side N








いつもならテレビを見ながらの食事も、

今日は一段と会話に華が咲いて。




笑ったり、驚いたり、楽しくて忙しい。




目移りするほどのご馳走と

デザートまで食べ終えれば、

ポッコリお腹が出ちゃうのはしょうがない。




『たべたぁーーー』




「食べたねー」




ちょっと休憩とソファに腰掛けて。




ポンポンとお腹を叩いて満腹を表現する私と、


くるしぃーと天を仰いで笑う隣のゆうちゃん。




『お腹いっぱいは幸せだね』




「だね?」




『幸せだぁー』




「そのまま寝ないでよー??」




『まだ寝ないもーん』




と言いながら、

ゆうちゃんの膝に目掛けて頭を向ける私。




「絶対寝るじゃん 笑」




なんて言っても、

膝枕してくれる優しい彼女。




優しく私の髪を撫でてくれるから、

心地良さについ目を閉じると、

ふふふと優しい声が降り注ぐ。




「明日は何時から?」




『大学?』




「うん」




私の明日の予定を聞くゆうちゃんの手は

変わらず優しい。




昨日までの私なら、

そのまま、眠りに落ちていたかもしれない。




ダケド。




ゆうちゃんは明日も仕事だし、

夜更かしはできないかも、だけど…。




やっぱり、"恋人"としての展開を

期待しちゃうわけで。




(ドキドキ)




『明日はね、昼から行く予定だよ?

 でも…

 講義はないから、休んでも大丈夫、かな?』




「ん?休むの?」




『、、自己採点は家でも出来るし?』




「そっか。休んでも良いんだ」




『、、うん』




「じゃぁ、、、

 久しぶりにいっぱい寝られるね?」




(あれ?)




思ってた、待ってた、言葉と違う。




ゆうちゃんの表情が気になって

パチッと目を開けてみる。




「ん?」




『ううん…』




見上げたゆうちゃんは、穏やかに微笑んでるだけ。




人間の三大欲求は、

一般的に、食欲、睡眠欲、そして、性欲。




食欲を満たすと、性欲は一時的に収まる、

なんて実験結果もあるけれど…




(ゆうちゃんは、そういう気分じゃないんだ…)




そっか、そうか、

明日もお仕事だもんね。




試験が終わって開放的なのは私だけで、

ゆうちゃんにとっては只の日曜日で。




平日の疲れもあるのに、

買い物して、迎えにきてくれ、

パーティーまでしてくれて。




十分に愛されてると思うのに、


さらに


"愛し合いたい" 


と望むのは欲張りな気がしてくる。




別に、それを口にしても悪いことはないのに。




でも、それを言って、

ゆうちゃんがどんな顔をするか、想像できない。




(というか、)




反応が想像できないくらい、私達って"してない"。




そう思った瞬間、

キュウッと心が縮まる感じがした。







お風呂上がりのゆうちゃん、


上から覗いた綺麗なうなじ、


そして、


ジッパーの隙間から見えた、あの下着。




ドキドキと昂るのは、

間違いなくゆうちゃんが大好きで魅力的だから。




でも、私はどうだろう?




よく考えれば、

忙しさにかまけて、髪も、メイクも、服も、

気を使うことはなくなって。




私、ゆうちゃんに好きだと、

可愛いと思ってもらえるような努力、全然してない。




このまま時が進んでいけば、

次から次に現れるであろう魅力的な誰かに、

きっと負けてしまう。




考えているうちに、

どんどんと自信が底を尽きて、悲しくなってくる。




(ぁ、泣きそ…)




私は慌てて体を起こして、ゆうちゃんに背を向ける。




「わっ、え、どうしたの?」




『か、片付け、しないと』




せっかくの和やかな二人の時間を

私のマイナス思考で壊すわけにはいかない。




「なぁちゃん疲れてるでしょ?

 後でやっておくからゆっくりしてて?」




『ううん。

 ゆうちゃんは明日も仕事でしょ?

