side N








ベッドから降りることも、


車椅子に乗ることも、


横たえた体を起こすことも、上手くできない。




(…情けない)




こんな姿を見せたら、

ゆうちゃんをもっと追い詰めてしまうのに。




「…、グスッ、」




動かない足を投げ出して、床に座る俺。




そんな俺を支えながら、

俺の肩口に顔を埋めるゆうちゃん。




俺は片腕を床につき、

もう片方の腕で彼女の背中を

トントンと優しく叩き続ける。




今、ゆうちゃんに掛けてあげるべき言葉は

何が正解なんだろう?




"泣かないで" も、"大丈夫" も、"ごめん も、

彼女の心を癒すことはできない。




そして、

これから先のことを考えると、やっぱり…。




『…ゆうちゃん』




「、、な、に、?」




『俺たち、友達に戻ろう、』




「っ!」




パッと顔を上げたゆうちゃんは、

すでに目を真っ赤にしてて。




言葉も出ないほど

苦しそうにフルフルと首を振って

ポロポロと涙を流す。




その頬を伝う涙を拭ってあげたい。




でも、傷つける言葉を口にしながら

それをするのは駄目な気がした。




『ゆうちゃんに責任を感じてほしくない。

 自分を責めてほしくない、んだ。

 これからは違う生活をして、

 ずっと友達でいよう。』




別れよう


離れよう


もう関わらないでいよう




彼女のことを想えば、

ハッキリと突き放すべきなのかもしれない。




だけど、今の俺にはこれが限界で。




嘘を口に出来るほど、

強がることはできなかった。


 


「、なぁ、くんは、友達、、がいいの?」




『…うん』




「っ、、、わかった、

 友達で、ずっと、いる、、」




心を押し殺して、

俺の提案を受け入れて。




ゆうちゃんは頬に伝う雫をグッと袖で拭うと、

とても儚げに微笑んだ。




『っ。 ありがとう』




「…、私、看護師さん呼んでくる、ね」




俺が倒れ込まないことを確認した後、

ゆうちゃんは回した腕をゆっくりと離す。




そして、

そっと立ち上がると静かに病室を出て行った。







"はい、岡田くん、いくよー"




『はい』




"いち、にの、さん!"




ゆうちゃんが呼んでくれた看護師さんが

俺をベッドに戻してくれる。




"車椅子に乗るときは声をかけてね?"




『はい、すみません』




"リハビリ進んだら、

 一人でも出来るようになるから頑張ろうね"




『…はい』




俺を安心させるように

トンと肩を叩いた看護師さんが

笑顔で部屋を出ていく。




パタパタ…ガララ、パタン。




扉が閉められると、

その部屋の中には俺しかいない。




ゆうちゃんの荷物はもう無い。




あげるはずだったお菓子の袋もそのまま。




ブブッ




いつものように、

病院を出ただろう彼女からのメール。




"今日は、もう帰るね。"




それに、気を付けて帰ってね、とだけ返す。




いつもなら、

続けられるメールも、

今日はこれで終わりだろう。




『…はぁ』




まだ外は夕方。




ゆうちゃんの開けてくれた窓から

そよそよと風が入ってくる。




『これで、良かったんだ。』




これで良かったんだ。




ゆうちゃんには先生になる夢もある。




未来がどこまで続くかは分からないけど、

俺が負担になるよりは良いはずだ。




『ずっと、友達』




遠くからでもいい。




ずっと、良い友達でいられたら。




『それで、、いい、』




自分を言い聞かせる為の言葉すら

もはや出てこない。




代わりに、

目から静かが一つ、ベッドに落ちた。






















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