埼魂―雄志の人間事情 -8ページ目

埼魂―雄志の人間事情

私は、いまのこの現実を愛する。冗談から駒の出る現実を。(太宰治「創作余談」)
動画投稿やイラストの話や雑談をします。

「やりたいことがたくさんあって、何から手を付けようかな……」(サイエムポータルのみのりさんの台詞より)

 

どうも、PCのデスクトップが大変なことになっており非常にストレスを感じている雄志です。デスクトップ上は綺麗であれ。

(普段は驚きの綺麗さです)

 

昨日、朝ドラ「虎に翼」のスピンオフドラマを見ました。

また見れるんですかやったあ!!と喜んでいた時期がありました。私にも。

感想文を書くつもりはなかったんですが、あまりにも内容がよかったので、つらつら書きたいと思います。

 

 

時代は終戦直後。朝ドラ本編では描かれていなかった、よねさんサイドの戦後が描かれていました。

心が苦しくなる場面がいくつもあったけれど、マスターが良心すぎて……。

 

あまり触れられていなかったお姉さん、「生きてたんだ!」と素直に喜んだ自分にばっかやろー!と一発殴ってやりたくなりましたね(

でも、この物語って完全なる悪人はあまりいなくて、なにか事情を抱えていたり、本当はこうしたくないという気持ちを持っている人が多いから(全部じゃないけど)、ますます心がきゅーってなる。

「仕方なくやったんだ」と言った後にどう行動するかで印象は変わるのかなと思う。「自分がやったことはもう取り返しがつかない。この先償いとして償いきれるものでないとしても出来ることをしたい」とするか、「それでも自分はあの時最善の選択をしたんだ。私は正しいんだ」とするか。公認の慰安所の成果を称える?会のシーンは本当にくそだなと思ったし、「多くの無垢なる婦女子たちが救われたんだ。だからなんだ」は完全に後者。

確かにあの時代は思惑がうごめいた時代だったし、「人をモノとして扱う」ことへの抵抗感は薄らいでいた時代だと思う。生きる事がすべてだったから。それでも、じゃあ今に置き換えた時にそれは「仕方ない」ですませていいのかと考えざるを得ない。

 

 

よねさんは強くて、凛と立つ人として描かれている事が多いけど、その強さの中に弱さもあって。

「怒りたくて怒ってるんじゃない」はまさに弱さの部分なのかなと。

「(世の中くそだけれど)こうでもしないと自分がしぬ」に一番はっとなった。

今私自身が直面している現実に「くそだ」と思うことがあって、はっきり言わないといけないのは分かってる、言うべき時もある。それでも事態を荒げてはいけないと思って、大きな声で言わないようにしようと思っていた時もある。

でもそれって本当の自分をころしているようなものなんじゃないかって、よねさんの言葉をきいて気づいた。

確かに今ここで言うべきところではない時もある、けれど全部言わないにしたら自分の意思はどこへいってしまうんだろう。

 

それって「君の意思を示すんだ」なのでは。

本当にびっくりした。

特に昨年7月にKアリーナでやったライブでこの曲が披露されてから、自分の思いに迷ったり、どうしたらいいんだろうって泣きそうになったりしたときに聴いていた曲だったので、本当にびっくりした。

 

 

「それだけ喋れたら死なない」や、轟のド緊張からの「おrrr」、イマージナリーとらちゃんに涙ひっこんだりもしたけど、よねさんのいいとこが見れてよかったし、よねさんから追い風をもらった。ありがとう。

 

そいでは、またー。