side N







時は過ぎて、三ヶ月後。




あの日を堺に、

ゆうちゃんのお見舞いの頻度は減っていった。




毎日が、二日に一回、三日に一回となって、

今では週に一度か十日に一回。




時間も、一時間もしないうちに帰っていく。




頻繁だったメールのやり取りも

朝と夜の、おはようとおやすみの連絡だけだ。




それでも。




元々、"友達"というより、

'ただの同級生'だった俺たち。




'そこ'まで戻ることがなかっただけ、

良かったのかもしれない。







『、、っしょ!』




"うん、いいね!その調子!"




彼女との時間が無くなった俺は、

リハビリと筋トレばかりしている。




折れそうになる心を誤魔化して、

彼女の居ない日々に

"これでいいんだ"の呪文を唱える。




そんな中で一つ、

リハビリを通して分かった朗報がある。




それは

右足は相変わらず全く動かないけど、

左足は麻痺が軽い、ということ。




と言っても、

自在に動くってレベルではない。




それでも、上手く左足を使えば

自力でベッドと車椅子の乗り移りくらいは

できるようになった。




"じゃあ、今日はこの辺でやめましょう"




『ありがとうございました』




作業療法士の先生に挨拶をして、

首に掛けたタオルで汗を拭う。




沢山動くわけでも動けるわけでもないのに、

1ゲームフル出場したくらい疲れるのは

不思議で仕方ない。




『ふぅ、、さて、』




日課となったリハビリが終わり、

俺はカラカラと車椅子を回して

リハビリ施設から出る。




車椅子も入院生活も手慣れてきたこの頃。




ベッドの上から動けないときよりは

大分ストレスも減ってきたように思う。




カラカラ。




『よいせ、、せっ、』




この新たな俺の移動手段と筋トレのおかけで、

上半身は鍛えられ、

Tシャツの袖がちょっとキツくなってきた。




(Tシャツのサイズアップしないとだなぁ)




このままいったら、

制服のシャツが入らないかも。




あと半年で卒業なのに、買い替えるのはなー。




そんなことを考えながら、

額に汗を流して

俺は自分の病室へ車椅子を進めた。






カラカラ。




『ついたー、、、ん?』




病室が見えるとこまで辿り着くと、

扉が開いていて、中から人の気配がする。




お「それ、お土産だよ、我慢して」




茂「だってー、腹減ったぁ!」




『…なに、騒いでんのさ 苦笑』




茂「おっす!岡田!

  ケーキ買ってきたんだ!食べようぜ!」




お「茂木くんが食べたいだけでしょ?苦笑

  岡田くん、リハビリお疲れ様!」




窓際の椅子に座って、

ケーキを狙う茂木と、叱るおんちゃん。




『お疲れ。ケーキ?ありがと。

 フォーク、そこの棚にあるぞ。』




茂「サンキュ!!岡田はどれたべる?!」




『俺は、後でいいや。好きなの食べなよ。

 おんちゃんもね?』




お「ありがと 苦笑」




せっせとケーキを食べる準備を始める茂木に

おんちゃんは終始苦笑い。




それにしても、

相変わらず、幼馴染コンビは仲が良い。




俺はそんな安定の二人に顔を緩め、

車椅子をベッド脇に着けて、ベッドを下げる。




茂「手伝うか?」




『んや、だいじょー、ぶっ』




足を手で動かして、

左足とほぼ腕の力で身体をベッドの上に。




ズイッと腰をしっかり乗せると

足を持って上げる。




『せっ、と。』




茂「スムーズになったな?」




念の為にと俺の後ろに来てくれた優しい茂木が

ニカッと笑って拳を差し出す。




『だろ?』




俺もそれに自分の拳をくっつけて笑った。




お「岡田くん、着替えるよね?

  私、飲み物買ってくる」




茂「はい!俺コーラ!」




お「却下!岡田くんはコーラ?」




『うん。お金、』




お「いいよいいよ!じゃ、行ってくるねー」




茂「いってらー!」




リハビリ後で汗だくの俺は

おんちゃんの気遣いを有り難く受け取って

着替えることにする。




『茂木、

 そこからTシャツと短パン取ってくれないか?」




茂「モグモグ、ん? ほれで、へへか?」




『うん、ありがと』




早速ケーキを食べる茂木の横で、

ポイッとTシャツを脱いで軽く汗を拭う。




茂「ケーキうまっ」




『そりゃ良かった 笑』




上は問題なく終わるものの、

下の着替えはなかなか大変で。




茂木が窓の外を眺めながら

ケーキを食べてるのは、彼の配慮だ。

 






