side Y







コンコン。




…あれ?




ガララ、、、テクテク。




「なぁくん?」




『…スースー…』




学校が終わって真っ直ぐにやって来た病室。




ノックの返答が無いから遠慮がちに中へ入ると、

ベッドの上で寝息を立ててる彼を見つける。




カタッ。




彼を起こさないように、

ベッド脇に椅子を出し腰掛けて、




「ただいま」




穏やかな寝顔を見つめ、

小声で小さく呼び掛ける。




球技大会の一件から、少し経って、

ようやく

眠っているなぁくんの寝顔を

安心して見れるようになってきた。




彼を失うかもしれないという恐怖と

眠りから醒めなかった数日間の不安。




それを考えると今でもまだ涙が出てくる。




だけど、

少しずつ、彼の言う"大丈夫"を、

ちゃんと受け止められるようになってきたと思う。




ただ、

なぁくんで埋め尽くされた時間を

それまで過ごしていたからか、

彼の居ない家も、学校にも、慣れることはない。




それに、

今回自分の身に降りかかった予期せぬ危険は、

私の心を確実に蝕んで、

人に対して恐怖心が根付いていくのを感じていた。




人の噂も七十五日という中で、

大きな事件の渦中、ど真ん中にいる私。




学校の内外で、心配の言葉も、陰口も、

集中砲火のように私に向けられている。




ママもおじいちゃん達も、

しばらく休んでいいと言ってくれたし、

本来なら心がもっと落ち着くのを待つべきだった。




それでも、

早期復帰して登校するのは、

人の集まる学校から離れていたら

再びそこで馴染めないような気がしたからで。




そして、

不安に駆られている私に

気付いているだろうなぁくんに、

私も"大丈夫"だよと

安心させたかったのもある。




「…ふぅ。」




でも、やっぱり。




彼が隣にいない時間は怖くて苦しい。




毎日ここにやって来て、

息継ぎをしているみたいだ。




『ん、、、?、ゆうちゃん?』




「おはよ?」




『、おかえり!』




ちゃんと夢から覚めてくれたなぁくんが

眩しそうに目を開けて、

私を確認しニッコリと頬を緩める。




『起こしてくれて良かったのに』




「ただいま。今来たとこだよ?」




『そうなの?でもすぐ起こして欲しかった』




「じゃあ、次はそうする」




『うん』




私の返事に嬉しそうに笑う彼。




もう頭の包帯は無くなって、顔色も良い。




だけど、

最近はいつも眠そうで、少し痩せた気もする。




『学校、どうだった?』




「昼からの授業めちゃくちゃ眠かったっ」




『アハッ子守唄だよね』




「そーなのよっ、あ、そうだ!これこれ」




私は届け物を思い出して、紙袋を彼に手渡す。




『ん?寄せ書き?』




「うん、バスケ部とかクラスの皆から」




『嬉しいなぁ!てか茂木の字デカ 笑』




茂木くんの字は大きくて、元気いっぱい。




メッセージも、"次は勝つ!"だし、彼らしい。




「ふふ、目立つよねー」




『次は勝つ、か…、苦笑』




「ん?どうしたの?」




『ううん。次は何で勝負しようかなと思って』




「バスケじゃなくて?」




『ほら、二人ともやったことのないやつとか?』




「なぁくんはともかく

 茂木くんってバスケ以外できるの?」




『あははっゆうちゃん言うねぇー笑』




なぁくんはケラケラと笑いながら、

寄せ書きを紙袋の中に丁寧に戻して

それをベッド脇にそっと置く。




「もういいの?」




『うんっ、後で読む!

 あ、お菓子いっぱいもらったんだ。

 そこの袋に入ってるやつ』




「これ?」




ベッド横の棚に置いてある袋を、

私は立ち上がって取ってあげる。




『ありがと。

 食べきれないから少し持ってってよ?』




「じゃあ、お裾分けしてもらおうかなぁ」




こうして話していると元気そうに見える彼。




頭の怪我だったから、

入院が長引いているのかなと思うけれど、

なかなか退院の日は決まらないみたい。




あの日からずっと、

ベッドの上の彼しか見ていない。




彼から自由を奪ったのが

自分だと思うと申し訳なくて。




けれど、

怪我をさせた負い目を感じてると言えば、

なぁくんは悲しむだろう。




彼と一緒にいて安らぐ気持ちと、

同時に感じる罪悪感。




複雑に揺れ動く自分の心を

上手くコントロール出来ない今。




考えまいと思っているのに、

私に持たせるお菓子を選ぶ彼を見て、

罪悪感が不意に溢れて顔が曇ってしまった。




(っ、)




「1個もーらいっ」




そんな自分を悟られなくなくて、

私はお菓子を一つ掴んで

パッと体を窓の外に向け空を眺めるフリをする。




『ゆうちゃん?』




「なぁにー?」




『それ、美味しい?』




「うん、美味しいよ?」




『じゃ、それ多めに入れとく!』




「ありがと」




『んと、外は暑かった?』




「んー、少し暑かったかな」




『ジメジメ?』




「ううん、まだ。

 昨日は肌寒かったよ」




『最近、変な天気だよねー』




私に合わせて

何気ない話題を振ってくれる彼。




きっと私の心の葛藤もバレている。




言葉にするのも難しいし、

言葉にしても

簡単に解決するものでもない心模様。




それでも、

彼が無事退院して、

また二人で過ごすようになれば、

心の梅雨は明けて、晴れ渡るはずだ。




「少し、窓開けて良い?」




『いいよー?』




窓を開けると、

爽やかな風が病室に吹き込む。




私は深く息を吸って静かに吐くと、

モヤっとした気持ちがちょっと晴れて。




『はい、ゆうちゃんの分』




そのなぁくんの声に振り返ると、

お菓子がいっぱい入った方の袋を掲げて微笑む彼。




その優しい眼差しと、

しっかりと目が合えば、

心の曇りは不思議と気にならなくなった。




「こんなにいいの?」




『いいよ!まだいっぱいあるし。

 あ、ここで一緒に食べる分はこれね?

 飲み物も冷蔵庫にいっぱい入ってる!」




「ふふっ。ありがと」




結局のところ、

私はなぁくんが好きで。




どんなに罪悪感を感じても、

自分から身を引こうなんて考えられない話。




私が恐れているのは、

ただ一つ、彼を失うことだけ。




なぁくんが私を必要としてくれる。




それが私の安定剤なんだなって、改めて思った。





















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