いっそ死ぬなら君にハチの巣にされたい。

いっそ死ぬなら君にハチの巣にされたい。

この場所で生きるために。
この場所で死ぬために。

君の手で殺されるために。

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お久々。
蜂の巣改めkanaですww 前回更新からもう三ヶ月w 暇な時間を使って、認めますww したためますと読みますよw

まず僕は猫画像が好きすぎるという事を改めて認識した上で以下お読みくださいw


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まずは一礼。
お礼を言っているのか、一試合申し込ん出るのか、知りませんがTwitterのアイコンに設定していたものです。

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こんな癒しに惚れまくり様々な画像収集をしていますww しかし、物事うまく行かない時もあり時にはこんな事もw

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フォースと共にあらん事を、、、。

もう猫は無条件で可愛いの。だから、もう連投するよ。

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この写真が今のホーム画面
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こんな感じですw また暇出来たらさらしますねww


ちなみに俺、、、、猫アレルギーだからw
iPhoneからの投稿

俺の悪い癖。 すべてにおいて意味を考える。

意味のない事なんて何一つない。

よくこんな言葉を目にする。

今意味のない事でもいつかは意味をもつ時がやってくるから。


こんなきれいごとで簡単に言いくるめられてしまう俺はまだまだ、人生経験の浅い甘ちゃんなのだとその瞬間理解する。

この理解にも意味は存在するのだろうかとさえ考え始めたらきりがない。


意味には二つの種類があると考えている。

一つ目は前提条件化に存在するとき。

これをすればこのような結果が生まれる。だから意味があるんだよいう場合。

具体的に言えば、受験勉強をすれば志望校に合格出来るんだよ。

だから今の勉強には意味があるんだという場合。


二つ目は後付として存在するとき。

今は意味ないかもしれないけどきっとこの経験が役に立つ時が来るから。

具体的に言えば、それは就職活動。

落ちてもその経験は後々自分に意味をもたらし、良い影響を与えるかもしれない。

しかしこの場合、前者に比べ非常に影響を与える可能性は低い。

なぜなら、その意味のない行為をいかにして自分の物にしていたか、意識していたかで意味を持たせることができるか否かに影響するからだ。


かといって、前者に対しても意味が確実に存在するのかという疑問点も生じる。なぜなら、志望校に合格する保障はどこにもないからだ。

つまり、前提条件化にありそうな「意味」というのは実は前提条件化になく、結局は後付という概念を多角的に見た結果、このような言い方になっているという事である。


と言うことは意味なんてものは最初から存在しないのではないか?と思う人もいるだろう。

つまり行きつく先はそこなんだ。

意味なんて考えることほど、無駄なことは無いんだ。

目の前にあるやりたいこと、やるべきことを一生懸命やり遂げて、

そこに存在する「充実感」や「充足感」を意味と捉えることが、心にとって一番良い事なんじゃないかと最近は思ってる。



ってねーーーーー、たはっ!! 

なんか語っちまったぜww 自己満だぜ!! 


と言うことを一番に言いたいわけですが、

まずが僕がこの学生時代に行ったライブアーティストをご紹介します。

Mr.children 8

椎名林檎 2

凛として時雨

ゆず

フランプール

VAMPS 5

吉井和哉

木村カエラ

大塚愛

絢香

スピッツ

JUJU

KREVA

秦基博

YUKI 3

THE RICECOOKERS

安藤優子

高橋優

ゴールデンボンバー

フーバーオーバー

東京事変 2



こんな感じです。横の数字は回数ねw

一部フェスもあり。

意外と大物から新人まで幅広く行ってると思います。

このあと、女王蜂が行けたらなと思ってます。

何が言いたいかってことは、俺はこんな沢山ライブいったんだよ!っていう自慢ではなくて、行きたいライブチケットは死に物狂いで取ったという事。


イベントごとには参加費やチケット代など、普通では考えられないくらいの金額を要求されます。例えばチケット代3000円のアーティストもいれば8000円っていう人たちもいます。

それでも行こうとするのはそこにそれだけの価値とエンターテイメントが備わっているからです。

だけど、軽音サークルに入っている後輩たちや同期はライブに行くことを苦痛ととらえ過ぎ。

結局は、お金を酒に使ってダーツに使って何もプロの演奏なんて見向きもしない。そんな中コピバンとかマジ舐めてんの?