 そろそろ寝ないと?』




「ん?明日は、お休みだから平気だよ?」




(…え、)




『え、休み?!』




私が大きな声を上げ振り向くと、

ゆうちゃんもびっくりしたように目を丸くする。




「あれ?言ってなかっ、た??」




『聞いてない、』




「あ、そうだ、、驚かせようと思って…」




ゆうちゃんは思い出したように

苦笑いを浮かべる。




『お休み、なんだ、、』




改めて言葉にしてしまうと

私の中で燻ってるものが

今だ!と騒ぎ立てて、込み上げてくる。




明日休み、なのに?


久しぶりの、余裕ある夜なのに?


仲良く眠っておしまい?




『明日、私が休むと困る?』




「え、なんで?困らないよ?」




『ホントは明日、何するつもりだった?

 誰かと会うとか??』




「ん?何言ってるの?」




もしかしてもう既に

あの独占欲は他の誰に向けられてるの?


その下着は、誰のため?




スキンシップが減って、

求めることも求められることも無くなったら。




そう考えるほどに

勝手に暴走していく自分を抑えられない私。




『友達?私の知ってる人?知らない人?』




「ねぇ、急にどうしたの?

 意味が分からないんだけど」




『私、こんなのだし、

 ゆうちゃん、優しいから、

 心配でそばにいてくれるの??』




「…ねぇ」




ゆうちゃんはただずっと

私のペースに合わせてくれてるのに。



浮気する人でも、

曖昧なことをする人でも、ないのに。

 


自分がされて嫌なことを

決して人にはしない人だって、知ってるのに。




今の時点ではあり得ないことと理解しながらも、

ゆうちゃんを試すような言葉ばかりが

口から出ていく。




『私、大丈夫だから。

 今もし、他に、気になる人がいるなら、』




(そっちに行った方が幸せだよ)




ガシッ。




『っ。』




「なぁちゃん。」




ドン。




「ねぇ、」




引っ張られて、組み敷かれて、気が付く過ち。




求めていたものとは違う、

全然甘くない空気。




暴走した私の腕を捕まえて、

じっと見下ろすゆうちゃん。




私は咄嗟に目を逸らしてしまう。




「他に、ってさ、

 なぁちゃんは、私を疑ってるってこと?」




『ちがっ、』




「違わないよね?」




『ごめ、ん、そうじゃ、なくて、』




「明日休みなこと、

 言い忘れてたのは謝るけど。


 そんな風に言われる覚えはないよ」




『…ごめん、なさい…』




「で、他に気になる人がいたら、?

 その、続きは?」




『、っ、、』




「…ふぅ。」




ギシ。




ゆうちゃんは大きく深く息を吐くと、

ゆっくりと私の上から退く。




『ゆう、ちゃっ?』




「よく分からない喧嘩、したくない。」




ゆうちゃんは

凄く悲しそうな顔をして立ち上がる。




『あの、ごめっ、』




「ちょっと、一旦落ち着こう?お互いに」




そう言うゆうちゃんは、

ポンポンと優しく私の頭を撫でて、

リビングを出て行った。






パタパタ…




パタ、ン。




扉が閉まると共に、ツー、と頬を伝う涙。




怒らせた。




悲しませた。




傷付けた。




自分のことを棚に上げて、

溜まってた不安をぶつけただけの私。




朝のチューも、


さっきのキスも、


ゆうちゃんから貰ったのに。




私は、

ゆうちゃんを怒らせてまで

何を求めていたんだろうか。

 



心を愛してくれる人を疑ってまで、私は。




このまま、


呆れられて、捨てられても…、仕方ない。




『けど、、嫌だぁ、、、』




なのに、

引き留めることも、

追い掛けることもできない不甲斐ない自分。




ボロボロと溢れ出る涙。




霞む視界に

楽しい食事の残骸が映る。




勿体無くて、

食べられなかった

ケーキに付いていたプレート。




わざわざチョコペンで、

"よくがんばりました"と書いてある。




『うぅ、』




その拙い字にはゆうちゃんのいっぱいの愛。




カタン。




廊下からの音。




『!』




(まさか、帰っちゃう)




とにかく、とにかく、謝らないと!




私はヨロヨロと立ち上がって、

バタバタと飛び込むように

リビングのドアを開ける。




ガチャッ!!




廊下に繋がる玄関には、誰もいない。




「遅い」




その声は、視界の下。




扉の足元。




膝を抱えるゆうちゃんが小さく呟く声だった。



















イベントバナー