『よし、完了』




茂「俺も完食!」




『腹減ってんだろ?もう一個食べれば?』




茂「いいのか!」




『いいよ 笑

 おんちゃん戻ってくる前に食べなよ』




茂「じゃっお言葉に甘え、」




お「甘えないの」




『ありゃ苦笑』




茂「ノーー!!!」




タイミングよく帰ってきたおんちゃんが

ケーキの箱を茂木から取り上げる。




でも、その手には

中身が沢山入ってそうな大きめの袋。




お「はい、岡田くんのコーラ」




『ありがと』




お「茂木くんはコーラとパン」




茂「おん様!ありがたやありがたやー!」




お「と、レシート。後で貰うからね!」




茂「、へい」




二人のやり取りが微笑ましくて、

ちょっと、羨ましい。




そんなことを思いつつ、

珍しく二人で来た彼らに俺は問いかける。




『ところで、今日はどうしたんだ?』




茂「ん、きょほ?、モグモグ、」




『うん。二人とも制服だし』




茂「、ゴクン。俺は補講!」




お「私は模擬試験だったの。」




『なるほど?』




学校は夏休み真っ只中。




全国大会も引退試合も終えた彼らは

本格的に受験モードなのだろう。




ちなみに、

俺の足のことを茂木に話したのは

夏休みに入る少し前くらいのこと。




ゆうちゃんから

話が伝わってるかなと思ってたけど、

彼女はおんちゃんにも

何も言わなかったらしい。




話をした翌日には血相を変えた茂木が

まさに乗り込んできて。




なんで言わないんだ!と

俺はこっぴどく怒られた。




そしてそれ以降、

部活が無くなって余程暇なのか、

ゆうちゃんよりも頻繁に

茂木はここにやって来るようになって。




元気な茂木といると、

俺も明るくいられて、正直助かっている。




お「あの、岡田くん。」




『ん?なに?』




バクバクとパンを詰め込んでる茂木の横で

パックのジュースを飲むおんちゃんが

何故か小さく挙手する。




お「二学期から学校来れるんだよね?」




『うん。何とか間に合いそうかな』




お「そっか、良かった、」




『ありがとう』




実は思ってたよりも早く決まった俺の退院。




夏休みがあったお陰と学校の配慮で

出席日数も問題ないようになってるらしい。




茂「んでもさ、どっから通うんだ?」




『卒業までは後見人の先生と住むよ』




茂「峯岸さんだっけ?弁護士の」




『うん。あと半年だから

 高校は卒業しなさいって言ってくれて。』




茂「そっか!良かったな!」




お「クラスの皆も、

  早く会いたいって言ってたよ」




『そう?でも、驚かせちゃうよな 苦笑』




茂「まぁ驚くだろうけど…。

  なんかあったら俺に言えよ?」




『おう。』




お「茂木くんも私も、協力するからね」




おんちゃんも茂木も、

俺の回復を喜んでくれて、そして、優しい。




でも、俺は、

今まで住んでいた家には戻れないし、

卒業も出来なくてもいいや、くらいに考えてた。




それは投げやりになったわけじゃなく、

繰り返し人生で得た経験値で

平凡でも生きていけるという自信があるからだ。




それに、

学校に戻った自分の姿から広がるだろう噂話で、

更にゆうちゃんを傷つけるのを

俺は恐れている。




茂「ゆうちゃんも喜んでるだろ?」




『ぁー、、うん』




お「今日ゆうちゃん来ないの?」




『え、っと、、今日は来ないよ』




俺とゆうちゃんが

まだ付き合ってると思ってる二人。




何故かゆうちゃんも伝えてないみたいだし、

俺もそれを伝えそびれたまま。




お「夏休み入って、全然会えてないから

  今日会えると思ったのになぁ」




『?模擬試験、来てなかったんだ?』




お「うん、居なかったよ?聞いてなかった?」




『うん。あ、そうだ、お母さん帰ってきてるし、

 ゆっくりしてるんじゃない、かな?』




お「ん?そうだね!そうかも」




茂「お母さんも良くなってるみたいだし、

  岡田も復帰だし、一安心だよな」




『、だな!』




一時は厳しい状況にあったゆうちゃんのお母さん。




その病状は奇跡的に好転して

一時退院できるまでになったと

少し前にゆうちゃんが教えてくれた。




今の彼女には

祖父母もお母さんも側にいる。


ゆうちゃんは一人じゃない。




そう思えば、心配も少し軽くなる。




だからこそ、




(尚更、波風立てたくないな)




関わらないで、気にしないで済む距離に

俺は行くべきだと思ってる。




だけど同時に、


せめて、高校を卒業するまで、


もしかしたら、ちゃんと友達に、


そんな都合の良い言い訳を重ねてしまう。




茂「退院したらさ、四人でお祝いしようぜ!』




お「いいね!受験前の景気づけも兼ねて」




茂「だなだな!岡田が好きなもの食おうよ」




『ハハッ、、そう、だな』




何を食べるか、何処に行くか、

車椅子が入れる店を、なんて盛り上がる二人。




楽しげな様子に

俺は笑みを浮かべながらも複雑な心境でいる。




二人の気持ちは嬉しい。




しかしながら、


夏休みが終わるのはいつだって、


憂鬱なものなのだ…。






















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