キーンコーン、カーンコーン。



「それでは、終わります。」



"起立、礼"



""ありがとうございました"""



号令を合図に
ざわめき始める教室。



(ふぅ、、、。)



私は教材を片付けつつ、
生徒達に見つからないように
安堵のため息を吐いた。



私は、とある私立高校の
現国文の教師として働いている。



担任としての受け持ちは二年生だが、
産休の先生の代わりに、
三年生の現文も担当していて、
今年は授業数がかなり多い。



まだまだ教員歴の浅い私にとっては
進学部のピリついた受験生の授業ともなると
心の中は慌ただしいほどの緊張っぷりである。





ガララ…。



「ふー、よいしょっと」



(今日はもう授業はないけど…)



次の授業の準備や
担任しているクラス、部活動のこと、
それに事務処理と、
職員室に戻ってもやるべきことは山積みだ。



おまけに、
先輩教員からの小言や
保護者対応なんてあった日には
終わるものも終わらず、
残業は当たり前な毎日。



それでも
公立の学校よりは給料も待遇も良いし、
多少の困難は我慢して然るべきだと思っている。



(さて、とりあえず。)



先日のテスト結果を
入力していくことにした私。



カタカタ。



既定の端末から
学校の管理サーバへアクセスして
自分のIDカードを読み取り、
さらにパスワードを入力する。



生徒の情報を一元管理しているこの高校では、
強固なセキュリティがなされ、
誰が何を見たか細部まで分かる。



ちなみに、
自宅住所や緊急連絡先といった個人情報と
成績、評定は連動しているが、
基本的に成績以外の個人情報の閲覧は、
担任の生徒以外アクセス制限がかかっている。



「えっと、3-A、、」



私は三年生の成績入力のページに入り、
3-Aの名前一覧を表示した。



進学部はニ年次の成績に応じて、
三年次のクラス分けがされ、
成績優秀者の上位が集結しているのが、
このAクラス。



あいうえお順に並んだ生徒一人一人の
テスト点数を入力して、
二度三度と入念に確認した後、
完了ボタンを押す。



そして、集計のページへ飛ぶと、
現国文の学年平均点
クラス平均点
最高点とその氏名の一覧が、表示された。



学年平均 71.3
Aクラス平均 85.5
Bクラス平均 80.2

現国文 100点 向井地美音



「今回も、向井地さんが首位かぁ」



向井地美音というのは
Aクラスの中でも群を抜いた成績で、
生徒会長もこなす大変優秀なコ。



私は生徒会の活動を担当しているので、
彼女と何かと会話をするが、
性格も気立ても良くて、
何よりも大人な彼女に
たまに自分の方が年下かと思えてしまうほど。



(今回は難しい問題も入れたのになぁ)



そんなことを考えながら、
彼女の名前をポチッと押すと、
他の教科の点数と順位が出てくる。



そこには、オール100点の、
まぁまぁ教師泣かせの数字が並ぶ。



ここまでくると…



茂「天才だよねー」



背後から画面を覗き込んで、
私の言いたかったことを言葉にしたのは、
英語の教員である茂木忍。



「わっ、急に現れないでよ!」



茂「ごめーん 笑
  にしても、
  天才に合わせると全体の平均点が下がるし
  ホント難しい問題だよね、これ。」



「まぁ、そうだね苦笑」



茂「その上、天才が二人もいるとか
  どうなってのって感じ。
  まぁ理事長は今年の三年は特に優秀だからって
  ウハウハしてたけど」



「…天才ね、」



そう、茂木の言うとおり、
この学校には、
もう一人、天才という言葉が
本当に似つかわしい
学業に秀でたコがいる。



ただ、私には、
誰しもが認める優等生の向井地さんとは違い、
少々思うところがあって…



私はカチッとマスクをクリックして、
名前の一覧に戻ると、
同じく3-Aの、もう一人の天才に
カーソルを合わせた。





"岡田 奈々"



カチッ



茂「ほら、こちらも100点だらけ、
  あ、現文だけ99じゃん!

  てか、これもお決まりだ」



「はぁ、そうなんだよぅ」



校内の学力テストでは
向井地さんがどこかの教科でミスをしなければ、
二位が岡田奈々となる。


つまり、
岡田さんは
決まって現国文のテストのみミスをするのだ。



それまでは同点同位もしくは
一位が岡田さんだったそうだが、
私が三年生を担当して以来、
必ず岡田さんは現文でミスをして点を落とす。



ところが、全国模試となると
オール100点を叩き出して、
一位となる岡田さん。



もはや、それは、、、



茂「嫌がらせって感じ?」



「もぎ!心読まないで!」



茂「ガハハッ!ごみーん!」



「笑い事じゃないんですけど」



本人に聞いても、ミスしちゃいました、
なんて軽く言われるもんだから
今は他の先生達も何も言わなくなったけれど。



彼女のミスは
ホント単純な記号の選択問題で、
初めは何事かと大騒ぎ。



採点ミスだとか問題が悪いんじゃとか
当事者の一人である私はとても大変だったのだ。



茂「向井地と違って、
  岡田は難しいからねー」



まぁ気にしないでいいんじゃない?
なんて呑気な捨て台詞を言いながら
自分の席に戻って行く茂木。



「他人事だと思って」



ボソッと呟くと、
ポイっとチョコレートを投げてくる。



私はそれを口に投げ込みながら、
画面の中の岡田奈々という文字を
ジーッと見つめた。





敢えて、採点ミスには絶対ならない問題を
わざと、間違えてくる彼女。



そこに理由がない、なんてことが
果たしてあるのだろうか??