午後20時、

思ったよりも残業が長引いてしまった。




バタバタッ!!


バタバタッ!!


ゼェゼェッ!


ガラッ!!!



『すみません!!

 遅くなりました!!』



勢いよく玄関から入ったのは、

夜間保育もやっている保育園。



"岡田さん、おかえりなさい。

 まだ、全然大丈夫ですよ?"




日が暮れても、

穏やかな暖かさになってきた今日この頃、

普通にしていれば、

快適に過ごせる僅かな季節。


そんな中、

汗をダラダラとかきながら、

ここに、やって来るのは、

最近の恒例行事だ。



(夏になったら、ヤバいなぁ…)



額の汗を拭ったあと、

マスクの中の洪水をタオルで拭き取っていると…



?「なぁー!!」


膝の辺りに、

ドンッ!!と体当たりされ、

おっとっと、とよろけそうになるのを

踏ん張る。



『ももー、お迎え遅くなりました。

 ごめんね?』


も「いいよー!あそんでたから、

  まってない!」


『そう?今日も楽しかった?』


も「うん!!あのね、、」



ももをヒョイっと抱っこして、

話をうんうん、と聞いてあげていると、

奥からもう一人、

先生に抱っこされてやって来る。



『ずんちゃーん、お迎えきたよー』


ず『なぁ!』


パッと私に両手を広げるずんちゃんを

受け取ると両脇に二人を抱っこした形になった。



「ももちゃん、お荷物忘れてるよー

 あ、岡田さん、こんばんは!

 今日も二人ともお利口さんでしたよ」



もものリュックと

ずんちゃんを連れて来てくれたのは

ここの保育士である村山先生だ。



『そうですか、

 ありがとうございます!』


「持てますか?」


『はい。』


もものリュックを手にかけてもらうと、

帰ろうね?と

二人に笑いかける。



『じゃあ、また明日も宜しくお願いします。』


「はい、お気をつけて。

 ももちゃん、ずんちゃん、

 また明日ね?」


も「せんせー、ばいばーい」


ず「ばいばーい」



私にまで、キラキラ笑顔を向けてくれる

村山先生にペコリとお辞儀すると、

私は二人を連れて、帰途に着いた。



帰り道…


『今日のお風呂は色変わるやつだよー』


も「やったぁ!」


ず「やったぁ!」



ももは4歳で、

ずんちゃんはまだ2歳。



ずんちゃんは絶賛ももの真似っこ状態で、

そんな2人を見ていると、

心が和む。



今はまだ大変なことばかりだけど、

この笑顔を守るのが私の使命。


どんなことがあっても、

この子たちを一人で育ててみせる、

それが私の生き甲斐だ。
















この二人は

私の子供ではない。



それは突然の電話から、

始まる。




"お姉さんが事故に遭われました"




急いで病院に駆けつけた時には

すでに姉と旦那さんは他界していて…


桃香と涼波は、その事故で

奇跡的に助かった

姉夫婦の忘れ形見である。



両親を早くに無くした私にとって

少し歳の離れた姉はまさに親代わりであった。


姉は早くから働いて、

私を大学まで進学させてくれた。


そして、

ようやく社会人となって、

やっと孝行できる

そう思っていた矢先に、

帰らぬ人になってしまった。




失意とやり場のない怒り、

耐え難い喪失感の中で、

迎えたお葬式。



そこでは、悲しみに暮れる間も無く、

残された子供達をどうするか、

そのことで揉めに揉めた親戚の姿だけがあった。


旦那さん側のご両親は高齢で

二人を面倒は見れないという。


親戚に別々に引き取られるか、

施設に入れるか、

そうなった時、私は覚悟を決めた。



『私が、

 私が二人共を一緒に引き取ります。』



ただ、私は年齢も若く、

子供を育てた経験もない。


周りの親戚には猛反対をされたが、

私は決して譲らなかった。




そんな格闘の最中、


も「なぁ…」


私の服をギュッと握ってきたもも。


『もも…。』


まだ4歳、されど、もう4歳だ。


特にももは聡い子で、

両親の死をちゃんと分かってなくても、

何となく肌で異変を感じているようだった。



不安そうに、

ずんちゃんの手をギュッと握って、

私の元へ来た二人と目線を合わせるように

屈む。


『もも、ずんちゃん、

 今日から、なぁちゃんが側にいます。

 だから、なぁちゃんと一緒にいましょ?』


も「うん、、、

  なぁがいい。」


小さく、でもハッキリとそう言ってくれたもも。


私は涙を堪えて、

二人をギュッと抱きしめた。




姉に返せなかった恩を

この子たちに返そう。


姉達が出来なかった分以上の愛情を

この子たちに注ごう。


この二人は絶対に幸せにしてあげたい。




そうして、

私達、3人の日々は始まったのだった。