脚本・監督 ボン・ジュノ 出演 ソン・ガンホ キム・サンギョン
「1980年代に実際にあった連続強姦殺人事件が題材。刑事たちの犯人逮捕への執念」
第40回大鐘賞で最優秀作品賞・最優秀監督賞・最優秀主演男優賞(ソン・ガンホ)受賞 

 強姦されて自分の下着で縛られ、頭にも自分の下着を被らされて絞殺された最初の遺体は広い畑の農道の脇の側溝の中に放置されていました。発見現場を多くの住民が囲んでのぞき込みます。遺体の様子は乱れた肌着は着ていますが、手足は捻じ曲げられ後ろ手に縛られています。顔は半分自分の下着で隠され、雨に濡れて傷んでいます。実に写実的な遺体の撮影で刑事の怒りはいかばかりか、家族の怒りはいかばかりかと容易に察することができます。

 題材となった華城連続殺人事件では1986年10月から1991年4月の間に、華城地域で少なくとも10件の同様の殺人事件が発生しました。その事件がモデルですが、事件そのものを映画にしたのではなくその事件から発想した創作です。

 華城と言う場所は知りませんが、映画の舞台は田舎です。殺害現場は畑の中、森の中です。学校が一つ、それに大きな工場があり、人口は多くありません。殺人事件は映画の中では6件描かれていて手口は同じです。遺体の状況はいずれも吐き気をもよおす程酷いものです。

 パク刑事とチョ刑事が捜査に当たりますが、今から30年以上前の韓国の警察の捜査は自白に頼るもので全く科学的ではありませんでした。現場の保存も住民が踏み荒らしたりして、これでは警察もたまったものではないと思いました。チョ刑事は非常に暴力をふるう刑事で映画の中では当時の韓国の取り調べが大分拷問に近くて、問題にされていたようですが、うなずけます。

 新しいソ刑事がソウルから赴任してきます。少し知的で事件を冷静に分析します。しかし、事件は一向に解決に向かいません。目撃情報なし、全てが雨の日の犯行なので余程はっきりとわかる特徴的な足跡以外の犯人の残したものはなく、遺留品もありません。被害者は自分の衣類で殺害されているからです。

 容疑者も見込み捜査と少しの状況証拠からの思い込みで捕まえてきて、自白を強要するというものでした。パク刑事とチョ刑事が事件の起こった経過を自分で作り、それを容疑者に暗記させてしゃべらせ、それで調書を作るということもやっています。捜査とは到底言えないものです。でも、他に方法がなかったのです。

 この30年の科学捜査の進歩はすごいと実感します。今のテレビドラマを見ていると、DNA鑑定、高速道路のNシステムによる監視、町中にある監視カメラの映像、それと自動車につけられている車載カメラの映像と、捜査に役に立つ情報がたくさん集められるようになりました。インターネットを使った新しい犯罪は増えていますが、インターネットで捜査情報は圧倒的に早くたくさん捜査員の手に入ります。実際に人間が自分の体を使って起こす犯罪は以前よりはるかにやりにくくなっているように思います。しかし世田谷の一家4人惨殺事件などは多くの証拠物品がありながら、依然として未解決です。

 刑事は現場を見て被害者の無念が乗り移るように感じます。何としても被害者の無念を晴らしたいと思うのではないでしょうか。新しく赴任してきたソ刑事は冷静で分析的で暴力的な二人の刑事とは一線を画していました。そのソ刑事はある人物を犯人と確信します。物的証拠はなかったのですが、状況証拠が揃うのです。しかし、自白はしないし、証拠はないし、きっとアリバイも崩せなかったのでしょう。捜査が行き詰ってしまいます。いつまでも拘留はできません。

 仕方なく釈放し、ソ刑事は見張っていましたが、ちょっと目を離した隙に目の前からいなくなっていました。そしてまた事件が起きてしまいます。もう怒りがこみあげてきます。発見された遺体は自分の捜査中に情報をくれた女性でした。酷い殺され方で、なおさら怒りがこみあげて、暴力で相手を追い込むしかないと考えてしまいます。自分が真犯人と思い込んだ男を「お前がやったんだろう」と殴りつけ、銃を突きつけます。暴力とは無縁だった理知的な刑事が変貌してしまいました。この刑事の気持ちがよくわかります。モデルとなった実際の事件では10人もの若い女性が殺害されています。刑事の悔しさは頂点に達するでしょう。

 真犯人の決め手に欠ける場合、ある容疑者を状況証拠で真犯人と思い込むことはあるでしょう。その容疑者と関わり、思考がその人物に偏ってしまいます。その間に真犯人は捜査線上に上ってこないということもあります。そして真犯人は全く警察の目の届かない所で連続して何人も殺していくということは起こり得るのです。刑事は犯人の生い立ちや人間関係や素行や趣味、性癖を知りません。全くまっさらな状態ですべて証拠と聞き取りで今まで知らない人間を調べていくのですから、大変な仕事です。

 科学捜査の更なる発達と各種監視カメラの整備と、犯罪に巻き込まれないように行動する大切さを思い知る映画です。