも、

今は甘えること以外出来ない自分がいる。




ただ焦っても事態は変わらない。




とにかく今はできることをするしかない。




俺は心を新たに、

学校の初日というイベントに挑戦することにした。







それから、

マンションを出て、数十分。




ブーン。




学校のすぐ近くまで来て、

静かに止まる車。




ガチャッ。




峯「ホントにここでいいの?」




『はい、ここからは一人で行けます』




車に乗る時と反対の流れで、

先生の手を借りつつ、俺は車椅子に乗り込む。




ここからは平坦な道のりだし、

一人でも学校に辿り着けるはずだ。




バタン。




峯「うっし!じゃあがんばっといで!」




先生は少し着崩れた俺の制服を直してから、

ニコッと笑ってパンと背中を叩く。




『はいっ、いってきます!』




峯「いってらっしゃい!」




明るい声に見送られて

俺は元気よく、

車椅子に手を掛け、前に車輪を回す。




カラカラ。




…!コソコソ。




カラカラ。




コソコソ、ヒソヒソ…。




カラカラ。




…(視線が痛い)




距離はそんなにないんだけど、

登校中の生徒が俺の姿に声を潜める。




分かってたこととはいえ、

学校に着いたらどんな感じになることやら。




カラカラ…




茂「おっかだーーー!おはよー!!!」




『声でかっ』




校門が目に入ってきた途端に大声で呼ばれて

皆が俺の方に向く。




茂「おっせーよ!めっちゃ待ったじゃん!」




『アハハ、悪い』




声のボリュームはそのままに

元気な声を上げて俺を迎える茂木。




その隣にはおんちゃんと、

そして、ゆうちゃんがいる。




茂木の言動に苦笑いの二人だが、

ゆうちゃんは心なしか心配そうに見える。




そんな中、

茂木はさらに声を大きくして発する。




茂「夏休みに猫庇って交通事故だって?!

  お前はどんだけヒーローなんだよ笑」




お「ん?茂木くん?」




「え、?」




茂木の話に首を傾げる彼女達。




不思議そうにしているのは、周りもである。




これは俺が茂木に頼んだこと。




将来的に歩けるとか、歩けないとか、

そんなのは高校以降に関わらない人間には

必要のない情報で。




少なくとも、あと半年騙し通そせばいい。




茂木と俺の演技で、

ゆうちゃんへの周りの気持ちを

強制的に方向転換させる。




それが俺のゆうちゃんの守り方だった。
















イベントバナー