俺の悪い癖。 すべてにおいて意味を考える。
意味のない事なんて何一つない。
よくこんな言葉を目にする。
今意味のない事でもいつかは意味をもつ時がやってくるから。
こんなきれいごとで簡単に言いくるめられてしまう俺はまだまだ、人生経験の浅い甘ちゃんなのだとその瞬間理解する。
この理解にも意味は存在するのだろうかとさえ考え始めたらきりがない。
意味には二つの種類があると考えている。
一つ目は前提条件化に存在するとき。
これをすればこのような結果が生まれる。だから意味があるんだよいう場合。
具体的に言えば、受験勉強をすれば志望校に合格出来るんだよ。
だから今の勉強には意味があるんだという場合。
二つ目は後付として存在するとき。
今は意味ないかもしれないけどきっとこの経験が役に立つ時が来るから。
具体的に言えば、それは就職活動。
落ちてもその経験は後々自分に意味をもたらし、良い影響を与えるかもしれない。
しかしこの場合、前者に比べ非常に影響を与える可能性は低い。
なぜなら、その意味のない行為をいかにして自分の物にしていたか、意識していたかで意味を持たせることができるか否かに影響するからだ。
かといって、前者に対しても意味が確実に存在するのかという疑問点も生じる。なぜなら、志望校に合格する保障はどこにもないからだ。
つまり、前提条件化にありそうな「意味」というのは実は前提条件化になく、結局は後付という概念を多角的に見た結果、このような言い方になっているという事である。
と言うことは意味なんてものは最初から存在しないのではないか?と思う人もいるだろう。
つまり行きつく先はそこなんだ。
意味なんて考えることほど、無駄なことは無いんだ。
目の前にあるやりたいこと、やるべきことを一生懸命やり遂げて、
そこに存在する「充実感」や「充足感」を意味と捉えることが、心にとって一番良い事なんじゃないかと最近は思ってる。
ってねーーーーー、たはっ!!
なんか語っちまったぜww 自己満だぜ!!