side Y











始まりの思い出に、

"デート"も付け加えたかったなんて言ったら、

子供っぽいって、笑うかな?






ガヤガヤ。




キャーキャー!ワー!!




休日の動物園は子供連れで賑わっていて、

色々な鳴き声で騒がしい。




「ゾウだぁー」




『ゾウって、耳が大きいのは、

 体温調節のためなんだよー』




「え、そうなの?

 良く聞こえるためじゃないの?」




『うん。

 ゾウは足の裏で低周波を感じとって、

 3、40キロ先の音にも気付くらいよ?』




「へー!知らなかった」




なぁちゃんは、まるで喋る動物図鑑。




車の中では、

早く二人だけになりたいなんて、

眼の奥を一瞬ぎらつかせた彼女。




だけど、

美味しいご飯を食べて動物園に到着すると、

私の手を楽しげに引きながら、

出会う動物のことを色々と教えてくれている。




キリンの睡眠時間は20分ほど、とか、


カバは赤ちゃんのようにデリケートな肌だ、とか、


面白話を添えて案内してもらえば、

動物園が今までの何倍も楽しく感じる。




「なぁちゃんって、ホント博識だね」




『本で、読んだだけだよ?』




「いや、それを覚えてるのが凄いよ」




『んー、忘れられないからねー』




(おや?)




「忘れられないの?」




『うん、一度見聞きしたものは、

 一語一句覚えてるよ。』




「全部?」




『思い出そうと思えば、いくらでも』




「凄い、ね」




『、ふふ、でしょ?』




敢えて笑ったなぁちゃんの様子に、

私は繋がれた手をキュッと握る。




彼女が天才と言われる理由は、

その記憶力なんだと分かったと同時に、


その力が良いことばかりではないんだって、

何となく想像がついた。




何でも覚えていられる、

つまり、

嫌なことだって

忘れることができないってこと。




でも、

今はそれに触れるのはやめておこうと思った。




それこそ、

二人だけの空間で、

しっかり話を受け止めたい。




『ん?どうしたの?』




「ううん。

 あ、あっちにパンダがいるって!

 行こう??」




『うん、行こうか??』




「ねぇ、パンダにまつわる話ある?」




『ふふ、あるよー!

 えっと、パンダはねー』




目を細めながら、

嬉しそうに話をしてくれるなぁちゃんが

可愛くて仕方がない。




『あ!』




「ふふっ、どうしたの??」




『見て、ゆうちゃん!

 アイスクリーム売ってるよ!』




パンダのいるゾーンの手前で

売店を見つけて、

はしゃぎ始めたなぁちゃん。




「さっきお昼食べたのに??笑」




『オヤツだよー!』




何だか動物園を楽しんでくれてるみたいで、

私の顔は自然と綻ぶ。




そして、


"ゆうちゃんと一緒ならどこでも良い"


それが、本当のことだと感じられて、

ますます嬉しい。




なぁちゃんが、

どんなことも忘れられないんだとしたら、

そんなことを思い出す暇もないくらい

楽しい時間を過ごしてほしい。




もし、それが私との思い出となるなら、

私にとっても凄く幸せなことで。




アイスを買おうと駆け出したなぁちゃんに

引っ張れながら、

この楽しい時間が"これから"続くんだという

期待に胸を弾ませた。











〜♪




「あ、電話…」




楽しい動物園デートを過ごした延長で、

なぁちゃんのお家まで帰ってくるのは

あっという間のことだった。




彼女の家は、学校の校区からすれば、

少し外れているけれど、

念の為に、そう言ったなぁちゃんによって、

私は近くで車に待機している。




(家、片付けてたっけ?)




そんなことを考えていると、

タイミング良く携帯が鳴って、

それは茂木からの着信だった。




同期している車の通話ボタンを押すと、



「もしもし」




茂「もしもし!お疲れー!!」




飛び出るくらい元気な茂木の声に

苦笑いが出る。




「なに?どうしたの??」




茂「もう、帰ってきたー?」




「うん、まぁ、」




ガチャッ。




大きなスーツケースを一つ持って

帽子を目深に被ったなぁちゃんが

ドアを開ける。




荷物ほとんどないから、すぐ戻ってくる

とは言われてたけど、

こんなに早いとは思わなかった。




「っ、」




思わず人差し指を口に当てる




茂「もしもーし、ゆうちゃん?」




『?、、!』 コクコク。




なぁちゃんは電話に気付いたようで頷くと、

荷物をトランクに入れるように

ジェスチャーする私に、OKと微笑む。




ガチャッ…




茂「もしもーし、村山さーん」




「あ、ごめん、電波悪いみたい」




バタンッ、、、ガチャ。




茂「もしかして、まだ運転中?」




「うん、そう。

 何か、急ぎの用事?」




助手席に戻ってきたなぁちゃんに、

ごめんねのポーズをすると、

フルフルと首を振って笑っている彼女。




茂「いや、旅行のお土産もらうついでに、

  飲み行かないかと思ってーガハハッ」




「あ、忘れてた」




茂「え、まじ!?期待してたのにぃ!!」




「ごめんごめん!

 ていうか、今日は遅くなるから、

 また誘って!」




茂「へーい、、オッケー!!

  じゃ、またー♪」




文句を言いつつも、

相変わらずサッパリしている茂木との

通話が終わると、

ふっと息を吐いた。




『茂木先生、でしょ?

 プライベートも元気なんだね笑』




「あれは、いつも素だから変わらないよ?

 むしろ、オンオフ無くて問題だよね。」




『仲良いんだね?』




「歳近いからねー。

 それより、めっちゃ早かったけど、

 忘れ物ない??」




『うん、大丈夫』




「学校の物は??」




『制服は持ってきたよ。

 教科書とか学校にあるし、

 無くても大丈夫。』




「こら、笑」




『へへっ』




「じゃあ、帰ろうか?」




『ゆうちゃん』




「ん?」




『…ホントに、いいの?』




「いいよ?」




『…ホントについて行って大丈夫?

 それに、茂木先生の誘いも、、、』




不安そうに改めて尋ねてくるなぁちゃんに、

今すぐ抱き締めたい気持ちが

いっぱい溢れてくる。




でも、さすがに、

誰に見られているか分からない。




私はなぁちゃんの手をそっと握る。




「なぁちゃんは平気?

 私といるのは、大変かもしれない」




『私は、、ゆうちゃんといたい』




「私も、なぁちゃんといたい」




『そっか…嬉しい』




「じゃあ、早く、帰ろ?」




『うん』




「私もね、」




『ん?』




「早く、二人だけになりたい」




『/// うん』




生活圏に戻ってきた今、


正直に言えば、

教師という立場であることを

未だかつて

こんなに後悔したことはない。




バレなければいい、

そういう問題じゃないことは承知の上で、

彼女の為にも、

隠し通さないといけないものがある。




帽子にマスク。




なぁちゃんも、きっと私の為に、

そうしてくれている。




だから、

今はとにかく、早く帰って、

なぁちゃんを抱き締めたい、

そればかり考えて車を発進させた。