アーティストに対する敬意も払わず、ライブも行かずのうのうとコピーだけをさせてもらって自分はバンドマン気取ってんの?って後輩たちに凄い思う今日この頃です。



これはうちのサークルに限ったことではなく、エンタメが好きな人は、是非たくさん遊べるうちに色んな物を見てください。

いろんなエンターテイメントを身体に取り込んでください。



つまり何が言いたいかって??



ライブ行けよ!ライブ行こうよ!モッシュしようよ!

アツくなろうよ!夏が始まるよ!ってことを言いたいんですw



アイデンティティとは、自己同一性の、意味。
しばしば存在意義とも言われるが正しくは自己同一性という意味だ。


このアイデンティティを確立して行くことが人生の道だと考えてる私は、ホントの人生とは19からはじまると考えている。
19にもなれば親も結婚して20年程。
よほど仲良くない限り離婚というキーワードは出てきて仕方のない言葉である。

そこで問われるのが自分のアイデンティティだ。
親という両者の遺伝子を嫌でも継いでしまってる子供にとって、親どおしの家庭の基盤である夫婦関係の崩壊というのは、子供にアイデンティティの意義を激しく突き刺すいわばナイフのようなものである。「自分をなぜ産んだのか」「自分は何のために生まれてきたのか」
その自問自答を繰り返すたび、結局は自分の存在をも否定しかねない答えを導いてしまうこともある。
しかし、そこで自分の存在を消してしまえばそこに残るは無である。
そう、何も残りはしないのだ。
自分を司っていた構成要素も、記憶もすべて無に帰する。
なら今自分が在ることを大いに認め、これから自分はどうありたいかという視点で自分自身を一つずつ作っていけばいいんだ。
恋をする自分、嫉妬する自分、人を嫌いになる自分、人を憎む自分。
どれもあなたで、そのすべてが無ければあなたは在り続けられない。

文字だけの世界で簡単につながれる現代において、こんな言葉は意味を持たずに薄っぺらいものかもしれないけど、それでもこうやって認めるのは誰かがこの言葉であなた自身を見つけるきっかけになればと思ったから。
実際私も19で親の離婚というのが議題に上がりアイデンティティを探すきっかけになった。そして、今が在りこれからも続いて行く。

アイデンティティの行方はいつも自分にしか知らない大切な場所に案内して差し上げなさい。
そして、確固たる信念として抱き続けなさい。


忘れないで 君のこと僕は必要としていて、同じようにそれ以上に 思ってる人も居る
It's wonderful world.


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photo:01


5月25日 @東京ドーム
open 16:30
start 18:30

二回目参戦してきました。
1番好きなアーティストということで、何にも代え難い時間ということで楽しんできました。

おとといがスタンド席に対して、今回はアリーナのスタンディングエリアでした。
ずっと立っている反面メンバーが近くに感じられる席です。
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目の前のモニターを見上げると首が痛くなる位置です。
分かりますかね、この写真でww 前回のブログに載せた会場図でちっさく見える骨の部分が今回は目の前にどーん!って感じで聳え立っていました!

んで内容なんですが、セトリは一昨日と一緒でした。前回ブログ参照。

ただ、目の前に桜井さんがいるということでテンションは直ぐにメーター振り切り、声も潰すほどww
個人的には終わりなき旅で号泣してしまい、22になるとは思えないくらい泣いてしまいましたww

あんなに泣いたのは初めてかもw
LIVEでねw
とまぁ、途中花道の最先端で演奏する時は、みんなの後ろ姿を見ながらライブを見るというこれ以上にない経験をしました。
興奮し過ぎて、泣いて笑って叫んで、頭降って、もう色んな感情が渦巻いたライブでした。
途中何度も桜井さんや田原さんと目が合い(勝手に合ったと思ってる)、きっと来月は僕に生理は来ないと思いますwww

ただ、やはり残念なのがライブのマナーです。
守れない人が居て残念と思うと共に、もう大きな箱では見たくないかもと思えてしまう程でした。

何はともあれ楽しかったから良い。

ちなみに最後に写真を載せますが、赤いペイントは桜井さんがこのくらいの大きさで見えたよという意味です。
photo:03




それでは!気持ち切り替えて新しくまたやらなきゃいけない事、頑張ります!
ではでは!

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