side Y









午後20時。




お店の奥のカウンター席で

スマホを触っている女の子達。




基本的に毎日同伴出勤の私も、

珍しくそれに仲間入りしてSNSを流し見していた。




お店の営業時間は20時から0時まで。




23時半にはラストオーダーだから、

0時過ぎには帰宅の準備ができる。




たったそれだけの時間で、

普通のサラリーマン以上に稼げる夜の街。




実際には

それだけの時間だけ、ではやっていけない。




感謝と誠意を忘れないこと、

それはみぃママの口癖であり、

私自身、意識していること。




日頃からこまめな連絡を心がけ、

誕生日やイベントは忘れずにチェック。




身だしなみは当たり前で、

少しでもより良くあろうと気をつかう。




お客様の話についていけるように

新聞やニュースを読み漁り、

知らない話題があれば勉強する。




結局、どんな仕事をしたって、働くって大変だ。




ブブブッ




「! もしもし!ママ?」




峯「あ、もしもし、ゆうちゃん、お店?

  桃、何してるの??」




「お店いますよ?

 桃は両替忘れてたって、

 走って出掛けていきました」




峯「もう!たまに抜けてるんだから!」




「でも、どうしたんです??」




峯「そうそう!そうだった!

  たかみな、あ、高橋社長が

  団体で行くって連絡あったんだけど、

  準備お願いできる??

  今日、新人君多いから 苦笑」




「何人ですか?」




峯「多分、8、9人くらいかな!

  女の子全部付けて?

  私、同伴切り上げて向かってるから!」

  



「わっかりました!」




ピンポーン♪




「あ、来ちゃいました!切りまーす!」




峯「頼むね!」




店の玄関チャイムを合図に慌ただしさが始まる。




こういう日に限って、

新人の黒服しかいないのは何故だろう。




このシフトを組んだ桃を後で叱ろうと心に決める。




とは言え、

まずは頼まれた役割を果たさなくてはいけない。




「いらっしゃいませー!」




高「おっすおっす!

  大人数でごめんよ!」




「いえ!お待ちしてました!

 奥へどうぞー??」




高「二陣が少しまだ下いるからねー?」




「はぁい!」




ゾロゾロと入ってくるスーツ姿の面々。




(ん??いち、に、さん…)




さらにニ陣って、

10人以上になるんじゃない?




焦りだす心を何とか落ち着かせながら私は、

一行を女の子達に奥へ案内させる。




「さきちゃんとはるかちゃん、

 オーダーとってくれる??」




"はぁい♪"




「君は上着預かって、

 君は社長のボトルを探して出す、

 君はアイスペールとグラス、

 君は桃に鬼電して呼び戻す。」




"""はいっ""''




新人くん達に指示を出していると

残りのお客様が来店する。




こちらには女性の方もいるようだ。




(社長、男性の人数だけ言ったんだなぁ)




まぁ、なら何とかなるか、なんて思いつつ

お客様に挨拶をしていく私。




「いらっしゃいませー」




"お世話になりまーす"




「ふふ、いらっしゃいませー」




"こんばんはーわぁ、お洒落!すごぉい"




「ありがとうございます、どうぞー


 いらっしゃい、、、ま、せ」




ドクン!!!




△「よっ!ゆうちゃん!」




元々、高橋社長の連れなのだから、

彼が来ることは想定内。




心臓が爆発しそうになってるのは、

それじゃない、その後ろ。




まさか、



まさか、



まさか。




『、ゆうちゃん??』




「…、、、なぁちゃん」




私の中で、地獄の鐘の音が鳴った気がした。








△「ほら!ホントだっただろ?奈々」




『あ、うん、そうだね、』




呼吸を忘れるほどの衝撃。




細身のカジュアルスーツに、明るい髪色。




何一つ変わらない、正真正銘のなぁちゃんだ。




時間が止まりかけて、意識が飛びそう。




(笑え、笑わなきゃっ)




「わぁ!驚いたぁ!!久しぶりだね?

 とにかく、中へどうぞ??」




『う、うん、久しぶり。

 お邪魔します。』




ゆっくりと中へ進んでいくなぁちゃん。




それを見ながら、私に囁いてくる、彼。




△「ここに連れてこれるんだから、

  奈々とは何もないって分かってくれた?」




(…あぁ。馬鹿だった、私が。)




彼も、自分も、殴り飛ばしたい気分。




苦しくても、辛くても、

なぁちゃんの僅かな情報源を欲した代償。




△「俺、ゆうちゃんのこと、本気で」




ボソッ…私、貴方が大嫌い、




△「え…なんて??」




「…いえ、△△さん、奥へどうぞ?

 皆さん待たれてますよ?」




△「あ、、はい」




正直、口も聞きたくない。




でも、仕事だから。




私の様子がいつもと違うからか、

動揺している彼、は放っておくことにして。




今は

あたふたしている店内を回さないと。




そんな時、




バタバタ!!!




桃「ごめっ!戻りました!」




血相を変えて戻ってきた桃。




「ドリンク、作って」




桃「ラジャ!!」




高「ゆうちゃーん!」




「はぁい!」




高「今日お祝いなんだよー

  だから、各自のドリンクと別に、

  シャンパン入れてくれる??」




"おぉー!!社長カッコいい!"




「銘柄、どうしますか??」




高「オススメのやつで2、3本開けてくださいっ

  あ、ゆうちゃん達も飲んでよ??」




「はぁい!」




男前ー!なんて声が飛び交って、

店内は実に賑やか。




ポン。



ポン。



ポン。




高「ではでは、異業種交流の二次会も

  宜しくお願いします!


