こんばんわ。夜も暑いですねヽ(;´ω`)ノ




昨日は、東広島市という広島市の隣の市に行って来ました。車で1時間ちょっとのところです。



なぜかというと、実は私には障害のある兄がおりまして、面会に行ってきたんです。




私の母が亡くなるまでずっと兄の事を心配していて、


「あの子が気がかりじゃ。あの子を残したまま死ねん」


・・・って病床でいつも言っていました。



母の気持ちを考えると今でも胸が痛みます。


親は子供より先に他界するものだけど、まだ手がかかる子を残して他界する気持ちは想像しても想像しきれません。




母に比べれば私なんて力不足で、兄にとっても、私が来るよりか、母が来てくれたほうが全然うれしいに決まってるんだろうけど。



 

いろいろな事情があって、私が兄の存在を知ったのは19歳くらいの時でした。


当時は「なんでもっと早く教えてくれんかったん!!」


と、両親を責めたりもしたけど、



小さいころからずっと入院していて、喋ることもできない、私の16歳年上の兄のこと、妹の私にどういう風に話していいのか、切り出していいのか、いつ言うのがいいのか、


きっと両親も悩んで考えていたんだと、今になって思います。



実際、その事実を知って初めて母と一緒に病院を訪れ、兄に初対面したときも、話が通じず、喋る事もできない兄にどういう風に接していいのかわからず、口下手なのも手伝って、ただ


「はじめまして。」


としか、言えなかった。



母と兄。



私が初めて見る光景。


私とあと二人の兄(4人兄弟なんデス。)と交流する母しか見たことがなかった私にはとても不思議な光景でした。



母が知らない人と仲良くしている。そしてこの人はお母さんの子供で、そして、私のお兄さんなんだ。



その後も母と一緒に何度か病院を訪れました。


でもどうしたらいいかわからず、どこか傍観者的な自分がいました。



そのうち父が入院し、母が病気になり、母は兄の面会へは行けなくなってしまった。


でもいつも自分の事以上に兄の事を気にかけていました。

(私は母にもっと自分の事を気にかけて欲しかったけど、親になった今、母の気持ちが痛いほどわかります。)


なので、私や、広島に住む兄が行くようになりました。時には兄と2人でいったりしたけど、それまで傍観者的だっただけにどう接していいのかがわからなかった。


何回か行くうちに話しかけるということができるようになり、少しずつだけど傍観者的家族から本当の家族って感覚になってきました。


でもやっぱり兄にいくら話しかけてもじっとみつめたり目を伏せたりするだけで、反応がなく寂しい気持ちで帰ったものでした。


そうこうするうちに妊娠出産がやってきて、8ヶ月までつわりがあったり、切迫早産で入院したり、緊急帝王切開になったり、実母がいないため家事育児の負担が毎日押しかかってきて息抜きできる日もなく、一杯一杯で、すべてが手探り状態の子育てだっただけに自分に余裕がなく、距離が遠いこともあって、かなりの期間面会に行けてなかったんです。(2年位)


それで、育児もだいぶ落ち着いて来た事だし、って事で行ってきたんです。




久しぶりに行って、すごく嬉しいことがあったんです。


今まで何回行って話しかけても無反応だった兄が、笑ってくれたんです。しかも何回も。愛想笑いでもなく、本当に嬉しそうに。


最初はやっぱり表情硬かったんだけど話をしているうちにだんだんと表情が柔らかくなって。

頭にたんこぶができていて、痛そうで撫でたら、笑ってくれたり。鼻水拭いたら、笑ってくれたり。ここちゃんに笑いかけたり。自ら手を繋いで来てくれたり。


ほんと今までになかった事なので、びっくりしたけどホント嬉しかった。

言葉では嬉しかったとしか書けないけど、心が温まるなんともいえない気持ちになった。


この笑顔母にも見せてあげたいナァ。って思った。





そして、あとで気づいたことなんだけど。


今までは兄が話ができないってことでどこか構えてた自分がいたんじゃないかなって。


でも日々ここちゃんと接するうちに、話ができなくても伝えたい気持ちが相手にあるって事や、相手が理解してるのかな?とか思っても、自分の気持ちを伝えようって本気で相手に話す事(相手は会話ができないだけで、本当はすっごい理解してるんですよね)が大事なんだっていうことを学んだんだろうなって思いました。


だから今回は自然体で兄に接することができたんじゃないかなって。だから兄も笑ってくれたのかなって。

ほんと、今まで構えてた自分が恥ずかしくなりました。


ここちゃんに色々教えられました。


そして、母にももう兄の事は心配しないで安心して欲しいなって思います。