side N









夕食という大きなイベントから数週間。




俺の心配は杞憂に終わり、

特に大きく何か変わることはなく、平穏な日々。




あれを機に急接近、なんて、

都合の良い話にはならない。




それが、既定路線で、


本来の俺と村山さんの正しい距離と言える。




お互いに家は知ってても連絡先は知らない。




偶然また二人だけになれば話もするだろうが、

そんな偶然は落ちてはいない。




でも、

学校ですれ違えば、

俺に笑みをくれるようになった村山さん。




俺も買い物へ行くスーパーは変えなかったし、

家の出入りの度に

彼女の家に視線を向けるようになった。




そんな小さな変化を噛み締めてしまうくらい、

俺の気持ちは彼女へ向けて大きくなっている。




それは、まるで久々の青春のよう。






カキカキ…




部屋の中央で、テーブルに紙を置き、

ペンを握る。




今日は暇つぶしに

今回の人生プランを立てている。




『高校、は卒業しとくか…』




六度目の確約が無い以上、

31歳になれたとき、

最終学歴が中卒だと困るかもしれない。




『大学は、どうするか。

 今回は留学ってのもありだな』




前回の人生で英語はそれなりに勉強したから、

きっと有意義な時間を過ごせるだろう。




勿論、ズルだとしても、

高額当選は受けるつもりだ。




お金は無いより、有った方がいい。




バスケを続けないと決めた以上、

高校を出れば、

茂木達と縁がなくなることは決まっている。




早々に日本を離れれば、

今後の彼女の運命が耳に入ることもない…




…タンタンタン。




ペン先で紙を叩いて、手が止まる。




『…はぁ。』




どう考えても、思考の先が、

村山さんに結びついてしまう。




考えるのをやめようとしても、

目を瞑っても、

浮かんできてしまう、村山さんの顔。




それが叶わない淡いものだと分かっていても、

止められないのは何故だろう。




『だはっ!やめだ、やめ!』




高校卒業以降の予定がどうにも立てられない

自分が歯痒い。




ベッドに転がって、

ゴロンゴロンと

心地のいいポジションを探していると、




〜♪




携帯が鳴った。




『へーい、どした?』




茂「おっ、その声は暇そうだな!」




時間的には部活終わりだろうか?




茂木の後ろはゲラゲラと笑い声が騒がしいし、

ボールの音も微かに聞こえる。




『暇、ではない』




茂「明日さ、試合なんだけど、

  見に来いよ!」




『だから、暇じゃないんだって』




茂「たまには良いだろ!

  昼からでいいし、待ってるぞー」




言いたいことを言って、ブチッと電話切る茂木。




『んだよ、急に…』




今までバスケ辞めてから

試合に誘われたことはなかったのだが…。




あ、そうか。




茂木の停学事件がなかったから、か。




ウチのバスケ部は茂木が絶対的エースで。




部活動停止で思うように練習できなかった影響で

大会は序盤で敗退した記憶が蘇る。




『でも、何で呼ばれたんだ?』




俺は頭を捻りながらも、

暇だろうと図星を突かれたし、仕方ないかと

翌日の試合を見に行くことにした。







ワー! パチパチ!




ダムダム…。




キュ、キュ…。




ビー!




ワー!! キャー!




賑やかな声援。




外はあいにくの雨だが、

それが余計に

試合の熱を溜め込んでいるような総合体育館。




今日は支部大会で、

優勝すれば、全国大会へ出場切符が得られる。




『っと、どこで見るかな』




応援に来ている親や生徒達は基本的に固まって

観客席に座っている。




相変わらずウチの学校の応援団は大所帯で、

すぐに見つけることができるが。




仲良く皆で応援する気持ちにはなれなくて、

俺は帽子を目深に被って

その席から見えにくいところへ腰掛けた。




『次、決勝か』




電光掲示板で

ウチのバスケ部が勝ち進んでいることがわかる。




強豪校が集うこの大会で

決勝までいくということは、


茂木が停学を未然に防いだ

先日の自分の行動も誇らしくなるところ。




(MVPをもらいたいもんだ)




なんて呑気に考えながら、


コートでウォームアップを始めた

試合前の茂木や元チームメイトを見つめる。




ダムダム、ダムダム



シュッ ガコン



ダムダム、シュッ、ガコン




(あれ、茂木、緊張してんのかな?)