  乾杯!!」




""カンパーイ""




(ふぅ。)




始まってしまえば、こちらのもの。




女の子達も新人黒服くん達も、

テキパキと自分の仕事をしてくれてる。




女性の方もいらっしゃるから、と

様子を見て女の子の配置を調整しつつ、

相性の良さそうなバランスをみる。




(…、)




チラチラッとなぁちゃんが視界に入る度、

忙しくなる心模様。




彼女も彼も、私がどこに座るか気になるみたい。




私は忙しいふりで、実際には忙しいのだが、

テーブルに着くことなく、

女の子と新人君達のサポートに徹する。




それから、数分後。




ガチャッ




「いらっしゃいませー?」




峯「ごめんねー!どんな感じ?」




ゼイゼイと肩で息を切りながら入ってくるママと、

共に食事をしていたであろうお客様。




「ままぁー」




ちょっとどころか、

現在進行形で色々あって、私は少し泣きそう。




峯「あーごめんごめん!

  でも、何とかなってるじゃん?

  ありがとね!!」




桃「…お疲れ様でーす」




峯「あっ!桃は、終わったらミーティング!」




桃「ですよねー」




"お願いしまーす♪"




桃「ハイッかしこまり!」




女の子に呼ばれたのを幸いに、

タッタッタっと逃げてく桃。




峯「笑 よし、とりあえず…」




ママは店内をぐるっと見渡す。




峯「あら、結構大人数なのねー。

  私、挨拶してくるから、

  同伴の方、行ってくれる??」




「わかりましたっ」




峯「ゆうちゃん。」




むにゅ。




私の頬を両手で挟むママ。




峯「笑顔、でね?」




「っ、はい。いってきます」




みぃママの言葉が魔法みたいに、

私の心をキュッと正した。




(そうだ、仕事だ、これは)




それに、昔の友達が、

たまたまお店に来ただけのこと。




でも、それが、

一方的に連絡を絶った相手だということは、

一旦、忘れよう。




私はパチンと小さく自分の頬を叩くと、




(よし、)




気持ちを切り替えて、

笑顔でママのお客様の元へ向かった。







「ちゃまー!いらっしゃい!

 お邪魔していいですか??」




ママのお客様だから、隣には座らない。




"ほっほっほぉ!

 ゆうちゃんか、座りなさい座りなさい。

 わしゃ、若い子の方が嬉しい!"




斜め前の腰掛けてお酒を作りながら、

通称"ちゃま"という男性と話を進める私。




「あー、ママに怒られちゃうよ?」




"知ってるかい?ママは怒った顔も可愛いんだぞ?"




「アハハッ!わざとなの?」




"ほっほっ、年取ると刺激がほしいんじゃ"




「ちゃま、可愛い!」




私の座った位置は、

ちょうどなぁちゃんの視界の端。




背中に視線を感じても、振り返ってはならない。




「あ、ご飯、途中だったんじゃない??」




"そうなんじゃよ、ほれ"




男性はヒョイとビニール袋を取り出すと、

中から夕食の残りを並べる。




「わぁっ、美味しそう!

 食べる?温めてもらおうか?」




"ゆうちゃんは夕飯食べたのかい?

 わしゃ、これ以上食べると酒が入らんから、

 食べるなら食べなさい。"




「食べたい!

 じゃ、ママがきたら、温めてもらうね?」




"ゆうちゃんは相変わらず良い子だのぅ"




「えー?なんで??笑」




ちゎまはひ孫がいるくらいのお歳。




おじいちゃまって呼ばれるのが

この上ない喜びらしいくて、あだ名もちゃま。




"ほっほっほっ!

 ところで、ゆうちゃんは何を飲むかな??"




「やったぁ!いただきまーす!」




"オレンジジュースにするかい?

 それとも、りんごジュース?笑"




「むぅ!すぐ子供扱いするー!笑


 お願いしまーす」




私は笑いながらパッと手を上げると、

黒服くんがやって来る。




"はいっ"




オーダー票に"Y D 一"と書いて渡せば、




"ありがとうございます。かしこまりました"




と去っていく。




それからすぐに運ばれて来るグラス。




見た目はお酒、中身はノンアル。




「ちゃまー!いただきます♪」




"はいはい、お嬢さん、召し上がれ?"




中身がアルコールかどうかなんて、

この人は気にしない。




ニコニコと笑う彼と

カチンと良い音を響かせる。




ちなみに、Yは名前、Dはノンアルドリンク。




私がアルコールをもらう時は基本的に瓶ものか、

もしくはお客様のボトルを飲む時くらい。

  



相手や状況によって、

いただく飲み物を変えておかないと

私は酔い潰れてしまう。




ワー!!ワイワイ!




"おー今日は盛り上がってるのぅ"




「ごめんね、騒がしくて。

 席、変えてもらう?」




"大丈夫大丈夫。

 お、そうだ、ゆうちゃん。"




「なぁに??」




"先日、孫達と撮った写真をな、

 待ち受けにしたいだが、"




「ふふ、見せて?してあげるっ」




"ほーほー、そーするのか。"




「めっちゃ良い写真だねー!

 皆笑顔で、可愛いっ」




"可愛いじゃろー、もう目に入れても痛くない"




「ふふふ」




いつも彼との会話は和やかで、

まるで自分のお爺ちゃんと話してるみたい。




ママが戻れば、

戦場に行かなければならない私は、

このひと時の休息を噛み締めていた。




















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