side N








カキカキ…、ケシケシ、カキカキ…




黒板とノートを行ったり来たりしている後姿。




長く綺麗な黒髪を耳にかけて、

一生懸命に授業を聴く彼女。




その様子をじっと見つめる俺。






ゆうちゃんと同じクラスになって、約一ヶ月。




クラスメイトであることには流石に慣れて、

ソワソワ感はもうない。




ただ、

学校でのゆうちゃんとの、

"関わらない適度な距離"は、結局分からないままだ。




それは、

何かと俺にも話題を振ってくる

おんちゃんの存在が大きい。




一匹狼の俺に気を遣ってか、

はたまた席が近いからなのか、

ゆうちゃんとの会話の流れ弾を

俺に向けて飛ばしてくるおんちゃん。




その上、

三年で頻度は少ないが、

グループワークの仲間にも問答無用で入れられる。




気付けば、

"関わらない"選択肢は、ほぼない状況。




そうなると、

不必要な会話をしない方が、不自然だ。




ということで、

学校での俺と彼女は、

積極的に会話はしないものの、

少し仲の良いクラスメイトの形に収まりつつある。




だけど、

それでも極力、

三人が、四人になる状況だけは避けて。




昼休みになった瞬間に教室を出て、

放課後はダッシュで帰途に着く、

そんな毎日を送っている。




茂木を避けているというより、

茂木とゆうちゃんのセットを見たくない、

という気持ちの表れで。




そしてそれは、

もはや、友人に気を遣っての配慮でも、

遠慮でもないと感じている。






カキカキ…




カキカキ…ケシケシ、ケシケシ!




(真面目だなぁ)




消しゴムを扱う仕草すら、可愛い後姿。




当初の心配も杞憂もどこに行ったのか。




穴が開くほど

彼女を見つめられるこの特等席に、

喜びすら感じているこの頃。




シャーペンを走らせ、

マーカーで色付け、

しっかりとノート作りをしているゆうちゃん。




時にコテンと頭を傾げるところなんて、

なお可愛い。




『ックク』




「…、?」




夢中になってつい漏れる含み笑いに、

ピクッと反応する背中。




振り返りはしないけど、

何か言いたげな様子に、俺の頬はさらに緩む。




学校では素っ気ない仮面を被る俺を

彼女は受け入れてくれている。




俺のために、

"学校の村山さん"を演じてくれてることが、

凄く嬉しい。




学校の"村山さん"も、

家での"ゆうちゃん"も、

どれだけ見ても見飽きることはなくて。




でも、やっぱり。




何も気にしなくていい、

放課後の二人の方が良いな。




そう思えば、

早く家に帰りたくなる。




それくらい俺はもう彼女に夢中だ。






キーンコーン、カーンコーン。




耳にタコができるほど聞いた授業も、

彼女に集中してればあっという間に終わる。




ガサッバサッ、ガタン。




おんちゃんを迎えに来る茂木が

やってくる前に、

そそくさと鞄を持って教室を出る俺。




目の前に座っているゆうちゃんをチラ見すると

いつも通りの俺の早技に

少し口角を上げているようにも見えた。




ただ学校で話すより、

家に帰って話したいわけで。




学校の廊下を滑るように歩いていく。




ガサ。




ポケットから取り出したのは、買い物リスト。




ゆうちゃんが上手にやりくりしてくれるから、

買う物は多くない。




ペラ、




『鶏肉、牛乳、卵、、、』




(ステーキ肉安かったら、一緒に買おうかなー)




買い出しをするようになって、

スーパーの事情にも詳しくなっている。




今日はお肉の特売日だし、

たまには贅沢もしないとね?




放課後になると心が躍るのは仕方ない。




すでに緩み始めた顔も、どうしようもない。




『にっく、にっくー』




鼻歌交じりに

ルンルン気分で下足場へ。




だが、しかし。




茂「お疲れちゃーん!」




何故かそこには茂木の姿が。




同じ学校なのだから、居て当然なんだけど…




やましい気持ちがあるからか、

ドクンと鼓動が高鳴る。




俺は思わず買い物リストをぐしゃっと丸め、

ポケットに突っ込んで、

緩んだ顔を引き締めた。




『お、おつかれ?何してんの?』




茂「ん?岡田待ってた!」




『! えっと、なんで?』




茂「教室行ってもいつも居ないじゃん。

  おんちゃんが岡田すぐ帰ってるってたから

  ここで待ってたー笑」




『あ、あぁ、なるほど 苦笑』




茂「てかさ、俺のこと避けてんの?」




おもむろにど直球の質問。




『んな、ことない、だろ?

 タイミングが合わないだけで…』




茂「だけどさ、

  部活辞めてから、すげぇ距離感じる。

  俺、嫌われてんのかなっくらい」

  



『…んな、ことは』




そのまま本人にそれを言える茂木は

強い男だと思う。




本当はタイミングを合わなくしている

張本人の俺は、

申し訳ない気持ちしかない。




ガヤガヤ。ワーワー。




下校が始まって、

賑やかさを持ち始める校舎。




目立つ茂木と話をしていると、

皆が俺たちをチラチラと見て通り過ぎていく。




時間はあまり経っていないはずだが、

凄く長く感じた。




『別に茂木は何もしてないだろ?苦笑』




茂「んにゃ、でも、

  俺、バスケ誘ってばっかだし、

  しつこいかなって反省してんだ」




シュンとしている茂木が

元気のない様子で続ける。




茂「なんていうか、その、

  俺はバスケ無くてもお前と友達のつもりだし。

  気になるんだよ、そういうの」





『、そっか…

 んと、心配?させて悪かったよ。

 でも、茂木を避けてるとか、ではないから』




茂木を、避けてるのではない。


茂木とゆうちゃんとの空間を避けている、だけ。




だけど、


それを言えるわけもない。




ましてや、


友人の運命の相手を、好きになった、


なんて尚更のこと。




茂「んー、そうか?

  でも、やっぱ岡田、雰囲気変わったな?

  なんか悩みでもあんの?」




こんな俺でもまだ友人と言って、


後ろめたい気持ちばかりの俺を


心配してくれる茂木は、やはり良い奴だ。




『何も、変わらないよ…


 でも、もう少し茂木に優しくするわ 笑』




俺は罪悪感を押し殺して冗談っぽく笑う。




茂「! ガハハ!

  んだよ!柄にも無く心配してたんだからな!」




『確かに、らしくないな?笑』




茂「まっ!嫌われてなくて安心した!

  じゃあ俺、部活行くわ!」




『おう!大会近いんだろ?頑張れよ』




茂「任せとけ!全国一位とったる!笑」




敢えて、

茂木は俺に練習に来いとは言わなかった。




その優しさすら、

俺の中で罪悪感を増加させて。




茂「じゃなあ!」




そう言って、

去っていく茂木。




その姿が見えなくなる前に、




『…あぁ』




人目も気にせず、零れ落ちる溜め息交じりに

俺は小さく呟いた。























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