シュート練習をしている中で、

ことごとく外している茂木。




何かキョロキョロしてソワソワしていて。




その視線は観客席に向かっていて、

誰かを探してるみたいだ。




ウォームアップが終わっても、

落ち着きのない茂木に、

おんちゃんが何か話しかけている。




すると、

おんちゃんがこちらを指さして、

バチッと目が合う俺と茂木。




茂「おっかだー!!」




彼は人目も気にせず、俺を呼び、

ブンブンと手を振る。




(まじか、勘弁しろよ、苦笑)




学校関係者の視線、だけでなく、

その他の意識も必然的にコチラに向く。




"岡田くんじゃんっ!"




'〇〇高の岡田だ、なんでこっち座ってんの?'




(最悪だ、)




目立ってしまって困惑している俺を他所に、

茂木はまだ誰かを探している様子。




それでも、

試合の始まる時間となったのか、

諦めて最終ミーティングに参加に加わった。


 





ブー。




ピピッ。




試合のホイッスルが鳴れば、

皆の視線はコートへ戻る。




俺は悪目立ちしたこの場所をそそくさと撤退し、

帽子の上からフードを更に被り、

端に移動して立ち見することにする。




(そういえば、)




学校の応援席を見ても、

観客席を見渡しても、彼女がいない。




茂木が探してた相手は、

間違いなく村山さんだと思うんだけど…。




トントン。




『うわっ!?』




ふいに肩を叩かれて、振り返れば、




「わ、そんなに驚かなくても 笑」




俺と同じく、

帽子を深く被ってる村山さんが。




『苦笑、

 …来てたんだ?

 茂木、探してたよ?』




「そう」




『皆と応援しないの?』




「岡田くんは?」




『俺は、ここでいい、かな?』




「じゃ、私も」




コートが見えるか見えないかのこの場所。




いつもなら応援席の近くに座ってるはずの彼女が、

俺と同じように、

コソコソしていることに違和感しかない。




ワー!ワー!




キャー!




オー!パチパチ!!




バスケの試合展開は速いから、

すぐに熱を持ち始める会場。




でも、それを俺と村山さんは、

盛り上がることもなく静観している。




『決勝なんて凄いな』




考え方を変えなくても、

俺がチームにいなくてもいいということ。




「優勝したら、

 岡田くんに戻ってこいって言うんだって。」




『俺がいなくても勝てるのに?』




「岡田くんが居たら、もっと確実に勝ててるって

 おんちゃんが、」




『それで、今日呼ばれたのか…苦笑』




お互いに試合を見つめながら、

ボソボソと言葉を交わす俺達。




試合展開を見ていると、

パス回しや攻め方は単調で、

茂木に頼りっきりな感じ。




それでも勝てるんだから、

それはそれで良いと思う。




『村山さんは、?』




この感じだと俺と一緒で

見に来いと言われたんだと思って尋ねる。




「んー、優勝したら話があるって」




『茂木と、まだ戻ってないんだ?』




「うん、そうだねー」




その事実が嬉しいとも思えど、

多分このまま復縁するんだろうとも思う。




『優勝したら、また付き合うの?』




「んー?

 話って、やっぱりそれなのかな?」




『え、多分、それでしょ?』




根っからの主人公キャラである茂木。




考えることといえば、

こういうカッコいいストーリーじゃないかな?




「そっか、そうだよね」




『…優勝するといいね?』




「バスケ部には、ね?」




『そうだね』




バスケ部には勝ってほしい。




でも、俺は戻らないし、揺るがない。




バスケ部の勝ち負けで、

俺の人生を決められるのも、正直癪だ。




ブー。




会話をしているうちに、

第一クォーターが終わった。




汗を拭きながらも、

観客席を見渡してる茂木。




サッと隠れる俺と村山さん。




「ふふ、悪いことしてるみたいだね」




『…だな 苦笑』




小さく屈んで話しながら、笑い合う。




試合に勝ってほしいような、

優勝してほしくないような複雑な気持ちだ。




ブー。




試合が再開されても、

俺達は何となく立ち上がることができないでいた。
















イベントバナー